夜想曲U〜禍縄〜



余人の居ない2人きりの部屋で、貴女は・・眠っている。
その蜂蜜色の髪を月光が、縁取って飾る。
私へのヴエールのように・・・





「う・・ん・・」
「・・おや・・気が付かれましたかぁ?・・」

アンジェのとろりとした脳裏に穏かに声は響く。

「あの?、私・・どうしちゃったんでしょう?」
「貴女はね、私とお茶を飲んでいる途中に突然倒れちゃったんですよ・・」

微かな身動ぎに私は、そっと声を掛かけた。

「あっ、まだそのままでいて下さいね。」
「ここは・・?」
「まさか、ソファーでそのまま、って訳には行きませんから・・すみませんが勝手にベットまで運ばせて貰ったんですよ・・。」
「そうだったんですか・・ご迷惑かけてしまってごめんなさい。 もう・・大丈夫ですから・・・」
アンジェは、体を起こそうとする・・と、
頭に鈍痛でも走ったのか、
心当たりのない痛みに心細い表情を浮かべた・・

「っつ・・」
「無理をしてはいけませんよ、起き上がるのはまあだ早いですねー
お話くらいなら良いんでしょうけれど・・
ああ・・丁度いい機会かもしれませんね・・
貴女に、聞いて頂きたいお話があるんですけれど、よろしいですかー・・?」
「はい。・・なんでしょうか?」
「あー・・貴女は、私にとって・・
日ごと、綻んでいく花の蕾みの様な
眩しさに溢れた女性(ひと)なんです。
それは、恐らく・・・この宇宙にとっても・・ね 。

貴女の内側から溢れ出そうとする白い翼があることを私は、知っています。

貴女は、やがて・・
宇宙自体からも乞われて昇って行くに違いない。
と、断言したうえで、・・あえて言わせて下さい。
どうか・・私と一緒に、・・
同じ人生を歩んでくれませんか?」

さらりと零れ落ちるターバンで、足元に小さな布の塊が出来る。

ゆっくりとアンジェを捕らえる湖沼の瞳・・
何もかも知っている。
それ故に誰よりも深く、
読み解く事の適わない深遠。

読み取られるのを畏れるように・・
そっと視線を外したのは、
果してどちらだったのか・・・

「・・ごめんなさい。
わ・私、ルヴァ様の事好きです。
でも、・・この滅びに向う宇宙や エリュ−シオンの皆の事を見捨てるなんて・・
出来そうにありません。」

清らかな雫で、つぶらな瞳がみるみる潤む。

慈愛の羽根を持つ聖なる天使。
優しくて・・優しくて・・
輝かしくて・・残酷な・・貴女。
そんな、貴女だから、惹かれ・・焦がれ・・
そして今・・
壊 してしまいたい・・と
心から望んでしまうのです。

「泣かないで・・・そんな貴女だからこそ、私は心惹かれたんですからね。・・大丈夫ですよ。ええ・・貴女の所為じゃないんです。貴女の所為じゃ・・・」
「で、でも・・私・・」
「それに・・私は、貴女の涙に値するような男ではないんですから・・」
「えっ?・・」

細く肩を震わせている小さな体を引き寄せ、 頤に手を添えるとクッと上を向かせ・・・

濡れて大きく見開いた目が閉じる隙も無いほど、
素早く、唇でアンジェのそれを塞いだ・・

ほんの少し空いた隙間から舌を挿し込み、
トロミのある液体を流し入れ、
華奢な真っ白い首筋が、
微かに動いた事を確かめてから・・
ゆっくりと放した。

「っ!い、今のはっ?!」

精一杯おどけて・・軽い声音を使う。
貴女に警戒されぬよう・・

「ふふっ・・恋のね、思い出を・・
一つ、頂いたんですよ。
それに、・・びっくりして,
涙も引っ込んだでしょう?」
「は・・い。・・・でも、」
「なんですか?」
「・・なんだか甘かった・・んですけど・・」
「それは、薬のシロップですよ。
忘れちゃったんですかー、
貴女は倒れたばかりなんですよ・・大丈夫です、
これはね、子・供・用で、
私が飲んでも平気なくらい軽いものですから・・"良く"、眠れるように少しばかり・・ほら・ね。」

