<桜☆マジック>
「・・・っくしゅん!」
小さくくしゃみして目を開けると・・・・目の前に広がるのは一面の桜色のカーテン・・・・・。
私はまぶたをこすると、座ったままでひとつ、大きな伸びをした。
そうだった・・・あんまりお天気がいいんで一人でお花見に来たんだった。
満開の桜がすっごくきれいで、うっとりと見蕩れているうちに何時の間にか眠ってしまったみたい・・・・。
(眠気覚ましに、お散歩でもしようかな・・・。)
私はスカートのすそを払って立ち上がると、ひとり桜並木の道を歩き出した。
――― 「・・・ジュリアス・・・」
いくらも歩かないうちに、突然植え込みの影から低い声が聞こえてきて、私は反射的に声のする方へ振り向いた。
・・・・・・・・・・・・・・ ?ジュリアス様と・・・・クラヴィス様?
植え込みの向こうに見える見慣れないツー・ショットに私は思わず立ち止まった。
この二人が公式行事以外で一緒にいるなんて、珍しいこともあったものだ。
しかも二人とも・・・何だか妙に仲が良さそう・・・・。
二人はなぜか手を取り合って、至近距離から見詰め合っていた。
やがておもむろにクラヴィス様が口を開いた。
「顔色がすぐれぬようだな。・・・・また無理をしているのではないか?なぜそうすべて自分一人で抱え込もうとする・・・・?私ではお前の助けにはなれぬとでもいうつもりか?」
「何を言うのだ、クラヴィス・・・・・。少なくとも私にはこうして話を聞いてくれるお前がいる。・・・・・お前の存在がどれだけ私を支えてくれていることか・・・・・。」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・。」
私はまるで見てはいけないものを見たように、無言で後ずさった。
・・・・・なんかヘン。
だってこの二人、会えばいっつもケンカばっかりしてたのに・・・・・。
こないだだってジュリアス様、あんなに青筋立てて、人差し指突きつけてクラヴィス様のこと怒鳴りまくってたし・・・・クラヴィス様だって、デートの途中で遥か彼方にジュリアス様の姿がちらっと見えただけで、一瞬でコースを替えて何キロも迂回してたのに・・・・・。
・・・・それがどうしてあんなに見詰め合って、手まで取り合っちゃってるの????
思わずズルズルと後ずさりを始めた私の背後で、今度は別な、もっと高い声が聞こえてきた。
「止めろよぉ〜、メカチュピを虐めないでくれよぉ〜。」
「何だよゼフェル、もう泣いてるの?やーい!ゼフェルの泣っき虫〜!」
「返してくれよぉ〜。」
「君達、少し静かにしてくれないか?勉強が一向にはかどらないよ・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
どやどやと通り過ぎてゆくにぎやかな一団を前に、私は今度は棒を飲んだように硬直してたたずんでいた。
今の・・・・今のは何?
マルセル様がゼフェル様をいじめて泣かせてた?・・・・・それにあの牛乳瓶の底みたいな黒ブチ眼鏡をかけて参考書を開いていたのは・・・・まさか、・・・・・もしかして、ランディ様?
まさか・・・・そんな・・・ありえない・・・・。絶対ヘン!
思わず頭を抱えてうずくまりそうになった私の頭上から、今度はもっと優しい、おっとりとした声が聞こえてきた。
「あら・・・どうなさったの?アンジェリーク?」
「ディア様!」
振り仰ぐと、花吹雪の中、笑顔で佇んでいるのはディア様だった。
「一人でお散歩?ふふっ・・・そうね、とてもいいお天気で、桜がきれいですものね。」
優しげに微笑むディア様の姿を見ると、私はいても立ってもいられずに駆け寄った。
「ディア様!聞いてください!大変です!みんなヘンなんです!」
「ヘン・・・?ああ・・・アンジェリーク、あなたもみんなに会ったのね?」
「えっ?」
「気にしなくていいのよ、アンジェリーク。ここはね、『桜☆マジック』の世界なの。」
「桜☆マジック?」
私はきょとんとしてディア様の顔を振り仰いだ。
「そう。ここは『絶対ありえない』、『あべこべの』ことだけが起こる世界なの。だから何があっても心配なんかしなくてもいいのよ。」
「でっ・・・でも・・・。」
「あら、ごめんなさい。もう時間だわ・・・・・行かなくっちゃ。」
そう言うとディア様は、私の目の前でいきなり身にまとった薄絹のドレスをハラリと一息に脱ぎ捨てた。
「ディっ、ディア・・・様っ・・・・!!」
思わず目を覆った両手の指の隙間から見えたものは・・・・
ピンクのエナメルのボディ・スーツに颯爽と身を包んだディア様の姿だった。
ディア様はゆっくりとした動作で胸ポケットから白い長ハチマキを取り出すと、額にキリリと結び、そしてまた私に向かってにっこりと微笑んだ。
「これからちょっと出入りがあって、私も顔を出さなければなりませんの。大した相手じゃないのですけど・・・でも一応武装はしていかないと、相手に対して礼を欠くことになりますものね・・・・。」
「・・・・・・・でっ・・・出入り・・・・。」
「更にその後は街を流して、イケメン侍らせて朝まで豪遊・・・・・あら、いけない。しゃべってる場合じゃありませんでしたわ。それじゃアンジェリーク、・・・・ゆっくり楽しんでいらしてね。」
「・・・ディア様・・・・」
出入りってことは・・・もしかして、ケンカ?
