《星降るように愛してよ-6》 館に戻るなり、わたくしは着の身着のままで寝台に倒れ伏してしまいました。
このまま何もかも忘れて眠ってしまいたいと思うものの、今夜はどうにも眠れそうにありませんでした。 「旦那様・・・・・」 コツコツとドアをノックする音と、執事の声が聞こえました。
「何ですか?・・・今日はもう休んでいるのですが・・・・」 ベッドに伏せったまま応えると、執事は困惑しきったように続けました。 「それが・・・・お客様が・・・・・アンジェリーク様がお見えなのです。」
「・・・・・・アンジェリークが?」 わたくしは仕方なく、のろのろと身を起こすと、灯りをつけて身なりを整え始めました。
アンジェリークはパーティー会場にいるはずなのに・・・・。 もしかしたら、オスカーとのことをわたくしに報告に来たのかも知れません。 彼女の幸せを願うと言いながら、今のわたくしにはとても幸せそうな彼女と向かい合う勇気がありませんでした。
仮病でも何でも、いい訳を作って引き取ってもらえばいいものを・・・・わたくしは咄嗟に嘘のつけなかった自分を恨めしく思いながら、客間のドアを重い気分で押し開けました。
「リュミエール様・・・・・良かった!!」 わたくしの姿を見かけると、アンジェリークは椅子から跳ね上がるように立ち上がって笑顔になりました。
「急に帰られちゃうからビックリしました。お加減でも悪くなったのかと思って・・・・あ、でもやっぱり、お顔の色が少し・・・・・」
「よかったですね。アンジェリーク。」 わたくしは、どうにかこうにか笑顔を作ると彼女に微笑みかけました。 「・・・・・え?・・・・何がですか?」
きょとんとした顔で答えるアンジェリークに、今度は私のほうが慌てて聞き返しました。 「オスカーと話さなかったのですか?彼はあなたのところに行ったのでしょう?」
「あっ・・・・・はい。その・・・・・・・・・・・お会いしました。」 幸せどころか、明らかに戸惑って困惑しているようなアンジェリークの様子に、わたくしは急速に激しい胸騒ぎを感じ始めていました。
・・・・・わたくしは慌てて再びアンジェリークに向き直りました。 「彼に何か言われたんですね?わたくしが話してきましょうか?」 「ち、違います。・・リュミエール様、そうじゃあないんです。」
「アンジェリーク。自分の気持ちに素直にならなくちゃいけません。あなたは幸せになっていいんです。幸せになれるんです。彼もあなたを心から愛してるんですよ?・・・・・女王候補だから何だというのですか?人を好きになるのに女王候補も女王も関係ないでしょう?好きなものは好きなんです。そんなことであきらめないでください。たとえ困難があったとしても、二人で力を合わせれば、きっと乗り切れるはずです。彼はきっとあなたを命がけで守り抜こうとするでしょう。どうか自分を・・・彼を信じてください。」
「・・・・リュミエール様・・・・・」 「行きましょう、彼のところへ・・・・つまらない行き違いで大切な人を失ってしまってはいけません。」 「ち・・違うんです。待って・・・リュミエール様・・・・・」
今度ばかりはわたくしにも見て見ぬ振りはできませんでした。 わたくしは無理やりアンジェリークの腕をつかむと客間の出口に向かって歩き出しました。
「痛っ・・・リュミエール様・・・痛い。腕、痛いです。」 もがきながら引きずられていたアンジェリークが不意に泣きそうな声を出したので、わたくしは驚いて足を止めました。
「あぁっ・・・」 頭に血が上っていて、ついつい強く握りすぎてしまったのでしょうか、彼女の白い華奢な腕には見るからに痛そうな真っ赤な痕がついていました。
女性に怪我をさせるなんて・・・・とんでもないことをしてしまいました。わたくしは慌てて掴んでいた腕を離して意味も無く彼女の前から飛びのきました。 余程痛かったのでしょうか、アンジェリークは今にも泣き出しそうな表情をしてわたくしのことをじっと見上げていました。
「申し訳ありません。アンジェリーク。・・・・い、痛かったですか?すみません。泣かないでください・・・・・今、手当てを・・・・・」 慌てて薬箱を取りに向かったわたくしの袖を、アンジェリークは両手を伸ばしてぎゅっと握り締めました。
「・・・・・謝らないでください。」 うつむきながら、彼女の声はほとんどもう涙声になっていました。 「違、・・・・痛くて泣いてるんじゃないんです・・・・・私・・・・・わたし・・・・・・ごめんなさい。」
「・・・・・アンジェリーク・・・・・・。」 「私のために、こんなに・・・・・わたし・・・・・そんな、してもらう価値・・・ない・・・・・・。」
片手で涙を横なぐりに拭うと、アンジェリークは泣き濡れた顔をきっと上げてわたくしを見ました。
「・・・・・私がお断りしたんです!
