お母さんのたんじょうび
土の曜日―――
朝ごはんのとき、お父さんは突然妙なことを言い出した。
「今日は聖殿には行きません。家で少し調べ物がありますから・・・。」
「そう・・・。」
微笑んでうなずいた母さんの表情は、お父さんの次のひと言でちょっぴり固くなった。
「多分一日書庫にいることになると思います。すみませんが急用じゃない限り誰も入ってこないでください。」
「何かあったの?・・・調べものって、何か深刻なこと?」
心配顔の母さんに向かってお父さんはにっこりと笑っていった。
「大丈夫ですよ、決してあなたたちを心配させるようなことじゃありませんから・・・。」
「ならいいんですけど・・・・。」
母さんはそれでもちょっぴり不安そうにうなずいた。
宣言したとおり、土の曜日お父さんは一日書庫にこもったまま姿を見せなかった。
僕は仕方なく朝からゼフェル様のところに行って、ロボットを見せてもらったり、エアバイクに乗っけてもらったりして過ごした。
日の曜日―――
お父さんはいつもと変わらない優しい笑顔で食卓に現れて、僕の顔を見るとにっこり笑ってこう言ったんだ。
「ユーリ。あなた釣りに行きたがってましたよね。今日、連れて行ってあげましょう。食事が終わったら仕度をなさい。」
「ほんと?」
僕は嬉しくって本当に飛び上がりそうになった。お父さんに初めてつり道具を見せてもらったときから、やってみたくてしょうがなかったんだ。
「お昼までですよ。午後は他にやることがありますからね・・・。」
お父さんの言葉に僕は勢い込んでうなずいた。
湖についてボートを漕ぎ出すと、お父さんは僕にルアーの付け方や、リールのまき方を教えてくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
結局。 半日かかって、僕は長靴を1足、お父さんはバケツを1個釣り上げた。
「はぁ・・・予想はしてましたけど、こういうときでも駄目なものは駄目なもんですね・・・。」
段々高くなっていくお日様を見上げて、お父さんはため息混じりにそういうと、腰をあげた。
お父さんは残念そうだったけど、僕は釣れなくても充分楽しかった。
水中で時々うろこを光らせる魚達を見かけるたびに僕はその名前をお父さんに聞いて、お父さんは全部それに答えてくれた。
帰りがけ、お父さんはふと足を止めると、岸辺に咲いていた白い大輪の花に手を伸ばし、根元から折り取った。
「どうするの?それ?」
「手ぶらじゃ帰れないでしょう?」
「どうして?」
「どうしてって・・・それはですね・・・。」
お父さんはちょぴり考え込むような顔になった後で、僕に向き直って真面目な顔で言った。
「いつだったか、『見栄を張るのは、つまらない、いけないことだ』って言いましたよね。」
「うん。」
「相手によっては、ちょっとは見栄を張らなきゃいけないこともあるんですよ。」
「・・・どういうこと?」
「・・・あなたが大人になって、好きな人が出来たら、きっと分かりますよ。」
「・・・・・。」
全然分からなかった。僕はちょっぴり憮然として黙り込んだ。
「ただいまー!」
玄関を開けると、奥からエプロンをつけたままの母さんがにこにこしながら迎えに出てきた。
「お帰りなさい。・・・どうだった?楽しかった?」
そう言って笑う母さんに、お父さんは黙ってさっき摘んできた花を差し出した。
「はい・・・今日の収穫です。」
「うわぁ・・・きれーい。」
母さんは受け取って、すっごく嬉しそうな顔をした。
僕は自分も何か摘めばよかったと、ちょっぴり後悔した。
「それと、・・・これ。」
お父さんは懐を何かごそごそしていたかと思うと、分厚い封筒みたいなものを取り出して母さんに渡した。
「・・・なんですか?」
首をかしげる母さんに、お父さんは真面目くさった表情でこう告げた。
「プレゼントです。今日誕生日でしょう、あなたの。」
「ええっ?ほんとに?・・・ありがとう!」
母さんは嬉しそうにいそいそと封筒を開けた。
分厚い封筒の中には四角い便箋が10枚以上入っていた。 それを広げてみた母さんは、困ったように首をかしげて父さんを見た。
「・・・?ルヴァ・・。ねぇ、これなぁに?」
お父さんは、すっと母さんの耳元に口を寄せて、何か小さな声でささやいた。
すると、母さんの顔はまるで魔法にでもかかったみたいに、たちまち真っ赤になった。
「・・・片付けてきます。」
そういうと、お父さんは真っ赤になってる母さんを残して、すました顔で釣竿を手にすたすたと奥に引っ込んで行ってしまった。
「ルヴァったら・・。」
お母さんは相変わらず顔を真っ赤にしたままで、何だかすごく嬉しそうに手にした紙をしわくちゃになりそうなほど胸に抱きしめていた。
「なぁに?それ?・・・なんて書いてあるの?」
「えへへ・・・知りたぁい?」
母さんはさっきのお父さんみたいに僕の耳元に口を寄せると、小さな声でこう言った。
「437ヶ国語で書いた『愛してる』・・・だって!!」
母さんは手紙を頬に押し当てて『やだぁ〜』とか、全然いやじゃなさそうな顔で言ったかと思うと、いきなりスカートの裾をつまんで小走りに出て行こうとした。
「母さん、どこ行くの?」
「お父さんにお礼のキスするの忘れてた〜!!」
母さんはステップを踏むようにウキウキした足取りで出て行ってしまった。
・・・・・・ おとうさん、ずるい。
ひとり取り残された僕は愕然とその場に立ち尽くしていた。
それは完全に抜け駆けだった。
僕だってちゃんと用意してたのに!母さんへのプレゼント!!
みんなで夜に渡すものだと思ってたのに・・・。
・・・だけどそれはゼフェル様に付き合ってもらって、お店で買ったものだった。
やっぱり買ったものじゃだめだ。
それじゃ母さんはあんなには喜んでくれない。
僕は、慌てて部屋を飛び出した。
この件に関してだけは、いくら相手がお父さんでも、絶対に負けたくない!!
書庫に向かって階段を駆け下りる僕を見かけて、おじいさんがびっくりした顔で声をかけた。
「どうなさいました坊ちゃま?どちらへ・・・? 」
「書庫!調べ物!」
僕は叫ぶと勢い良く階段を駆け下りた。
晩御飯までの数時間。
400・・・は無理だと思うけど、20個くらいなら僕にも探せば書けるはずだ。
いろんな国のことばで
『大好きなお母さん』・・・って。
■管理人より
2003年管理人のお誕生日にメッセージをくださったみなさまに進呈した作品です。1年経ったので、2004年バージョンのアップと同時にこちらにもアップさせていただきました。
祝ってくださったみなさま、本当に有難うございました〜vv
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