その夜 (1)



その晩、ルヴァは控えめに私を求めてきた。

嬉しかった。
ルヴァの温かい胸が、私も焼け付くように恋しかった。
抱きしめられて、すべてを取り戻したことを確信したかった。

だけど

何だろう・・・。
ルヴァの指先が寝巻きのボタンにかかったその瞬間から、私は何だか異様な感覚が体の中からこみ上げてくるのを感じていた。
ボタンが一つずつ外されるのに連れて、頭の芯が妙に醒めてくる。
さっきまでの抱擁で温まったはずの体が、気がつくと小刻みに震えはじめていた。
下着をそっと抜き取られ、露になった部分にルヴァの指がふれたその瞬間・・・

―― いや。

私はのどから出掛かった拒絶の言葉を慌てて飲み込んだ。
そして自分の反応に自分で愕然としてしまった。

おかしい・・・どうしてなんだろう?こんなのヘンだ。
だって私、愛してるのに・・・抱いて欲しいはずなのに・・・。

ルヴァは私のそんな様子には気づかずに、寝巻きのはだけた部分に熱っぽい口づけを繰り返している。 その激しさがなんだか怖い・・・・・。

どうしたっていうんだろう、・・・・どうなってしまったんだろう私は?

以前はこの激しさがあんなに嬉しかったはずなのに・・・・。
こんなに必要とされて・・・切ないくらい求められて、幸せなはずなのに・・・・・。
心は間違いなく許して、求めてさえいるのに、
体は少しも反応せずに、頑としてルヴァを拒んでいた。


・・・・こんなんじゃだめ。

私は段々焦り始めていた。
ルヴァが気が付いてしまう。
これじゃまるでルヴァを責めているみたい。許してないみたいじゃない。

だけど・・・どうしよう。
感じているフリなんて出来ない。・・・してもルヴァにはきっと分かってしまう。


ルヴァはまだ、気がついていない。
唇が少しずつ下に下りてくる。

慌しくもう1枚の下着が抜き取られ、
待ちかねたように、ルヴァの膝が両脚の内側に割って入る。
性急に押し開かれたその部分に、ルヴァが触れそうになったその瞬間・・・


「・・・・いやっ!」


とうとう私は叫んでしまった。
ルヴァがびっくりしたように顔を上げる。


ルヴァと目が合った瞬間、私はどうしようもなくなって思わず泣き出してしまった。

「ごめんなさい。・・・ごめんなさい。私が悪いの。私がダメなの。」
「アンジェ・・・」
慌ててルヴァが身を起こす。
「私、ダメになったの。もう駄目なの・・・。」
「あああ、落ち着いて、アンジェリーク。」


理由もいわずにただ泣きじゃくる私を、ルヴァはそっとベッドの上に抱え起こした。
裸の体にシーツを捲きつけると、ルヴァはその上からぎゅっと、私の体を抱き寄せた。
ルヴァの胸の中が温かくて、ゆっくりと髪を撫でてくれるその手が心地よくて、私はすっかり我慢がきかなくなって、ルヴァの胸に顔を押し付けたまま、声をあげて泣き出してしまった。


そうやって どれだけ泣いていたんだろう・・・?
泣き声がだんだんすすり泣きに変わってきたのを見計らったかのように、ルヴァが私の顔をそっと覗き込んだ。

「・・・落ち着きましたか?」
私はルヴァに顔を見られたくなくて、ルヴァの胸に額を押し付けたまま、うなずいた。
「・・・ごめん・・・なさい」
「何を謝ってるんですか?」
「もう・・・私、・・魅力、ないでしょう?」
ルヴァがびっくりしたように、私の顔を見下ろした。
「・・・どうしてそんなこと言うんですか?」
「だって、私、全然応えられなくて・・・してあげられなくて・・・・つまらないでしょう?こんな女?」
「・・・・・・。」
びっくりしたような顔で私を覗き込んでいたかと思うと、ルヴァはいきなりうつむいて低く笑い出した。
「ルヴァ・・・?」
「馬鹿ですねぇ・・・、あなたときたら・・・。いったい何を考えているのやら。」
「・・・・・・。」
「魅力ないわけないでしょう。あなたは最高です。愛してます。」
まだ笑いながら、ルヴァはもう一度シーツ越しに私の体を引き寄せた。

