22.無言の契約

Rubia

「いい加減にしろ、ルビア!お前・・・あいつを殺すつもりか?」

部屋を訪ねてくるなり、ファルクは猛然と私に食って掛かった。

「今日戻って明日また出発って、どういうことだ!しかもあいつだけ?3ヶ月だぞ!・・・俺達は交代してるが、あいつはずっと乗りっぱなしだ!ほとんど陸を踏んでねぇ!しかもあんな小競り合いの絶えない危険なとこばかりに差し向けてだな・・・・お前まさか外国人だからいいとでも思ってるんじゃねぇだろうな?ヨカナーンは仲間なんだぞ!」

「うるさいわ・・・少し静かに話して。」
私は顔を真っ赤にして怒鳴りたてるファルクを両手で軽く押し戻した。
「三つ。反論があるわ。・・・・・ 一つ。あの人は見かけほどやわじゃない・・・少なくとも精神的にはね。二つ目、・・・これは彼の希望なの。私が強制してるわけじゃないわ。それから三つ目だけど・・・・私が心配してないと思ったら大間違いよ。」

最後の言葉にファルクはぐっと黙り込んだ。
そうよ。心配していないと思ったら大間違い。
・・・・私だって心配している。それも多分、ファルク以上に。

同じ船に乗っているファルク以上に、私はヨカナーンの状況を知っていた。
彼が毎日ほんのわずかの睡眠時間しかとっていないことも、毎回下船するたびに大量の鎮痛剤を持ち込んで、戻ってくるまでにすべて使い切ってしまうことも、彼が何のために危険な前線ばかりを自ら志望し、自分の限界ギリギリまで無茶をするのかも・・・・・。

1ヶ月の訓練期間は、ほとんど有名無実だった。
ヨカナーンは半月も経たないうちに艦隊の指揮を執り始め、あっという間に立て続けに連勝してみせた。

頭の単純な連中が彼のことを魔術師なんて呼ぶのは実は大間違いだった。
彼は魔術師でも天才でもない。極めて意志の強い不器用な努力家だった。
ヨカナーンは一戦一戦の勝利を、準備に準備を、努力に努力を重ねて、文字通り身を削るようにして紡ぎだしている。

強い意志、深い知識、冷静な判断、確かな情報、ヨカナーンは自分が持てるものをかき集めるようにして、自分に足りない実戦経験を補おうとしていた。
十数年分の航海日誌、戦闘記録、手に入る限りの戦艦の図面、そういったものをヨカナーンは嵐のように私に請求し、私はそれらに極力瞬時に応えるように努力した。
毎日ヨカナーンから届く要求や提言、報告の通信は数十通にも及び、その中には無駄なものは一つもなかった。
顔もあわせないまま膨大な意見交換を重ねるうちに、ヨカナーンはいつしか、私にとって、とても身近な・・・なくてはならない相談相手になっていた。

「ヤツが自分から希望してるって・・・・そんなわけねぇだろ?どういうことなんだ」
ファルクの言葉に私は肩をすぼめた。
「私に約束を守れとプレッシャーをかけてるのよ」

彼の目的は明確だった。
金の髪に緑の瞳、『天使』という名前の娘を探すため・・・。
そのためだけに、ヨカナーンはなりふり構わず、死に物狂いになっているのだ。

「1年、私のために働いて、私を満足させたら彼の知りたがっていることを教えると約束したわ。・・・・彼は半年で1年分の成果をあげようと躍起になっているのよ。」
「なんでまた?」
「だから、・・・彼には分かってるのよ。そうすれば私も必ず半年で答えを見つけてくるだろうってことが。」
私はいらいらとファルクに答えた。

分かってる。
彼がここまで必死になるのは、私のためでもこの国のためでもない。
私だってそんなこと、最初は望んでもいなかった。
だけど・・・・
彼が目的を達するときは、皮肉にも私達が・・・私が彼を失うときなのだ。


私は愚かしく自分の感情に目をそむけたりはしない。
はっきり認める。私はあの行きずりの異国人に魅せられてしまった。
そして自分でも分かっている。
私のこの気持ちが彼の心を動かすことは決してないだろうことを・・・・。
彼と私の間に存在するのは、契約に過ぎない。
言葉で交わした契約と、その背後にある「信頼」という名の無言の契約。

私はプライドにかけてヨカナーンの信頼を失うわけにはいかない。
彼が自分自身を賭けて私の目の前に積み上げてみせたものに、私は何としてでも応えなければならない。
たとえ、その時が彼を失う時だとしても・・・・。

「安心なさい。私も彼を半年以上待たせたりはしないわ。」
私はファルクに向かって、だけど自分に言い聞かせるように言った。

必ず彼の天使を探し出して見せる
私はこの気持ちを受け入れて、
そして・・・ ねじ伏せてみせる。



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