〜栞 With My Forst Love〜

 

「エレナ。最後の日あなたはこれを置きに来ていたんですね。・・・毎日毎日この場所にいたのに私は全然気づきませんでしたよ。貴女は・・・怒りますかねぇ。」
床から拾い上げたそれを見つめてルヴァは少し寂しそうな笑顔でつぶやく。
「貴女が聖地からいなくなってすぐに、あなたからもらったこれが無くなっているのに気がついたんですよ。でもきっといつも読んでいたあの本に挟まっているものだと思って、ちょうどあの頃前女王陛下の即位直後で慌しかったですからね。なかなか探す暇も無くて。・・・いえ、違いますね。私はきっと逃げていたんでしょうね。貴女を失ってしまったという現実から。だからすぐに探そうとしなかった。少したって私自身の気持ちが落ち着いてきた頃に当時読んでいた本を片っ端から探したんですよ。・・・ふふっ、大変だったんですよ。日の曜日にわざわざ図書館を開けてもらって1日中篭ってそれこそ図書館中歩き回ったりね。・・・でも結局見つけられませんでした。見つかるわけ無いですよね。・・・貴女がこんな所に隠しておいたんですから・・・・。」
彼女の好きだった彼女の故郷の代表的な花だと教えてもらったその押し花の部分をそっと指先でなでる。
「私は、そのうち日々の忙しさに紛れてこの事を忘れてしまったいました。貴女は私に忘れて欲しかったのでしょうか。貴女が唯一私に残してくれたこの栞を隠してしまったんですから。それとも忘れて欲しくなかったんでしょうか。無くした栞を捜し続ける様に・・・。こうして貴女にもらった栞を手にとって目を閉じれば、今でも鮮やかに思い出します。貴女がこの聖地にいた日々の事を。貴女と築いた思い出の1つ1つを・・・・。」
とんっと壁に頭を凭れてルヴァはゆっくりと瞳を閉じた。深く、心の奥に眠る思い出に漂うに。


ぱらりと風に揺られたページがルヴァの指先をくすぐる。その感触に瞳を開けルヴァは小さなため息をつく。
「おや、もうこんな時間ですか。夕方になって少し風が出てきたみたいですね。」
ゆっくりとその場から立ち上がると窓辺の小さな机に向かい引出しから普段は滅多に使う事の無いライターと灰皿を取り出し、かちりと煙草に火をつける。
ゆらゆらと立ち上る紫煙が少し肌寒い風に吹かれて部屋の中で拡散する。指から零れ落ちた時の砂が風に吹かれて消えて行くように・・・。
「ねぇ、エレナ。貴女は・・・幸せでしたか。聖地からでて、そして貴女の事を本当に理解してくれる。貴女を必要としてくれる誰かに、貴女は出会えたんでしょうか。エレナ、私は見つけました。本当に私が必要としている人に。私を理解してくれる大事な人に。・・・・だから、貴女の最後のお願いを聞いてあげることは出来ないんです。許してくださいね。」
かちりとライターの火をつけルヴァは手に持っていた栞を炎で染めた。
ぽぅとオレンジ色の光が灰皿のうえで燃え上がる。
彼女の好きだった彼女の故郷の代表的な花だという薄紅色の押し花がゆっくりと灰色に染まっていくのを見つめるルヴァの瞳は、切なげで悲しそうで、でも強い意思を優しい愛情をたたえている。
「今なら、貴女にきちんと伝えられます・・・”さよなら”・・・・と。」

炎の消えた灰皿をしばらく見つめていたルヴァはふっと目を閉じそして吹っ切れたように前を見つめた。
「さて、ずいぶん時間が過ぎてしまいましたね。はぁ・・・まだこんなに本が残っているのに。またアンジェに怒られてしまいますね。」
いつもと変わらぬ穏やかな笑顔でいそいそと本の整理を始める。
コンコン。といつもと同じ少し控えめなノックが響く。ぴょこっと顔を出したのは彼の愛する最愛の人。この宇宙を治める金髪の少女。
「早かったですねぇ。あぁとりあえずお茶にしましょうか?今準備しますからね。」
パタン。と書斎のドアが閉まる。残された空間の中で開かれたままの本。


”せをはやみいわにせかるるたきがわのわれてもすえにあわんとぞおもう”

栞を失った本は窓から入り込んだ風でぱらぱらとページをめくる。忘れていた時間を埋めるようにぱらぱらぱらぱら・・・・・。
そして、最後の一枚が終わる。穏やかな日の曜日の夕暮れ、今やっと物語が終わりを告げた。



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