「何て説明したら分かってもらえるんでしょうかねぇ・・・。それはあなたを抱くのは素晴らしい悦びですけど・・・・それはまぁ、言って見れば、最高級のぜいたく品みたいなものです。豪邸やドレスが無くたって、人は幸せに生きていけるでしょう?・・・だけど、あなた自身は違います。あなたの笑顔は水やパンやお日様と同じで、それがなきゃ私は生きていけません。逆にそれだけあれば幸せで、満足なんですよ。・・・・あなたがここに生きていて、私の隣にいる。それだけでもう充分に素晴らしいことなんです。他には何にも要らない。・・・・あなただって、きっとそうだと思ってましたけど?」
「でも・・・・」
「それにね、そんなにくよくよすることは無いと思いますよ。そんなのむしろ当たり前の、普通のことですよ。」
「・・・これって、普通のことなの?」
「そうですよ。あなたは5年間、ずっとひとりぼっちで、緊張してがんばってきたんですから。その間にあなたの体は最初の頃に戻っちゃったんですよ。ほら、最初の頃、あなたはいつも辛がって泣いてばっかりいたでしょう?」
「そ・・・そうでした?ごめんなさい・・・」
「心配しなくても、気持ちが落ち着けば元通りになりますよ。」
そう言うとルヴァは、笑いながらもう一度私の体を胸の中に引き寄せた。

相変わらず、ルヴァの言葉は魔法みたいだった。
さっきまでのどうしようもない絶望が、少しずつ引いてゆく。
ルヴァの胸に体をあずけていると、温かい体温と一緒に、力強い心臓の鼓動が聞こえてきた。


だけど私はまだ釈然としなかった。
ルヴァに以前と変わりなく愛してるってことをきちんと伝えたかった。
前と何も変わってない自分を見て欲しかったし、前のようにちゃんとこの人を満たしてあげたかった。

「ねぇ・・・ルヴァ」
「はい?」
「・・・もう一度、抱いて。」
私は顔をあげて、思い切って言った。
「私が嫌がっても、気にしないで。構わずに・・・好きなようにして。」

首をかしげて私の顔を覗き込んでいたルヴァが、ふと微笑んだ。
「いいんですか?好きにして?」
「・・・はい。」
「本当に?」
「・・・はい。」

がさっとシーツの音を立てて、ルヴァが私の体をベッドの上に押し付けるように横たえた。
「じゃあ、目をつぶって・・・・いいって言うまで、あけちゃだめですよ。」
私は固く目を閉じたまま、首だけでうなずいた。


やっぱりだめだった。
静かにシーツを剥ぎ取られたその瞬間、震えが走った。
寒さではなくて不安と恐怖で、私はがくがくと震えだしていた。
多分、今私はきっと苦痛に満ちた、醜い表情をしているんだと思う。・・・だけど、どうすることもできない。


「・・・・・・・。」

・・・・そっと額に唇が触れた。

「愛してる・・・アンジェリーク」

あなたの声が聞こえた。


頬に、そして唇に・・・さっきの激しさとは打って変わった、労わるような優しさで唇が触れた。

「大好きです。あなたが・・・・。」

うなじに、肩に、背中に・・・・ゆっくりと、確かめるように唇が触れてゆく。
欲望なんて少しも感じさせない・・・ただ溢れるような愛情と労わりだけのこもった口づけ・・・。

「ルヴァ・・・・。」

体はまだ少しも反応できないけど、魂は震えていた。
あなたの唇がふれたところに、小さな灯りが灯っていった。


「目を開けていいですよ」
目の前で声がして、
目を開けるとそこにはあなたが、満ち足りた笑顔で私を見つめていた。
「愛してる・・・私のアンジェリーク・・・」
何度目か、ルヴァがまた私を抱き寄せた。

「ルヴァ・・・。」

私はまたこらえきれなくなって、あなたにしがみついて泣き出した。
「泣き虫・・・」
あなたは私をしっかりと抱きとめながら、耳元でそう言ってまた、笑った。

泣き虫じゃないもの。
あなたのいない5年間、私は一度も泣かなかった。

だけど、もういいんだ。
あなたがいてくれるから。
あなたの前では私は強くなくてもいい。欠点だらけでいい。
全部あなたに委ねて、 ただ、あなたを愛していればいいんだ。


あなたはきっとまた、泣き止むまでずっと私の髪を撫でていてくれる・・・・。
そう・・・・いつか ずっとずっと以前、出あったばかりのあの日のように・・・・。


-Fin-


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