キャンドル・ライト(お題「キャンドル」)



だから嫌だって言ったのに・・・。


クリスマス・パーティーの最中、わたくしはなぜか小部屋でカードゲームをしている一団に捉まってしまった。
ポーカーとセブンブリッジで立て続けに連勝してしまって(相手が弱すぎるんですわ)、これ以上一人勝ちして周りを興ざめさせる前に撤退するべきだわ・・・と様子を伺い始めたところに、突然オリヴィエ様がこんなことを言い出した。

「そろそろいい時間だね。・・・フロアに戻る前に、締めに「ババヌキ」でもしよっか?負けたら罰ゲーム、ってことで・・・。」
「くっだらねー。終わりならとっとと終わりにすりゃあいーじゃねーか。どーせこいつの一人勝ちだろ?」
隣に座ったゼフェルさまがじろりと私を横目で睨みながら言った。

・・・・そう、どういう風の吹き回しか、その時のトランプのメンバーにはゼフェルさまが加わっていた。
相変わらず何とも気のなさそうな、億劫そうな態度だったけど・・・。
そして文句を言う割には、ゼフェル様はゲームの最中一度も抜けようとはしなかった。

「罰ゲームって・・・どんなことをしますの?」
訊ねた私にオリヴィエ様はウインクしてこう答えた。
「簡単だよ。このキャンドルを持ってひとりで奥の『開かずの間』に行くのさ。そこで証拠に何か部屋の一番奥にあるものを持ってくる・・・・どう?面白そうでしょ?」

それだけか・・・。ずいぶん簡単な罰ゲームね・・・。
最初はそんな風にしか思わなかった。・・

・・・・・だけど・・・。


気がつけば、私の手の中にジョーカーを残したままゲームは終わっていた。


「はーい!最後の最後で運がなかったねぇ・・・。罰ゲームはロザリア!はい、これ持って!」
私はあっと言う間に手のひらに金色のキャンドルを押し込まれた。

「ロザリア・・・私も一緒に行こうか?一人じゃこわいでしょ?」

自分が行くわけでもないのに怖そうに震えているアンジェリークを見て、私は反射的に胸をそらしていた。
「怖い?わたくしが?ご冗談でしょう?あなたと一緒にしないでくださる?」
「でも・・・・」
「何を怖がる必要がありますの?ここは他ならぬ陛下のお住まいになる聖殿なのよ?そこに何の怖いものがあるとおっしゃるの?それにわたくし、幽霊だとか物の怪だとか、そんな非科学的なものを怖がるほど幼稚じゃありませんでしてよ。」


居並ぶ人々の賞賛の声をバックに私は一人で小部屋を出た。

何てことはないわ・・・。
使ってない物置部屋に入って、中のものを取ってくればいいだけのことでしょう?

物置部屋の入り口でキャンドルに火をつけて、私は、そっとドアを開いた。


ギッ、ギギギギィイイイーーーーーー。

ぞっとするような音を立てて、扉が開いた。
中は真っ暗で、むっとかび臭い匂いがする。
思わず(電気がないのかしら・・?)と辺りを照らしてみたけれど、それらしいものは何も見つからない。
キャンドルの灯りに浮かび上がるのはほんの自分の周辺だけ・・・その先に何があるのかは全く分からない。

私はぞっとして立ちすくんでいた。
とてもこの奥まで行く気にはなれないけど、あんなこと言って出てきた手前、手ぶらで帰ることなんて、できっこない。
何としても行かなきゃ・・・・。
私はキャンドルを手に、必死の思いで奥に足を踏み出した。


怖い・・・・怖い・・・・。
真っ暗で何も見えない。


ガタガタ体が震えだす。泣き出しそうになるのを必死でこらえて、私はそろそろと足を進めていった。

ふいに――――足元で何かがガサッと音を立てた。

「きゃあああーーーーー!!!!!!」

私は思わずうずくまって両手で目を覆った。
手を離した瞬間にキャンドルが床に転がり落ち、ジュッ・・・という小さな音と共に灯りが消えた。

「・・・・いや・・・。」

しくしくと、・・・私は正体もなく泣き出してしまった。
怖くて一歩も歩けない。方向もわからない。明るいところに早く帰りたい。だけどこのままじゃ帰れない・・・・・。



「おい。・・・ダイジョーブか?」
唐突に、すぐそばで声が聞こえて、私は飛び上がりそうになった。

カチッと小さな音がしてぼんやりと小さな光の輪が浮かび上がる。

「ゼフェル・・・さま?」

ライターの火に浮かびあがった顔はゼフェル様のものだった。

「大丈夫か?怪我してねーだろーな?」
「だっ・・大丈夫・・・ですわ。」

声が震えるのを何とか抑えて答えると、ゼフェル様は大きくうなずいた。
床からキャンドルを拾い上げると、ゼフェル様はライターの火をもう一度キャンドルに移して私に握らせた。



