はた迷惑なヤツら 日の曜日の夜。 俺は久しぶりに、部屋でひとりグラスを傾け、優雅なひと時を過ごしていた。 たまには女っ気のひとつもなしに、こういう時を過ごすのもいいもんだな、と思った矢先にメイドのひとりが妙に困ったような顔で現われた。 「あのう・・・。オスカー様。おくつろぎのところ申訳ありません。お客様がお見えです。」 「誰だ、いったいこんな時間に?」 「それがその・・・・」 アンジェリーク様です、と、困惑顔でメイドは言った。 「・・・・・またかよ。」俺はつぶやいた 階下に下りると客間のソファーに仏頂面をしたアンジェが座っていた。なにやらでかい鞄が隣にどかっと置かれていたが、俺は経験でこの中身がカラだということを知っていた。 「しばらくかくまってください。」 俺の顔を見るなり、アンジェが硬い表情で言った。 「あのなあ・・・・」 言いかけたときに、再び玄関のベルがなった。 「あのう・・・・旦那様。今度はルヴァ様が・・・・・。」 やっぱり。ジャストタイムだ。いつものとおりの展開だった。 「すみません〜。遅くに〜。うちのアンジェが来てると思うんですけど〜。」 ルヴァが玄関先でわめいている。あいつ、普段は常識の塊みたいな顔しやがって、いったい今が何時だと思ってるんだ。 「来てるぜ!」俺が怒鳴ると 「来てません!」 俺の声におっかぶせるようにアンジェが怒鳴った。 ルヴァのヤツ、アンジェの声を聞くと厚かましくも案内も待たずにずかずかと客間まで上がりこんできた。 「あー。やっぱりここでしたね。・・・・・まったく、今度はどうしたっていうんですか?」 「どうしたじゃありません!自分の胸に聞いてご覧になればいいでしょう?」 一瞬ふたりの間に火花が散った―――と、言いたいところだが、俺に言わせりゃせいぜい線香花火みたいなもんだった。まったくこいつらときたら・・・。 「またそんなわけの分からないことを言って・・・・とにかく帰りますよ。オスカーに迷惑でしょう。」 「いや。オスカーはいいって言ったもん。」 「言ってないぞそんなこ・・・・」俺が言いかけた瞬間、 「レポート!」アンジェが叫んだ。 そうだった・・・・・。俺はアンジェに頼んで期限を延ばしてもらっているレポートがあったのを思い出した。 「・・・・・・言ったかも・・・・しれん。」俺は厳かに訂正した。 「分かりました。じゃあゆっくり話し合いましょう。」 ルヴァのヤツ、今度は勧めてもいないのに、ソファーのアンジェの向かい側にどかっと腰をおろしやがった。 「ゆっくりってなあ、ここは俺の家だぞ。」 「仕方ないじゃないですか、あ、お茶いっぱいいただけませんか?慌ててきたんでのどが渇いちゃいましたよ。」 「私、冷たいのがいいです。」 「お前ら、ここは喫茶店じゃないんだぞ!!」 俺は思わず机を叩いた。 それでも俺は、仕方がないのでメイドに言って二人分の飲み物を用意させた。 ともあれ、自分もグラスを持ち、こいつらを追い返すための説得にとりかかった。 「お前らなあ。けんかするのは別にお前らの自由だが、自分の家でやれ。何でわざわざうちにまで来るんだよ。」 「家じゃ駄目なんです。」あいかわらず頬を膨らませたままアンジェが言った。 「なんでだよ。」 「だってこの人ずるいんだもの。いつだって私のこと宥めたりすかしたり、そんなことされてるうちに、いつも何を怒っていたのか、分からなくなっちゃうんです。」 「だったらそれでいいじゃないか。」 「よくないです。だってこの人、ごまかしてうやむやにしてるだけで、いつもちゃんと謝ってないんですよ。悪いとも思ってないんです。私が忘れればそれでいいと思ってるんです。それって、ずるくないですか?」 ルヴァはアンジェから鼻先をぴたりと指差されたまま、憮然とした表情で黙りこくっている。 「分かった、分かったから二人とも。外でケンカするのも構わないが、うちは止めてくれ。俺だって何もしてやれないだろう?もう少し真面目に仲裁してくれそうなヤツのところに行け。」 「だめです。オスカー様でないと。」アンジェはぶんぶんと首を横に振って見せた。 「はあ?」 「そうですねえ。どうしても家出しなきゃならないというなら、他の人のところには、行って欲しくないですねえ。」ルヴァまで深くうなずくとアンジェに同意を示してみせた。 「・・・・・おっ、お前らなあ・・・。」 「だって、あちこち行ってたら、ルヴァが探す時に困るじゃないですか?」アンジェが言うと 「確かに8人全員の私邸をまわるのは大事ですね。」ルヴァがうんうんとうなずいた。 「その内夜中になって泊まらなきゃならなくなったら、どうするんですか?」 「あああ、それはいけません。それだけは困ります。あなたも家出するなら絶対オスカーのところにしてくださいね。」 「どういう意味だ。俺が危険じゃないとでもいいたいのか!」俺は再び机を叩いた。 「それで、いったい私にどうしろっていうんですか?」 ルヴァがついに核心に触れてきた。アンジェの表情が少し、険しくなる。 「だからっ!私がどうしたいかじゃなくて、ルヴァがどうしたいのか、って聞いてるんです!」 