そう言って目の前で同じ物を飲んで見せた。

「ひっど〜い、ルヴァ様ったら・・ 私、子供じゃないです。」
「・・良かった。やっと笑いましたね。 さあ、おやすみなさい・・アンジェ。」
「はい、ルヴァ様。」

拗ねたような口調だけれど、落着いたのだろうか、やっと笑って・・・微笑んで・・そして・・再び安心したように眼を閉じた。





「眠って・・しまいましたか?」

私は、貴女のあどけない寝顔を膝の上に乗せて・・
月光に浮かびあがる髪を撫でる。
慈しむように、何度も・・何度も・・・

「私はね、今・・賭けをしているんです。」
「・・・・・・・」
「貴女には、未成熟ながらも女王のサクリアがある。 これは、確定です。
さっきの貴女の言葉が、明らかにしましたから・・
もし、サクリアが無かったら、「NO」と貴女は、言えない筈だったのですから・・
貴女に取り込まれた〜黒の禍縄〜は、
自分の意思として私を望む薬でした・・
それを弾き返したのは、紛れも無く白い翼。

何故なら、
〜禍縄〜とは、絡み付いた獲物を取り逃がさぬ事からこの黒蛇についた別名なんです。
でもね、このことは、
薄々そうなるかもしれないと思いもしていました。背に輝くサクリアの欠片を見た日からね・・
だから、予想が当たっていたら・・・2種類使おう、と思っていたんです。」

貴女の背に翼が見え始めた丁度その頃、
私のサクリアにもある変化が・・
黒く澱んだ破滅の兆しが・・あったんです。
そう・・貴女を・・求める余りに、
なったのだと、すぐに納得がいきました。

そうなると・・私が、まだ"私"で居るうちに・・
出来うる限り速やかに・・
私ごとこの凶兆を消すか、
もしくは、望みを叶えてサクリアを正すか・・・
ということになりますよね。



ふふ・・ちょっと難しかったですか?
賭け・・に話しを戻しましょうか、
勿論・・勝算の無い賭けなどしませんよ。

貴女に託した、ただ一度の選択・・
それが賭けの正体です。

「YES」なら心を・・
「NO」なら心以外のもの総てを・・
どちらに転んでも、
貴女を手に入れる事には変わりないのですから。

サクリアには殆どの病気、薬などは、
弾き跳ばして効力がありません。
ですが、・・たった一つ、
サクリアを有する者のみに
"効く薬"があるんですよ。

宇宙を護る目的で作られた、
破滅のサクリアを持つ者を消滅させる・・
そうです・・私を消す為の毒が。

女王のサクリアがあるが故に・・・
〜禍縄〜さえ効かずに、私の恋が実らないのなら、
サクリア故に死に至る毒・・
私の恋が成就する為の薬を与えたかった。

今、貴女に染込んでいるのは甘い毒。
心ごとではないけれど・・
貴女を誰にも渡したくない。

私の願いは、叶うでしょう?

己の迸る感情のまま・・
貴女を道連れにして・・恋に殉ずる私を、
誰に赦して貰おうとも思いません。

罪なら・・貴女を欲した瞬間から・・
もう、始まっていたのですから。

「アンジェ・・貴女は、この宇宙にもたらされたたった一つの福音なんです。
貴女は・・・たった1人。
貴女を求めているものはたくさん居るのに・・ね。
私は・・ほんの少し・・皆より早く気が付いて、
努力を惜しまなかっただけなんですよ。
手遅れになる前に・・
持てる力と、立場と、知恵の総てを駆使してでも
貴女を繋ぎ止めたかった・・私だけの傍に。

こんな私を・・貴女は、憎みますか?・・
蔑みますか?・・それでも・・貴女を・・ ・・
誰よ・もあ・い・・し・・い・・」

・・・彼もまた瞳を閉ざす。
目覚めることの無い眠りに就く為に・・・


・・・月光は・・何も語らない・・



FIN


まちこです。様からいただいた「夜想曲」の第2話です。
悲しくて、罪深くて、清らかで、透明な物語です。
まちこです。さん!すてきな物語を有難うございます!

実は第2話は二通りに話が分岐してまして、別バージョンは「森の遊歩道」さんにあります!(オトナバージョンです!)
こちらではまた激しくも罪深いもうひとつの愛の形を垣間見れます!大人の読者さんは是非読み比べてみてくださいね!


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