しかもイケメンと豪遊?
想像もつかない!・・・・いったい全体どうなっちゃってるの????
優雅な足取りで歩み去っていくディア様の後姿を見送りながら、私はめまいでふらつきそうになるのを必死でこらえていた。・・・・・・すると、既にパニック寸前になっている私の耳に、今度はカラコロと下駄の音が聞こえてきた。
「あ〜ら、アンジェじゃないの。何やってんの?こんなとこで?」
華やかな声に振り向いた私がそこに見たものは・・・・・
「オ・・・オリヴィエ様・・・!そっ、そのカッコ!」
バチッとウインクを決めて見せるオリヴィエ様を見て、私は今度こそ卒倒しそうになった。
「やーねぇ、何変な顔してんのよ、着流しに下駄はオトコの基本デショ?」
そう・・・オリヴィエ様は時代劇みたいな黒の着流しに、下駄を履いていた。
しかも・・・ すっぴん!!・・・・おまけに頭ぼっさぼさ!
「ちょっと!アンタ!・・・やだ、ナニ化粧なんかしてんのよっ!」
オリヴィエ様は呆然としている私に歩み寄ると、いきなり顎に手をかけてクッとばかりに引き上げた。
「あんたはまだ若いんだから、いいのよ化粧なんかしなくって!すぐに落としなさい!ほらっ、クレンジング貸してあげるから!・・・・安物の化粧品の上から紫外線なんか浴びるとお肌なんかすぐにボロボロになるわよぉ〜。」
「でっでも・・・私・・・ファンデーションとリップくらいしか・・・・・・」
「いいからいらっしゃい!アタシが拭いてあげるから!」
そう言いながらオリヴィエ様が懐から取り出した亀の子ダワシのような物体を見て、私はすっかり縮み上がった。あんなもので顔をこすられたら、顔中赤ムケになっちゃう〜!
「うぇ〜ん!遠慮しますっ!」
「あっ、こらっ、お待ちなさい!」
私は慌ててオリヴィエ様の腕をすり抜けて走り出した。
おかしい、みんなオカシイ・・・・・こんなのヘンだ!
頭がどうにかなってしまいそう!誰か助けて!
メチャクチャに走っていた私は、ドンと音を立てて歩いてきた誰かにぶつかった。
「イタタタ・・・・何ですか、いきなり〜?」
「ごっ、ごめんなさいっ!」
慌てて顔をあげて謝ると、わき腹を押さえて痛そうに顔をしかめているのは、誰あろうルヴァ様だった。
「おやー、アンジェリークじゃないですか?」
そのゆったりしたトーンの声を聞くなり、私は安心のあまり泣きそうになった。
良かった!
