絶対音感(お題「クリスマス・キャロル」)





その日は抜けるような青空で、ゼフェル様の後ろをくっついてまっすぐな一本道を歩きながら、僕はとにかく気分が良かった。
僕はいつの間にか、拍子をとりながらクリスマスソングを口ずさんでいた。

もろびとこぞりて迎えまつれ
久しく待ちにし主は来ませり・・・

機嫌よく歩いてる僕の前で、ゼフェル様がふいに足を止めた。

「ゼフェル様・・・急に止まらないでよ・・・。」

ぶつかりそうになって、慌てて足を止めた僕に向かって、ゼフェル様は振り向くと笑いをこらえるような表情でこう言ったんだ。


「ユーリ・・・。おめーってオンチだな。」

「・・・え?」

オンチ・・・つまり音痴・・・っていうことは、僕の歌がヘタだってこと?

「てんで音取れてねーじゃん!」
ゼフェル様は我慢できないといったようすで笑い出した。

僕は笑うどころじゃなかった。
音が取れてない・・・?歌が下手・・・?音痴・・・?
そんなこと考えて見たこともなかった。
これまで何度も母さんや他の人の前でも歌ったけど、みんな何にも言わなかった。
みんな僕のこと音痴だと思ってて、だけど何にも言わなかったんだろうか?



すごく・・・・ショックだった。



その日僕は家に帰ってきてからも、ショックから立ち直れなかった。
自分の部屋に閉じこもってしょんぼりしていると、ノックの音と一緒にお父さんが入ってきた。


「ユーリ・・・どうしたんですか?ずっと下に下りてこないからお母さんが心配してますよー。」
「・・・・お父さん」
僕は力なくお父さんの顔を見上げた。
「お父さん・・・”もろびとこぞりて”って知ってる?」
「・・・ああ・・あの賛美歌のですか?・・ええ、知ってることは知ってますけど・・・」
「歌ってみて・・・」
「ええ?何でまた・・?」
「いいから歌って!」

お父さんは訳が分からないといった表情で、とにかく僕のために”もろびとこぞりて”を歌ってくれた。
お父さんは歌うときも高いとてもきれいな声をしていた。
それを聞いていて僕は”ああ・・・やっぱり・・・”と思ったんだ。
僕が歌ってるのはお父さんとは全然違った。まるで別な曲みたいだった。

僕は・・・やっぱり音痴なんだ・・・・。

「それで・・・この曲がいったいどうしたんですか?」
「お父さん・・・僕・・・僕・・・・」
優しく問いかけられると、僕はもう我慢できなかった。
僕は泣きながらお父さんに「僕はもう一生人前で歌を歌うことができないんだ」と、この悲しみを訴えた。

頷きながら真剣に僕の話を聞いてくれたお父さんは、考え込むような顔になると、僕にこう言った。

「それじゃユーリ、もう一回だけ私に歌ってみせてくれませんか?・・・ええとですね、私が一小節歌いますから、聞こえたとおりに歌ってみてください。」

お父さんは僕がまったく知らない曲を、一小節だけ歌った。
僕は恥ずかしくていやだったけど、仕方なくその後について歌った。

お父さんは聞き終わると、ほっとしたように息をついて、そしてにっこりと笑顔になった。

「あー。良かったですね。ユーリ、安心なさい。あなたは音痴なんかじゃないですよ。」
「・・・えっ?」
僕は訳が分からずに顔を上げた。
「むしろ、あなたはとてもいい音感をしてますよ。節も良く覚えてますし発声もいい。一音も外してませんでしたよー。」
「・・・でも、それじゃどうして?」

僕の質問に、お父さんは今度はわずかに眉をひそめた。
「ユーリ・・・あなたはその”もろびとこぞりて”は誰に教わったんですか?」
「えーと・・・母さんがクリスマスのときに歌ってくれて・・・・」

お父さんは長い指先で額を押さえた。

「ユーリ・・・。お母さんに習った歌は全部忘れるんです。明日リュミエールのところに行って、全部教わり直していらっしゃい・・・・。」
「どういうこと・・・?」僕は聞き返した。

お父さんは肩で大きくため息をついた。
「お母さんは・・・・あの歌は私は決して嫌いじゃないんですけどね。・・・だけど世間的に言うと”音痴”なんですよ。まったく音がとれてないんです。・・・・あなた、お母さんの歌の音がよく取れましたね?まったくメロディーになってないのに・・・・普通の人には無理ですよ。」

「・・・・そうなの?」

「あなたにはもしかしたら絶対音感があるのかもしれませんね?」

「・・・・・・。」


―――もーろーびとーこぞーりーてーむーかーえーまーつーれーーーー


その時、母さんがとっても大きな声で歌を歌いながら階段を上がってくるのが聞こえた。

さっきのお父さんの歌をきいた後では、僕にもどちらが正しいかは歴然としていた。


「どうしたの?二人ともー?全然降りてこないんだもん、心配になって来ちゃった!」


――― 原因はお母さんだったんだ。

僕とお父さんは顔を見合わせてため息をついた。




-Fin-
2003年12月14日(日)


■管理人より〜
あはは、あははは・・・全然クリスマス話になってなくてすみませんー!(書き逃げ!)

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