<棘姫>  -続・「フェイク・プレイ」-




アンジェ・・僕の大好きだった娘。

君はちっとも悪くないんだよね?
ただ・・染まってしまっただけ・・・



だからね―――今度は・・・・僕の番。



緑を総べる者はにっこりと、笑みを浮べた・・・・






残酷なほどの・・・無邪気な笑みを。





アンジェはどうしてか知りたかった。

マルセルが・・
あの明るくて人懐っこい緑の少年が、引き篭もったまま・・
なかなか自室から出ないその訳を・・・

訊ねまわってみてもある者は真実知らず、
なんとなく訳知り顔の人々も
巧みに話を摩り替えて彼女に答えを与えてはくれなかった。

最後に会ったのは、待ち合わせの約束をしたその前日。

皆は風邪だと云うけれど・・・少なくとも・・あの日は、そんな素振りは見えはしなかった・・・

本当に風邪であるなら・・
せめてお見舞いくらいしたってバチは当たらない筈。
先ずは手紙でお訊ねしてみよう。
ご迷惑に為るのだったらその時は、何かお見舞いの品だけことづけすればいい・・

―――彼女自身には罪などなかった・・・
だが・・その思い付きが幸福を呼び込むことに為らない。
不幸の先がけにしかならぬことに気が付かなかった事だけが・・・・
唯一の罪。だった―――

早速、手紙を託しその旨を伝えると・・・意外にすんなりと応えがあった。
――確かに風邪をひいていたけれどずいぶん良くなったので、もう直ぐ執務に復帰できる、勿論・・是非にも来て欲しい・・とても退屈していたから――と、
・・・マルセルらしい文体でしたためられた返事がアンジェの元へと直ぐに届けられた。

ゆっくりと糸車は廻る。
それぞれの意図を飲み込んで・・・・・






小さな手篭にクッキーを詰めて、アンジェはマルセルの邸宅へとやって来た。

取次ぎを頼むとすぐに彼は降りてきてくれた。

出迎えてくれたマルセルの顔色は悪くない。
ほんの少しほっそりと大人びた感じがしたものの、
退屈だったと屈託無く話す仕種や、
差し出したお菓子を美味しそうにつまむ様子にもなんら変わりは無かった。

ほっとしてにこっとアンジェが笑った。

「良かったぁ・・お風邪、大丈夫そうですね?」
「うん。・・ごめんね、風邪なんかひいちゃって・・・でももう平気だから。
皆に移しちゃイケナイと思ってなるべく出なかったんだけど・・・却って心配かけちゃったみたいだね・・・」


「それから・・この前も・・約束してたのに、すっぽかしちゃって・・なんか・・急にあの時から熱が上がったみたいだったんだ。」

済まなそうに緑の瞳が伏せられた。

「ごめんね。・・・ずっと・・・待っていて・・くれてたんでしょ?」


――――多分・・これは、最初で最後の問い掛けだよ・・ねえ・・アンジェ?君は・・・どう答えるの?――――

俯き加減で言葉が続く―――表情は・・隠されたまま。

「はい。・・でも、ルヴァ様が直ぐ来て下さって教えて下さったから・・大丈夫だったんですよ。」



アンジェのポッっと頬を朱に染めた様子を冷めた瞳が、何気なく捉える。

「・・・・・そ・・う・・。」


気に留めた風でもなく呟かれた微かな囁きを・・・
アンジェは、気付きは・・・・しなかった。







―――ずっと・・考えていたんだ・・・
あの方は、僕に指一本触れる事無く、僕を壊した・・・
壊されたから・・僕は、恨んでなんかいないよ?・・・・もう・・ね。



僕には足り無さ過ぎる。
経験も・・・知識も・・・

あの方には・・とても及ばない
でも・・・・・だけど・・・だから、
僕だけが敵うモノで・・何かしたかった。

そのくらい・・・したってイイでしょ?
その為の資格も・・・権利も・・僕にはアルんだから・・・

ねっ、そうは思わない?・・・・・アンジェ―――




―――――――――――――




「ねーっ、コレ見てっ!」
「うわぁ・・きれ・・いねぇ・・」
「うふふっ・・でしょ?
ウチ(守護聖邸宅)の地下室にしまってあったんだ。」


無邪気な微笑と共に差し出されたのは・・・・小指の爪程の種子。

深みのあるラピス・ブルーで勾玉状のソレはそうと知らされなければ、本物の輝石か何かのように美しかった。

「あのねっ、せっかく来てくれたし・・・これ。・・・貰ってくれないかな。」
「いいんですか、私が貰っちゃっても?・・そんな、持ち出したりして・・・平気?」
「うん、大丈夫!
この前の、約束をすっぽかしちゃって、ごめんね。って意味も込めてるんだもん。
だから・・・お願い・・受け取ってよ。」
軽く首を傾げて・・上目遣いにおもねる様に"オネガイ"するマルセル。
そんな表情をされて断る事など・・そうそう出来はしない・・・

「じゃあ・・喜んで!」
「あ〜よかった、じゃぁ・・手・・広げてみて」
「はいっ」
種子は、滑らかに光沢を弾いた・・・
疑う事を知らない可愛らしい手の平にコロン、と収まって・・

「でね、コレを握って好きなヒトを思ってごらん。
その人と幸せになれるって伝説(いいつたえ)があるんだよ!」
「わぁ・・素敵ですね!」

素直に少女は従った。

脳裏に穏かな思慮深い眼差しを思い浮かべ・・
柔らかな微笑を描き・・・拳を握った。

微かな温かみを感じてアンジェが手を緩めると、指の隙間からポウ・・っと蒼い輝きが洩れ出ている。
驚き手を開くとますます光量は増え・・・種子の輪郭は見えなくなっていった。
そして・・・光が収まるのと反比例するかように
驚く少女を尻目に直接、
手の平から生まれたばかりの芽が顔を出している。

まるで、立体映像か・・幻影のようで見惚れている間に、早くもシュルリと薬指に蔓が絡み付く。
みるみるうちに緑の指輪に紅色の花が咲き、華奢な指を飾付けた。

不思議と痛みはない。
芽が伸び、蔓が絡み付いているのだから、
根は当然、体内に張り巡らされている筈なのだが・・・
アンジェにその感覚はまったく無かった。

輝きがすべて途絶えた時・・・もう・・それは完全に彼女と分ち難く・・・・
一つになっていた。


その一部始終を見詰めていた緑の守人は尋ねた。

実験の成果を確かめるように或いは・・・
悪巧みの露見を恐れるように・・・

そっと。

「・・・・僕が、誰だか・・・解る?」

少女は、うっとり・・と応じた。

「はい、ルヴァ様。」

「――そ・・、良くできたね。」



アンジェは・・・・・ふんわりと定まらぬ視点で笑った。
マルセルも・・・にっこりと満足げに嘲笑(わら)った。

「ねぇ・・・アンジェ?これから・・・何してアソボーか?」



クスクス・・・

フフフ・・・・


―――ね?・・・・今度は・・・・僕の番。―――


FIN




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