こんなへんてこな世界でルヴァ様に会えたのは、まるで地獄で仏を見たようなものだった。
「ルヴァ様!良かった!助けてください!・・・みんなヘン!ヘンなんです!」
私は思わず、ルヴァ様の大きな手のひらを縋り付くように握り締めた。
ところが・・・・・・。
いくら待ってもルヴァ様は何も言ってくれなくて・・・・・・
不審に思って顔を上げた私の視線は、私を見下ろすルヴァ様のやや困惑したような視線とぶつかった。
「すみませんが・・・その手、離していただけますかー?」
「・・・・・ルヴァ様・・・・・?」
「あー、アンジェリーク。この際だからはっきり言っちゃいますけどねー、あなたがそうやって事毎に私に甘えてくるの・・・・私は『かなり』迷惑してるんですよー。」
「めっ・・・・迷惑?」
ガーーーーーーン。
頭の中ではっきりと音が聞こえた。
「ええ。何しろ私はあなたのことが『大っ嫌い』ですからねぇ。」
「そっ・・・・そ・・・んな・・・・・。」
・・・・・・・目の前が一気に真っ暗になって、足元の力が抜けてふらついてくる。
ルヴァ様が・・・・大好きなルヴァ様が、私のことを「嫌い」?・・・・「迷惑」?・・・・・。
「えーえ、会えば会うほど、話せば話すほど、自分でも不思議なくらいどんどんあなたのこと嫌いになっていっちゃうんですよー。すごく不愉快なんで、もう二度と話し掛けないでくださいねー。」
「る・・・ルヴァさま・・・・。」
「なに泣いてるんですか?私のせいじゃないですよ。あなたに魅力が無さ過ぎるのがいけないんです。いいですか?私は『巨乳』で『セクシー系』のオトナの美女がタイプなんです。あなたのような元気と笑顔だけが取りえの子供は論外です。分かったら今後は用が無い時は私に声をかけないでくださいねー。できれば半径1メートル以内にはなるべく近寄らないようにしてください。それじゃあ私は失礼しますよー。」
言うだけ言うと、ルヴァ様はくるりと踵を返して、さっさと歩き去って行ってしまった。
・・・・・・・・・・うっ・・・
・・・・・ うっ、うえっ・・・ぐすっ・・・・ううっ・・・
「うっ・・・・ うぁあああああ〜ん!」
私は堪えきれずにぺったりと地面に座り込むと、声を張り上げて泣き出していた。
もうダメ・・・・立ち直れない・・・・。
初恋は実を結ばないものだと言うけれど・・・・こんなの・・・・こんなのひどすぎる。
「アンジェリーク・・・・どうしたんですか?何かあったんですか?何を泣いてるんですか、アンジェリーク?」
大泣きしている私の頭の上から、慌てふためいたような声が降ってきた。
顔を上げた私は、そこにさっき別れたばかりのルヴァ様の姿を見て、地面にお尻をついたまま、慌てて後ずさった。
「ごっ、ごめんなさい!近寄りません!・・・・半径1メートル以内には近寄りませんからっ!」
「どっ・・・どうしたんですか?アンジェリーク・・・落ち着いてください〜。」
ルヴァ様はなおも逃げようとする私を抱え込むように引き寄せると、懐から大きな四角いハンカチを出して、ごしごしと涙に濡れた私の顔を拭いてくれて、・・・・それから更に落ち着かせるようにくりくりと頭を撫で始めた。
いつもの・・・優しいルヴァ様だ・・・・・・。
私は魔法にかかったようにつぶやいた。
「・・・・夢・・・・見てたのかなぁ・・・・・?」
「あー・・・何か悲しい夢を見ていたんですねー。こんなに泣いちゃって可哀想に・・・・・。でも、夢で良かったですねぇ〜。」
ルヴァ様はにっこり微笑むと、さらにくりくりと慰めるように頭をなでてくれた。
いつものお馴染みのペースで頭を撫でられているうちに、私は段々と気分が落ち着いてきた。
本当に・・・・あれは、夢だったんだ。
「どうですか?落ち着いてきましたかー?」
「はい・・・すみませんでした。ご心配おかけして・・・・・。」
「いいんですよー。それじゃ、気分直しに、私のところでお茶でも飲んで行かれますかー?窓から桜が見えてきれいですよー。」
「・・・・いいんですか?」
「ええ、もちろん。・・・そうそう、お団子もありますよー。」
「わぁ! 」
「あぁー、やっと笑ってくれましたねー。よかった。・・・・それじゃあ行きましょうか?」
歩き出したルヴァ様の後に従いながら、私はまだ夢の中にいるような気分だった。
何かヘンな気分・・・・・・。
ディア様は、あそこは「桜☆マジック」の、何でもあべこべになる世界だって言ってた。
意地悪なマルセル様、弱虫のゼフェル様、がり勉のランディ様、
ケンカするディア様に、ノーメークのオリヴィエ様、
仲良しのジュリアス様とクラヴィス様・・・・・・。
あれが全部あべこべだとしたら・・・・
だとしたら、ルヴァ様の『大嫌い』は・・・・
大嫌いの反対は・・・・・・
もしかしたら・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大好き?」
「・・・・ばっ・・バカバカバカっ!私ったらなんて図々しい!何てこと考えているのよ!」
私は自分の想像に真っ赤になって自分の頭をポカポカとゲンコツで小突いた。
「だっ・・・大丈夫ですか?アンジェリーク ?今度はどうしたんですかー?」
