お母さんのたんじょうび Part.2





今年は僕、ちょっと自信があったんだ・・・・・。


去年のお母さんの誕生日、僕はお父さんに出し抜かれてちょっぴり冴えなかった。
だけど今年は違うんだ。
何ヶ月も前から準備したし、お母さんが絶対欲しがるものを見つけて手に入れたんだから・・・・。


「お母さん、今日、お誕生日でしょ?」 お昼を食べ終わるやいなや、僕は切り出した。
先に食べ終わってお茶を飲んでいたお父さんが、ちらりとこちらを見た。
また先を越されたくなかった僕は、慌ててお母さんの前にプレゼントの包みを差し出した。
「おめでとう!・・・はい、これ、お誕生日プレゼントだよ!」


「わぁっ、覚えていてくれたんだ〜。ありがとう!」
お母さんは嬉しそうに僕が差し出すリボンのかかった筒を受け取った。
「何かしら・・・開けていい?」
僕がうなずくのも待たずに、いそいそとリボンに手をかけると
「わぁ〜!すごい〜vvv」
四角いポスターを広げたお母さんは、たちまち嬉しそうな歓声をあげて飛び上がらんばかりになった。

「ヨン様だぁ〜!」

それはお母さんが主星にいた頃大好きだったドラマのポスターだった。
お母さんは「いや〜ん」とか言いながら、涙目になって身をよじってる。これは母さんがかなり喜んでる時のサインだった。

「お母さん、主星にいたころすごく欲しがってたでしょ?」
「良く知ってたわね!そうなのよ〜!」
「知ってるよ。お隣に回覧板回しに行ったまま帰ってこないから見に行ったら、シンディさんが借りてきたビデオずーーーっと見てて、それで晩御飯が遅くなったことが何度もあったじゃない。」
「だってぇ・・・アパートでテレビがあるのあそこだけだったんだもん・・・・。」
「駅の広告はがそうとして駅員さんに怒られたこともあったよね?」
「あれはね、だってその日が掲載期限だったのよ・・・。どうせ次の日にははがされて捨てられちゃうのに、もったいないじゃない?」
「欲しかったらドラマのDVDも手に入るってゼフェル様言ってたよ」
「えええええええ?ホント?」


―――コトン


湯飲みをテーブルに置く小さな音がして、僕と母さんはハッと我に返ったように振り返った。


「・・・・・・・・・・・。」


お父さんは黙って静かにお茶を飲んでいた。

お父さんが食器で音をさせるなんて、普段じゃ考えられないことだった。僕達は一気に緊張して黙り込んだ。
何でもないような顔をしてるんだけど、その沈黙からはありありと不機嫌なオーラが立ち上っているようだった。

「あっ・・ごっ、ごめんなさい、気が付かなくて・・・。お茶、おかわりね?」
「・・・・いいです、もう。」

慌ててフォローに入るお母さんにぴしゃりと言い返したその口調は、静かな割には妙に怖かった。
僕とお母さんは思わず顔を見合わせた。


「・・・・良かったですね。」
何でもないような声でお父さんが言った。
「・・・えへへ」
バツが悪そうに照れ笑いを浮かべる母さんの手からすっとポスターを取り上げると、お父さんは品定めするようにチラリと写真に視線を走らせて、ポツリと言った。

「ハンサムですね・・・。若いし・・・。」
「やだ、ルヴァったら・・・そんな分かりやすく拗ねないでよ・・・。」
「拗ねる?誰がですか?・・・どうして?・・・別に私には関係ないことでしょう?」

拗ねてた・・・・明らかに、お父さんは拗ねていた。
僕にも分かるくらいの分かりやすさだった。

困ったようなお母さんの顔を見て、僕は慌てて助け舟を出した。
「違うよ、お父さん。だってその人、テレビの人だよ?母さんが一番好きなのはずっとお父さんだったんだってば!お母さん、毎年お父さんの誕生日のたびにお茶碗に緑茶をいれて拝んでたんだから・・・。」

「・・・・・死人ですか、私は・・・。」
底冷えのするような声でお父さんが言った。



「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」



かなりバツの悪い沈黙が流れた・・・・。



「すみません。まだ仕事が残ってるんで・・・・。」

ゆっくりと立ち上がると、パタンとドアの音を立てて、お父さんは出て行ってしまった。
プレゼントも渡さずに・・・。

確かにプレゼントは用意してたはずなんだ。
降りてきたときに上着の中に四角い包みがちらっと見えたもの。

振り向いて困った顔のお母さんを見ると、僕はちょっぴりいたたまれない気分になった。
これってやっぱり、僕のせい・・・・だよね?
失敗だった・・・・・。やっぱりお父さんに先に渡させてあげれば良かった・・・・。