・・・・オスカー様とちゃんと話し合って、お断りしたんです。・・・・・・だから、終わったんです。」 「・ ・・・・そんな・・・・どうして・・・・・?」
あまりにも意外な言葉にわたくしは呆気にとられて立ち尽くしていました。 「なさけないですね。私、恥ずかしいです。自分で自分の気持ちが分からなくなっちゃったんです。本当に大好きだったんですけど、半分は憧れて、頼ってただけかもしれないって思うんです。」
アンジェリークは、確かめるように訥々と語りはじめました。 「私、こんなに馬鹿で、浅はかで、・・・・でも、リュミエール様、おっしゃいましたよね、好きでいるのは自由だって。だから・・・・だから・・・・。」
アンジェリークは涙をためたままの顔を上げてわたくしの顔をひたと見つめました。 「私、今、何も言う資格ありません。・・・だからちゃんと自分の気持ちを見つめなおして、やらなきゃならないことを一生懸命やります。・・・・・・そして、ちゃんと自分の気持ちに自信が持てるようになったら、・・・・そうしたらリュミエール様、私の話を聞いていただけますか?
・・・・・もしかしたら今度は、だれも慰めてくれる人がいないかもしれませんけど・・・・・・。」 真剣な表情でわたくしを見上げるアンジェリークはとても美しく、愛らしく見えました。
わたくしは何だか急に、息をするのさえ苦しいような気持ちになってきました。 柔らかな桜色のドレスをまとったその華奢な体を、思い切り抱きしめてしまいたくなったのです。
一瞬の、とても激しい衝動でした。 抱きしめたい・・・・・・・。 あなたのことを、抱きしめたい。壊れるくらいに強く、強く・・・・・。
もしかしたらわたくしも、愚かで浅はかな勘違いをしているのかも知れません。 ですが、わたくしは言わずにはいられませんでした。
わたくしはゆっくりと、まだ固い表情を浮かべたままのアンジェリークを見つめ返して、そして、言いました。 「アンジェリーク・・・わたくしも・・・・
あなたにお話したいことがあります。 貴方の気持ちが落ち着いて、悲しみを忘れられるときが来たら、聞いていただけますか? ・・・・その・・・・・・できればわたくしに、あなたよりも先に言わせていただきたいのです。」
「あ・・・・はい・・・・・」 目を伏せてうなずいたあなたの頬が真っ赤に染まってゆくのを見て、わたくしはまた、心臓の鼓動が息苦しさを増すのを感じていました。
多分わたくしの顔も彼女と同じくらい、赤くなっているのかもしれません。 「あの・・・・・・」 何か言わなければどうにかなってしまいそうで、わたくしは思いつくままに言いました。
「ハープを聴いていかれますか?・・・あの・・・よろしかったら。」 「あ・・・はい。私もお願いしたかったんです。」 「では・・・・」
思わず差し出してしまった手に、アンジェリークはためらわず手のひらを重ねて・・・・ 同時に、わたくしの頭の中に、あの朝失くしてしまったと思ったメロディーが、静かに蘇ってきたのです。
―――星降るように愛しましょう ―――愛しいあなたを ―――降り注ぐように愛しましょう ―――絶え間なくあなたを
握り締めたあなたの手のひらはまるで玩具のように小さくて、だけど温かくて・・・・・・・ そのぬくもりがさざなみのようにゆっくりと、わたくしの心を満たしてゆきました。
アンジェリーク・・・・・ 星が降るように、あなたのことを愛していきましょう。 いつまでも、いつまでも・・・・・
この胸の中、あなたのことを守ってゆきましょう。 わたくしの大切な、 愛しいアンジェリーク・・・・・。
fin
<おまけの後日談へ>
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