「いえ・・・その・・・・何でもなくて・・・その・・・・虫が・・虫がいて・・・・」
「ああー、そうでしたかー。春ですからねー。」
目の前をのんびりしたペースで歩いていくルヴァ様は、やっぱりいつもの優しいルヴァ様だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
でも私は、それでもやっぱり、確かめずにはいられなかった。
私は力を入れてこぶしを握り締めると、前を行くルヴァ様の大きな背中に声をかけた。
「ルヴァ様。」
「はいー。何ですか?」
「ルヴァ様、巨乳の女の人が好きって本当ですか?」
――― ずるっ。
ルヴァ様はすっ転びそうなくらい大きくよろめいた。
「あ・・・アンジェリーク!・・・、あっ・・あなたいきなり何てことを言い出すんですか?だっ・・・だだ誰がそんなこと言ったんですか?だいたい「好き」と、巨っ、・・・そっその・・胸の大きさと、・・・・・いったい何の関係があるんですかー?」
振り向いたルヴァ様は首筋まで真っ赤になっていた。
「そっ・・・そうですよね・・・ごめんなさい。」
私は慌てて、首をすくめて謝った。
「・・・・・・・・・・。」
しばらく無言で歩いていたルヴァ様は、いきなりくるりと振り返ると立ち止まった。
「あのー、今しがたの質問ですけどね。逃げずにお答えするとしたら、そのー・・・・私はあんまりものすごく大きい人は・・・何だか見ていて心配になっちゃいそうです。『重くないのかなー』とか『肩が凝らないかなー』とか・・・・・。だからその・・・強いて選ぶなら、私はどちらかと言えば普通の方がいいですね。・・・あっ、でも、どっちでもそんなことは大した問題じゃないんですけどねー。
・・・・どうでしょうか?こんなお答えで納得していただけたでしょうかー?」
「・・・・・・・・・・・・。」
私はちょっぴり感動した。
私のこんなとんでもない質問に対して、真面目に一生懸命答えてくれる。やっぱりルヴァ様は優しい、いい人だ。巨乳好きじゃないってことも本当らしい。この否定の仕方は嘘なんかじゃない。優しい言い方をしてるけど、むしろあんまり大きいのはニガテなんだ。
良かった・・・・やっぱりあべこべだったんだ。
嬉しさと安心で思わず目じりに涙がにじんできた。
「分かっていただけましたかー?」
「はい。分かりました。・・・ヘンなこと聞いてごめんなさい。」
私がすなおにぺこりと頭を下げると、ルヴァ様も安心したように笑顔になった。
「いいえー。誤解が解けてよかったです。」
再び、ふたり並んで歩き出しかけて・・・・
だけど、もう一つだけ・・・・。私には後ひとつだけ、どうしても確かめたいことがあった。 私は勇気を揮って、隣を歩くルヴァ様に問い掛けた。
「ルヴァ様!・・・私のこと嫌いですか?話し掛けると迷惑ですか?」
――― ずるっ。
ルヴァ様は今度こそ、本当にすっ転びそうなくらい大きくつんのめった。
「なっ!・・・わっわっ私がっ?あなたを嫌いにっ?・・・どっ、どうしてですか!?どうしてそんな話になるんですかっ!?誰がそんなこと言ったんですか!?そんなはずないでしょう!!!!?」
「ルヴァ様・・・・・・。」
じわっ・・・・・・。
否定してくれた・・・・。こんなに力いっぱい、思いっきり否定してくれた。
思わず嬉し涙が溢れ出しそうになるのを、私は必死で飲み込んだ。
ルヴァ様はそれでもいい足りなかったらしく、くるりと私の方に向き直ると、真剣な表情で私の肩を『がし』っと掴んだ。
「いいですか?これだけは本当に、絶対に誤解して欲しくないのでちゃんと言っておきますけど、私があなたのことを嫌いになるだなんて、そんなことこれまでに一度だってありませんでしたし、これからも有り得ません。それだけは絶対に有り得ません。・・・・・そんなのあべこべですよ。むしろ私はあなたのことが・・・・・あっ、あーっ、あっ、アンジェリーク〜?」
我慢できずに、私はルヴァ様の首っ玉に飛びついていた。
「ルヴァ様っ!大好きですっ!」
「あああああああ、あー、あのー・・・・アンジェリーク?」
慌てふためきながらも、ルヴァ様はしっかりと私のことを抱き返してくれた。
ハラハラと二人の周りに降り注ぐ桜の花吹雪・・・・。
――― 桜☆マジック・・・・。
その日、私は、大好きな人の心の中をほんの少しのぞいたような気がした。
=Fin=
■作者(ロンアル)の言い訳〜
みなさまっ!満開の桜、楽しんでいらっしゃるでしょうかー?
当企画への投稿3作目は水鏡奏希さんにいただいたネタで書かせていただきました!
お題は「不思議の国のアリスちっくなリモちゃんで、あったかな春の陽気と桜の花びらに誘われてふらふらぁ〜って歩いていたらありえない光景を見る・とかでしょうか?」でした!
うわぉ!アリスには程遠いイメージで申し訳ない!でも、春らしいとってもメルヘンなネタでムラムラと書かせて いただきました!ヘタレご容赦!
奏希さん!ありがとさんです〜!
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