24.心に棲む天使
Rubia
結局・・・・・。
私はヨカナーンを半ば強引に呼び戻した。
顔をあわせて相談したいこともたまっていたし、彼が限界を超えてまで自分を止められないのなら、私が引き止めるより他はない。
呼び戻された乗務員達は連勝の余韻が冷めない様子で沸きかえっていた。
広場では既に祝宴の準備が始まっている。
その篝火を他人事のように遠巻きに眺めながら、ヨカナーンは所在なげにたたずんでいた。
その姿を見て私は思わず微笑んだ。
どう見ても「魔術師」と呼ばれる常勝の艦隊司令官には見えない姿だった。薄ら寒げな長衣に身を包んだその姿は、まるで長旅に疲れた砂漠の行商人のようだった。
そう。ヨカナーンは夜間は零度をはるかに下回るこの土地でも、決して砂漠の民の衣を脱がない。私が与えた皮の衣を彼は決して身に着けようとはしないのだった。
「ヨカナーン!」
声をかけるとヨカナーンは、何か考え事にでもふけっていたらしく、びっくりしたように顔をあげた。
「どうして酒宴に出ないの?みんな待ってるわよ。」
私を見ると、彼は少し困ったような顔で微笑んだ。
「すみません。・・・・飲めないんです。」
そう言いながらヨカナーンはどこかしら落ち着かない眼差しをしていた。
彼の考えていることは手に取るように分かる。
まだ考えているのだ。何かすることはないか、できることはないのか・・・。焼け付くように焦っているのだ。
体は呼び戻せても、彼の心は今、ここにはない。
「嘘ばっかり・・・キライなんでしょ?これが?」
私はわざと弾んだ声を出すと、腰に下げた皮袋を取り上げ、ヤギの乳で作った烈酒を一気に半分まであおってみせた。
私は笑いながら皮袋の口を閉じるとヨカナーンに投げつけた。
「鼻つまんででも飲みなさい。すぐに慣れるわよ。」
ヨカナーンは困ったような苦笑いを浮かべると、それでも悪いとでも思ったのか、皮袋の口を開け、そして一口飲むか飲まないかのうちに盛大にむせ返り始めた。
「ああ・・もう・・・。何やってるのよ。」
私は吹き出しそうになりながら歩み寄ると、彼の広い背をさすってやった。
「ねぇ、ヨカナーン。」
彼の咳が収まってからも、私の手のひらはヨカナーンのあたたかい背を離れられずにいた。
「なんですか?」
ヨカナーンがゆっくりと顔を上げる。
「元気を出して・・・。探しているから。」
ふわりと吸い寄せられるようにヨカナーンの視線が私を見た。
視線が、私を捉えた。
焼け付くような、激しい眼差し。
私は目をそらしてしまいそうになる自分を叱り付け、まっすぐヨカナーンを見返したままで言葉を続けた。
「必ず見つけるわ。一日も早く探し出す。見つかったらすぐに教えるわ。・・・・約束する。」
私は息が止まるほど驚いた。
ヨカナーンがいきなり私の両手を痛いほど握り締めたから。
「有難う。・・・感謝します。」
ヨカナーンの唇が震えている。
いつもは穏やかなブルーグレイの瞳が静かな感動に揺れていた。
私はふいに、泣きたいくらいやるせない気持ちにとらわれた。
すぐに分かった。この感情の名前は「嫉妬」
どんなに感謝されたところで、結局この人は私を見ていない。
彼の心は私の好意を素通りして、ただ一人の女性を追いかけていた。
「あの。もし見つかったとしても、約束どおり1年はお世話になるつもりですから・・・。」
「ありがとう・・・助かるわ。」
ヨカナーンの言葉に私は笑って頷いた。
律儀なようで薄情な言葉。つまりもともと彼にはそれ以上ここにとどまるつもりなんてないのだ。
ヨカナーンがゆっくりと私の手を離したその瞬間、今度は私の方がヨカナーンの大きな手のひらをひったくるようにつかんだ。
「 ルビア?」
あっけに取られた表情のヨカナーンの手を強引に引っ張って、私は感情を振り切るように篝火に向かって走り出した。
「さあ!これで飲める気分になったでしょう?飲みましょう!」
「えっ・・・あ、でも・・ルビア・・・」
「部下と一緒に飲むのも仕事のうちよ!私が鍛えてあげる!」
このくらいはいいでしょう?
当惑顔のヨカナーンの手を引きながら、私は心の中でつぶやいた。
私をこんな気持ちにさせたあなたへの仕返しに、今夜は私があなたを酔いつぶしてあげる。
二三日足腰も立たないくらいに・・・。
何も考えずにゆっくり眠れるように・・・・。
分かってる。
あなたの心の中の特等席はたった一つで、そこには天使が棲んでいる。
だけど、親友の席なら、まだ空きがあるんじゃない?
そこにならあなたも、私を座らせてくれるわよね?
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