「私はべつにあなたが良ければそれでいいんですって言ってるじゃないですかー。」 「そんなんじゃやだ!」 「はいはいはい、分かりました。じゃあ私が決めればいいんですね、じゃあ考えときますから、だからもう帰りましょう・・・・。」 「ばかあ!」いきなりアンジェが傍らにあったクッションをルヴァに投げつけた。まったく警戒していなかったルヴァは、正面からクッションをくらって、あっけなく後ろにのけぞった。 「ちょっと年上だからって、いつも子ども扱いして!」アンジェは再びクッションをわしづかみにするとルヴァに投げつけた。 「ちょ・・・・してませんってば・・・・ちょっと、モノをなげるのは止めてください。オスカーにメイワクでしょう。」 「レポート!」アンジェが再び叫んだ。 「・・・・好きに投げてくれ」 「オスカー!あなたも止めてくださいよー。」 「俺の知ったことか・・・・。」バカらしい。俺はとばっちりを食わないように少し離れてルヴァのやられっぷりを見物することにした。 そして・・・・ 「ふぅ・・・なんだか眠くなってきちゃった。」 ひとしきりクッションを投げ終わった後、アンジェはひとつ欠伸をしたかと思うと、コトっと音をたててソファーに長くなってしまった。そのままスース―と静かな寝息を立てている。 「ああ・・・よかった・・・・しかしいつにも増して唐突ですね。」 ソファーから転げ落ちそうになっていたルヴァが、ターバンを押さえながら、ほっとした表情で立ち上がった。 「感謝しろよ。アンジェのジュースにこいつを入れといた。」 俺は片目をつぶってリキュールの瓶をルヴァに示した。 「ああ、オスカー。あなたにはいつも本当にお世話になりますね。」 「相変わらず馬鹿だなあ、お前も・・・。」 「悪かったですね・・・馬鹿で・・・。」 「こう言うときは押し倒せばいいんだよ。大概のことはそれで解決するだろう?」 「うーん。あなたの言うことも一理ありますけどね。」 意外にもルヴァは素直にうなずいてみせた。 「・・・というと?」 「多分彼女は彼女なりに、私との距離を縮めようと無理してるんじゃないかと思うんですよ。」 「うん?」 「年も離れてますしねー。私があまり話すのがあまり得意じゃないものですから・・・・・・。私が彼女の知らないことをいろいろ考えていたり、彼女のために我慢して言わないことがあるんじゃないかと、まあ心配しているらしいんですよね。・・・・其の実私もたいしたことを考えてるわけじゃないんですけどねー。」 「だろーな。」 「だから私達は、こんな感じでも、ゆっくりやってくことにしますよ。」 「・・・・・まあ、がんばれよ。」 そこを押し倒して解決すればいいじゃないかとも思うんだが、まあ、こいつにはこいつの考え方があるらしい。まどろっこしいというか、こいつらしいというか・・・・・・。 「ぅ・・・・ん。るヴぁあ・・・・・だいすき。」ソファーに伸びていたアンジェが、ルヴァに抱え上げられたとたんに寝ぼけて甘ったるい声を出した。 「はいはい。私も、大好きですよー。」アンジェを抱え上げながら、ルヴァも同じくらいの甘ったるい声で応じた。 俺は、ばからしくなってきた。 何だこいつらは?週末の夜に押しかけてきて散々わめきまくって、果ては独り者の前でのろけて帰ってゆく?そんなの許されるか? 「ちょっと待て。」 俺は部屋に飛び込むと、引出しをがさがさとあさって一番奥から古い小箱を取り出した。 「これ、持ってけ。」 アンジェを抱いているルヴァの片手に『がしっ』と握らせる。 「目が覚めてアンジェがまた騒ぐようだったら、これを飲ませてやるといい。気持を落ち着ける効果があるお茶そうだ。あっ、お前は飲むなよ。お前がこれ以上冷静になったらまたアンジェにどやされるぞ。」 「そりゃそうですねー。ありがとうございます。じゃ、いただいていきますねー。」 疑うことを知らないこの真面目な朴念仁は、嬉しそうに受け取ると、アンジェを抱えてほこほこと帰っていった。 俺は心の中で舌を出してやった。 ばかめ。それは心を落ち着かせるどころかその逆だ。官能をかきたてる夜の秘薬なのだ。 いつかオリヴィエと近くの星に調査に行った時にしゃれで買ったもんだ。っつーか、ヤツに無理やり買わさせられたんだ「アンタには必需品でしょ?」とか言われて・・・・。馬鹿らしい、俺はこんなものなくても十分相手をその気にさせることができるんだ。 まあ、あの二人じゃいつもたいしたことはしてないだろうから、たまには悪くないんじゃなかろうか? 逆にいいことをしてしまったような気がするのが少しひっかかったが、俺は平和な夜が戻ったことを祝ってとりあえず部屋で飲みなおすことにした。 そして翌日・・・・・。 浮かない顔で登庁したルヴァの頬に真っ赤な手形がついているのを見て、俺は執務室に駆け込むなり死ぬほど笑った。なんてお約束なヤツラだ。ホントに期待を裏切らないヤツラだ・・・・。 俺は笑いの発作を押さえながら、心の中で『もう1回くらいなら家での夫婦喧嘩を許してやらんでもないな・・・。』と、つぶやいていた。 =完= |