<お茶をどうぞ・・・・>


「用意が出来たら呼びますから、それまで本でも読んで待っていてくださいね。」

そう言うと私は、あなたをコテージの部屋に待たせたままバスケットを片手に裏庭に出た。
昨日あなたと散歩した時に、ステキな場所をみつけたの。
あそこでお茶の支度をして、あなたにお誕生日のプレゼントを渡そうと思って・・・。


二泊三日の小旅行。
避暑地のコテージに無理やり誘ったのは私の方だった。

だってこうでもしないと、ルヴァったら今年も自分だけ夏休みを取れないなんてことになりかねないんだもの・・・。
大手の研究機関に勤めていて忙しいのは分かるけど、人のいい彼はいつも他の人の分まで仕事を回されて、普通の週末だってつぶれてしまうことがしょっちゅうだった。
都心から車を飛ばして数時間・・・ここまで来ればさすがのあなたも仕事のことを忘れるでしょう?

シートを広げて、果物と持参した焼き菓子を並べる。
あなたの持ってきた本も用意して、仕上げに道々摘んできた花を飾った。
淡い日差しの中、木陰がちょうどいい影を落としている。吹き抜ける風が気持ちよかった。

「HAPPY BIRTHDAY・・・・ルヴァ・・・」

リボンのかかった箱の角にキスして、そっとシートの真ん中に置いた。
そう、今日はあなたのお誕生日・・・。
あなたがこの世に生まれた、世界で一番大事な日よ。
この日だけは私、あなたを仕事と分けっこなんかしたくなかったんだもの・・・・。

セッティングにすっかり満足すると、私はくるりと向き直ってコテージへの坂道を駆け下りた。




「・・・ルヴァ?」



ベランダから声をかけても返事がなくて、部屋の中を覗き込むと・・・・
待ちきれなかったのか、ルヴァはきちんと整えられたベッドカバーの上で静かに寝息を立てていた。

(しょうがないなぁ・・・。)

足音をしのばせてベッドサイドに近寄ると、すっかり寝入っているらしい寝顔を見やって、私は思わず苦笑した。
昨日遅くまで仕事をして、それから車を飛ばして来たんだもんね。無理ないか・・・。
クローゼットからダウンケットを出してかけてあげようとしたところで、私はふと手をとめた。

(ルヴァったら・・・。)

いつもどおり、白いシャツのボタンを襟元までぴったりとかけているルヴァを見て、私はため息をついた。
いつもネクタイだからそうなのかも知れないけど・・・・だけど、遊びに来た時くらい、もっと気楽にしてもいいのにな・・・・。

えい・・・取っちゃえ。
そっと襟のボタンに手を伸ばして、勝手にボタンをひとつ外した。

そう・・・、これでずっと寛いでみえるじゃない?
少しラフな感じになったその姿に、私は思わずにっこりと微笑んだ。


襟からのぞく首筋は意外とがっしりして見える。
ボタンを外しただけで、なんだかいつも以上にすごく、カッコよく見えた。
そう。立ってるとすごく痩せて見えるけど、この人意外と逞しいのだ。
会社の同僚達はメガネをかけてネクタイしているこの人しか見てないから知らないだろうけど、本当のこの人は・・・・
・・・夕べだって・・・・・・

――― やだ、私ったら・・・

いきなりほっぺたがきゅうっと熱くなって、私は慌ててかがんだ姿勢から立ち上がった。
何考えてるんだろう、私ったら、もう・・・。

だけど・・・・。



二人っきりだった。
誰もいない・・・。誰も見てないし・・・・。


私はおずおずと眠っているあの人に近づいて、そっともう一つ、ボタンを外した。
あなたの寝顔を確かめて、シャツからほんの少し覗いている胸に、そっと頬を押し当ててみる。

頬に触れる肌が気持ちよかった。
温かい肌にそうっと、唇を触れさせる・・・。

(今日だけは・・・独り占め・・・・。)

思わず幸せな気持ちで笑みをもらしたところで・・・・。


「・・・・くすっ」


ふいに頭上で声がして、私は慌ててがばっと体を起こした 。


見れば眠っているとばかり思ったルヴァは、いつの間にか目を開けてこちらを見ている。

「・・・・・・・・・!」

「おや・・?もうおしまいですか?」
真っ赤になって絶句している私を見て、ルヴァはからかうような笑顔になった。

「もしかして寝込みを襲おうとしてるのかと楽しみに待ってたんですけど・・・。」
「ひどっ・・・おっ・・起きてたんですか・・・・?」
「もうちょっと寝たふりしてた方がよかったですかねー。・・・うーん。惜しいことしちゃいました・・・。」
人を食ったセリフに、私は真っ赤な顔のまま立ち上がると身を翻してベランダを駆け下りた。
「知らない!・・・プレゼントもう要らないんですね!」
「もちろん、要りますよ・・・・」

慌てて起き上がって靴を履いてるあなたを尻目に、私は小走りに坂道を駆け上って行った。


やっぱりずるいな、あなたは・・・。
何をしたって許されるって、分かってやってるんだから・・・・。


だって今日は世界で一番ステキな日・・・。
あなたがこの世に生まれた日なんだから・・・・。



慌てて追いかけてきたあなたを振り返ると、私は笑ってこう言った。


「HAPPY BIRTHDAY、ルヴァ・・・。まずは、お茶をどうぞ・・・。」



-Fin-