07.ロンアルさま へ

「さすがに・・・まずいですよね・・。」
柱に備えられていた時計を見上げれば、時間は既に夕方の6時に近づいていて・・。
「とりあえず、何とかしないといけませんね。」
目の前に積まれたままの、返却済みの本の山に向き合うと、普段では考えられない程のスピードで目の前の本が分類されていく。

「・・・。」
腕時計が、18時を示して、思わず小さなため息と苦笑いが落ちた。
「また・・・。なのね、ルヴァ・・・。」
仕方ないと言いたげな表情で肩に掛けた大きめのトートバックをかけ直して、待ち合わせ場所の真裏。彼の勤める市立図書館へと足を踏み入れた。
平日であれば、閲覧時間はまだあと1時間程残っていて、人が多少なりといるはずでも、土曜日である今日はいつもよりも2時間程早くこの場所から人がいなくなる。
それでも、そこそこに人口のあるこの街のたった1つしかない図書館は、人の出入りが激しい。
普通なら、閉館時間が来て、返却された本を戻したり、新刊のチェックをしたりしても、1時間で終わるはず・・・。なのだ。現に
「あ、アンジェさん。」
「こんにちわ。」
こうして他の職員達は仕事を終えて帰っていくのだから・・・。
「あっちの、奥の歴史書の部屋ですよ、なんでも、昨日珍しい本が届いたとかで・・・・。」
「・・・・。やっぱり・・・。」
待ち合わせた18時という時間に、彼が現れないときは、新刊が届いたときか、もしくは返却された本の中に自分の知らない物があったときか・・・。どちらかしかないのだから。
「もう、ほとんど職員は残っていませんし、かなり返却本たまってたみたいだから・・・。アンジェさんここでバイトしてた事もあるんだし一緒にやったらすぐ終わりますよ、きっと。」
「いいんですか?」
「えぇ・・・。あ、でも、皆さんには内緒でね。」
小さく人差し指を立てて、真っ直ぐ玄関に向かう職員に会釈して、示された部屋の扉を開ければ・・・・・。
「アンジェ!」
ノックもなく開いた扉から出てきた人物に、手にしていた本を危なく落としそうになりながらルヴァが名前を呼んだ。
「ど・・・ど、どうしたんですか〜・・。」
「どうしたんですか、じゃないでしょ!ルヴァ・・・。約束の時間過ぎてるのに・・・。」
ちょっと上目遣いに、ふくれながら歩み寄れば、きょろきょろとさまよっていた視線が観念したかのように下を向いて、小さなため息がもれた。
「すいません、アンジェ・・・。つい、うっかり・・・。」
すっと指し示した先には、届いたばかりであろう真新しい雑誌が何冊も重ねられていて。
「もしかして・・・。そこにあるの全部読んでたの?」
「はい・・・。朝からずっと・・・。」
朝からって・・・よくそれで仕事を首にならないものだと、思う。確かに、彼は博識で、この図書館のことなら誰よりもよく解っていて・・・。
それはここで、数年前の学生時代に夏休みのバイトで働いていた時からよく解っている。
興味のあることには見境が無くなって、閉館時間が過ぎても、下手すると次の日の朝になっても同じ場所で熱心に本を読む姿を見たこともあった。
「ねぇ、ルヴァ・・・・。」
「は、はい?!な・・なんでしょう?」
慌てて、振り向いた拍子にまた手にしていた返却済みの本がぐらりと揺れて、慌てて落ちそうになったそれを支えながら。
「本当に。本が好きなのね、ルヴァ。」
「えぇ・・・。知らない世界が広がっていくのが楽しくて、解らない謎が。過去が明らかになっていくのが楽しいんですよ〜。」
そう言って目を細められたら何も言えないと思う。そういう姿に、好きなことに真っ直ぐに向かい合うその姿勢に惹かれているのだから・・・。
「手伝うわ。じゃないとせっかくのデート、本に取られそう・・・。」
普通の会社に勤める自分と、図書館という場所に勤める彼と・・・。年末年始や大型連休を除けば、休日が一緒になることなどまず無いわけで・・。
いつもより少しだけ早く終わる土曜日の夜くらいしかゆっくり出来る時はないのだから・・・。
諦めたかのように小さく笑って、手伝おうとした手を、同じように伸ばされた力強い指が絡め取る。
「違います!」
「・・え?」
いきなり、しかも普段はほとんど荒げることのない声が少しだけ怒ったような焦ったような言葉を告げて。真っ直ぐに瞳をあげれば・
「確かに、私は本が好きですよ・・。知らないことを知っていくことも。読み始めたら見境が無くなって時間も忘れて・・・。貴女との約束に遅れてしまって・・・。それは本当に申し訳ないと思っています。でも・・・・。」
絡めていた指をそっと離して、両方の手がゆっくり優しく頬を包んで・・・。
「貴女を思う気持ちとは全然違います。私が貴女を思う気持ちは、ここの図書館にある全ての本を集めたって、世界にたった1つしかない貴重な本だって勝てないんです。」
「・・ルヴァ?」
「だから、間違わないで下さい・・。私は貴女が好きなんです。貴女の方が、何倍も何十倍も・・・。だから、そんな諦めたような顔で笑ったりしないで・・・・。」
「・・本当?」
「本当です!だから、さっさと片づけて・・・・おいしい物でも食べに行きましょう?せっかくのデートなんですから・・。」
そういうと、すっと離れた手が今まで見たこともない程のスピードで目の前の本をさばきだして・・。その速さに唖然とする。
そんなに早く出来るなら・・・普段からしたらいいのに・・・。
「アンジェ・・・。今日は、本当にすいませんでした。」
「いいわ・・・。その代わり、今日はルヴァのおごりね?」
分類されていく本をエリア別にコンテナにわけて・・。
初めて見た、あんな姿に。それだけ自分を思ってくれている事に。自然と零れてくる笑みを隠すことなんて出来ずに・・・。



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