「ごめんね、母さん・・・。」
僕があやまると、お母さんはいつもの笑顔に戻って僕の頭にポンと手を置いて笑った。
「いいのいいの、気にしないで・・・お父さんの機嫌直すのなんかね、コツさえつかめばカンタンなんだからっ!」

「これ、後でスグもらいに行くから、とりあえず隠しておいて!」
そう言って僕の手の中にポスターを押し込むと、お母さんは身を翻して食堂を出て行ってしまった。






「ユーリ・・・ちょっと、いい?」

夕方近くなって、母さんは僕の部屋をノックした。

入ってきたお母さんがいつもどおりニコニコしているのを見て、僕はほっと胸をなでおろした。
どうやら仲直りはうまくいったみたいだった。

お母さんはしばらくさっきのポスターにウットリと見入っていたかと思うと、僕を振り返ってこう言った。
「ねぇ、ユーリ・・・、悪いけどこれ、しばらくあなたの部屋に隠させて!・・・お父さんを刺激するといけないから。」
事情が飲み込めてる僕は、すぐさまうなずいた。
「わかった。じゃあ、クローゼットの扉の裏側に貼っとくから。これならいつでも見られるしバレないでしょう?」
「ありがと!恩にきるわぁ〜!」

「お父さん、子供みたいだね・・・。」
クローゼットの扉の裏にポスターを貼りながら僕がため息をつくと、お母さんは笑いながら答えた。
「そこがいいのよ。」
・・・何それ。・・・聞いてる僕の方が赤くなりそうだった。


「お父さん、何かくれた?」
気になっていたことを聞くと、お母さんは『待ってました!』とばかりに手に持っていた何か角ばったものを僕に差し出した。
「これ・・・。何だかまた読めないのよねぇ・・・。でもまた何か素敵なことが書いてあるんでしょ?」

母さんに渡されたのは、有名なシーシアン遺跡の石板の模造品みたいだった。かなり手が込んだ造りで、これを誰が作ったかは僕にはすぐにピンと来た。
観音開きになっている中を見ると、ハン語の旧字体がぎっしりと並んでいる。ワン・イー・ツーの書体をカンペキに真似たもので、こっちは明らかにお父さんの力作だとすぐに分かった。

何が書いてあるんだろう・・・・。

まるで絵みたいにきれいな書体で書かれたその内容を目で追って・・・、3行と読まないうちに、僕は今度こそ首まで真っ赤になった。


(お父さん・・・・・普通、そこまでやるかな・・・・。)


「ねぇ、何て書いてあるの?」
後ろから覗き込んでたお母さんが、僕の肩をつっついた。
「しっ・・知らない!お父さんに聞けば!」
僕は真っ赤になったまま、慌てて石板の表紙をバタンと閉じた。
「教えてくれないから聞いてるんじゃない!ねぇー、ユーリー!」
「知らないっ!僕、こんな難しい字、習ってないもん!」
「うそっ、・・・じゃぁ、なんで赤くなってるのよ!」
「僕・・もう、寝る時間だから・・・・」
「まだ晩御飯前じゃない・・・」


訳なんかできるわけがない・・・。
出土品の祭祀文を真似してるけど、中身はバリバリのラブレターで、しかもその内容ときたら、かなりベタだった。
「星のような瞳」とか、・・・えっと「芳しい吐息」とか、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」とか、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」だとか、それに「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」とか・・・・・・・。
もうっ、読んでる方が、恥ずかしい・・・・。
そのあまりのものすごさに、僕はもうどうしたらいいのか分からないくらいだった。

お父さん・・・・。
ラブレター書きたいなら普通に書けばいいのに、どうしてわざわざこんな持って回った、手の込んだことするんだろう・・・。



「ねぇ・・・どうしたのよぉ・・・そんなスゴイことが書いてあるの?」
「だからぁ、知らないってば!」
「もう・・・教えてくれないなんて、ユーリの意地悪!」


プンと膨れた顔をしながら、お母さんはもうポスターのことなんか忘れてるみたいだった。


(お父さん・・・やっぱり、ずるい。)


僕はなんだかもう泣きたい気分で、心の中で呟いた。



-Fin-




■管理人より〜
今年も掲示板やメールでたくさんのメッセージ有難うございました!
感謝の気持ちに替えて、あのアホな一家の近況をお伝えしたいと思います(笑)。


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