16.大団円

Luva


ついに、その日が来た。 私たちが考えていたよりも、かなり早かった。

少し遅れて聖殿の広間に入ると、すでにほとんどの守護聖が顔を揃えていた。ロザリアとアンジェリークの姿も見える。
アンジェリークは私の姿を見ると小走りに近づいてきた。アンジェリークは青ざめて緊張した表情をしている。私は彼女を安心させようとして微笑んで見せた。
「大丈夫。何があってもあなたには私がついてますから。」
「ルヴァ様・・・。」アンジェリークはすがるように私を見た。明らかに動揺しているように見えた。

―――私は覚悟を決めていた。
あたりが慌しくなってきた。そろそろ陛下がお見えになるらしい。私は慌しくこれだけ言った。
「何も心配は要りません。私がついてますから。いいですか?あなたは自分の気持ちに正直に、思ったとおりにしていいんですよ。」彼女はまだ理解できないといった顔で、曖昧にうなづいた。



女王と補佐官が姿を表し、厳かに女王の任命式が開催された。 それぞれの大陸の建物の数が報告される。
「第256代女王はアンジェリークです」 女王の言葉を受けてディアが宣言した。
守護聖らの間にどよめきが走る。
「おめでとう、アンジェリーク」ディアがアンジェリークの手を取った。

「あー。すみません。少し待っていただけますか?」厳かな沈黙を破って私は手を上げた。
「どうかしましたか?ルヴァ」
「えー。アンジェリークが女王になると、そのー。私は困るんです。」
「ルヴァ?」
一瞬広間が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
「ルヴァ!いったい何を言い出すのだ」
「あー。落ち着いてくださいジュリアス。これには訳があるんです」
いきなりジュリアスに胸倉をつかまれたのには少し驚いたが、このくらいの反応は覚悟の上である。私は衣服の乱れを整えると、落ち着き払ってしゃべり始めた。
「彼女は、結婚するんです。というか、これは順序が逆になってしまいましたね。本当はまだ約束はしていないんですけれど。でも、すぐに決めないと間に合わないようなので、今申し込んでしまいますね。アンジェリーク。私と結婚してください。一生あなたのこと大事にしますから。もしそうしていただけるなら、女王試験は放棄してください。宇宙よりも私の方があなたのことを必要としていると思うんです。」


結局私が行き着いた結論はこれだった。
とにかく自分から言い出そう。私はハラを決めていた。
私はアンジェリークを愛している、一生そばにいて欲しい。女王になんかなって欲しくない。もし、その望みがかなうのであれば責めは一切自分で負う。試験を無茶苦茶にしたのは私。彼女に女王の責任を放棄させるのも私。非難なら自分が受けてたつ。彼女には指一本指させない。
もし、彼女が女王になる道を選ぶとしたら。それでもいい。きっと受け入れてみせる。一生叶わぬ思いであっても、彼女を愛し続け、守護聖として彼女を支え抜く。

「愛しています。アンジェリーク」王立研究院で研究発表をする時のようなごく自然な調子で、いつもの笑顔でこの言葉を口にすることができた。

突然の告白に目を白黒させていたアンジェリークも、このときにこりと微笑んだ。
くるりと女王の方に向き直ると、「申訳ありません」深深と頭を下げる。
まっすぐに顔を上げると彼女ははっきりとした声で言った
「ごめんなさい。私、試験を棄権します」

そして、振り向くと両手を広げてまっしぐらに走ってきた。
白い羽の天使。私だけの天使―――。



私はしばらく多くの同僚から白眼視されることになった。
光の守護聖は「謹慎させろ、1年は出すな」と主張し、「なんで俺じゃなくてルヴァなんだ?」と嘆いた炎の守護聖は「だってルヴァ様かっこいいんですもん」と金髪の元女王候補に一蹴されて果てしなくメゲた 。「くっそー。誰かと思ったら、おっさんかよー。」ゼフェルはあたりのテーブルや椅子に当り散らし「他のヤツだったら、ぜってーゆるさねーところだぞー」と息巻いた。 リュミエールは「結婚生活に疲れたら、私のハープでお慰めしますからねー」なんて怖いことを怖い笑顔で口走り、オリヴィエは「結婚式には新郎もちょっとはメイクしたほうがいいのよ」なんて妙に腹に一物ありそうな表情で私を震え上がらせた。

しかし、結局はみんなしてディアを通じて陛下にとりなしてくれたようで、我々の交際はどうやら陛下のお許しを得ることができたのである。
最後にはロザリアのひと言が利いた。アンジェリークをなんとしても補佐官として聖地にとどめて欲しいと嘆願したのである。
私はどうやらこの新女王にも一生頭の上がらないことになりそうである。



かくして、今その天使は私の傍らにいる。
最近めっきり大人びてはきたものの、相変わらずわたしの前では甘ったれで泣き虫で平気で体ごと抱きついてきたりするので、私は少しばかり困惑している。
と、いうのも彼女は未だに私と結婚してくれないのだ。
「補佐官として独り立ちするまで結婚はできない。どちらも中途半端になるから」―――と言うのがその理由であった。惚れた弱みで私は彼女の意志を尊重することにした。

しかし、それならそれでこんな風に私にべったりともたれかかって、こんな無防備な顔をして、こんなひらひらした服を着てピンクのルージュまで引いて私の肩に頭をもたせかけて気持良さそうに甘い表情でうたたねをするのは何とかしてもらえないだろうか。
この悪戯な天使はこうして私の忍耐心の限界を試そうとでもしているのだろうか?
私はため息をつくと、アンジェリークの柔らかい唇にキスをした。仕方がない、当分はこれでがまんするしかなさそうだ。
眠っているはずのアンジェリークが微かに微笑んだ気がした。




=完=

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