「何か奥のもん取ってくりゃいーんだろ。・・・そこで待ってろ。」

「駄目・・・。」
背中を向けようとしたゼフェル様の腕に私は必死で手を伸ばした。
「駄目ですわ・・・私が行かなければ・・・私が負けたんですもの。」

誰かに取りに行かせて、それを自分で取ったような顔をする・・・それだけは駄目。そんな卑怯なことはできない。たとえ一生ここから出られなかったとしても、卑怯者になるよりはましだった。

「わたくしが、参ります。」
私はどうにか立ち上がると、もう一度キャンドルを握り締めた。

「あぁ?・・・・それで?・・・どっちに行く気なんだよ?」

言われて私はこわごわとあたりを見回した。
自分の周囲しか見えない闇の中・・・方角なんかとっくに分からなくなっていた。

「ばか・・・こっちだよ。」
ぐいっ、と私の腕を掴むと、ゼフェル様は私の肩を引き寄せるようにして抱えたまま歩き出した。

「駄目・・・・一人で行くって、約束したんですもの・・・」
思わず泣きそうになる私を振り返って、ゼフェル様はちょっぴり眉をしかめて言った。
「ばーか、おめーは一人で行くんだよ。俺はそれに勝手についてくだけだ。おめーにカンケーねーだろ?」

足元には雑然といろんなものが転がっている。
私が何かにぶつかりそうになるたびに、ゼフェル様の腕が痛いくらいに私を引き寄せた。

「怖かったら、目ぇつぶってろ。・・・大丈夫だ。足元は俺が見てっから。」
「ゼフェル様は・・・ゼフェル様は平気なんですの?」
「俺が・・・・・?」
キャンドルの光の輪の中で、ゼフェル様は私を振り返ると悪童みたいな笑いを浮かべた。
「・・・怖いもんかよ。オレが何度ここで昼寝したと思ってんだよ。」

小さな扉を二人でくぐると、ゼフェル様は壁をまさぐって、そこから古い小さな額縁を外した。

「これでいいか?」
「ありがとう・・・ございます。」

私は受け取りながら小さく頭をさげた。


帰り道はあっと言う間で、ゼフェル様に抱えられてものの数分も歩かないうちに、私はあの扉の前に戻ってきた。
扉のすき間から微かに外の明るい光が漏れてくる。



ゼフェル様は私を抱えていた手を離すと、くるりと私に向き直った。

「おめーなぁ。これに懲りて、強がるのもたいがいにしろよ。」
ちょっぴり呆れたような口調で言いながら、でもその時のゼフェル様は、決して腹を立てているようには見えなかった。

「別にいーだろ?カンペキな女王サマじゃなくったってよー。誰もおめーにそんなモン求めてねーぜ。ここの連中だってみんなそーだよ?どーしよーもねーヤツばっかでよ。だから9人もいねーと成り立たねーんだろ?」

ふいに頭の上に置かれた手が、くしゃっと乱暴に髪をなでた。
私は思わず首をすくめた。

「頼りゃいーんだよ、できねー時は。・・・無理すんな。肩肘張ってんじゃねーよ。」

「ゼフェル様・・・・・」

何て言ったらいいのか、分からなかった。
相変わらず頭の上に置かれたまんまの手のひらが温かかった。


「ひとつ、貸しだな?」イタズラっぽい笑顔で、ゼフェル様が笑った。「べそかいてたこと、黙っててやる。」


そして・・・。
ゼフェルさまは急に黙ってしまったかと思うと、・・・いきなり、キャンドルに顔を寄せて、火を吹き消した。

あたりが闇に包まれる。

額になにかそっと柔らかいものが触れた。



「・・・これでチャラだな。」

少し上ずったゼフェルさまの声が聞こえた。


・・・・キャンドルが消えていて良かった・・・・。


頬が燃えるように熱くなっていた。
きっと今、恥ずかしいくらい赤くなってるに違いない。




キャンドルが消えた後も、まだそのぬくもりが残っているようだった。




-Fin-
2003年12月19日(金)


■管理人より〜
大好きなゼフェロザで書いてみました!

【創作TOPへ】