1.出発〜LUVA Luva 何かと騒がしかった女王試験が終わり、1年が経った。 現在、私とアンジェリークは聖地でも公認の恋人同士ということになっている。 私は実はすぐにでも彼女と結婚して一緒に暮らしたかったのだけれども、彼女が「しばらくはまだ一人でいたい」と言ったのだ。 補佐官の仕事に慣れるまでは仕事に専念したい。中途半端は嫌だ。というのがその理由で、生真面目な彼女としては無理もないだろうと、私は彼女の意志を尊重し、結婚延期に承諾した。 それでも公認の恋人同士だし、これからは人目を忍ぶ必要もない。一緒にいられる時間も増えるだろうとそう思っていた私の甘い期待は、しかしながら、あっさりと裏切られた。 実際仕事が始まると、彼女はあっという間に私以上に忙しくなってしまったのだ。 最初の頃は彼女の実務能力をあやぶむ声もあったが、現時点での彼女の補佐官としての評判はすこぶる、いい。 しかし彼女の性分を知り尽くしている私は、彼女が周りにそう認めさせるために裏でどれだけ必死の努力をしているかを知っていた。 平日は朝早くから夜遅くまで聖殿中を駆けずり回っているし、土の曜日は王立研究院、占いの館、図書館と飛び回る他、陛下と長い時間打ち合わせもしているようだ。とにかく、寝る時間以外はほとんど仕事をしているように見えた。 彼女は他の守護聖とは極力コミュニケーションを取るように心がけているようなのだが、私に関しては安心しているのかあまり打ち合わせに時間をとらない。用件だけささっと伝えると「じゃ、ルヴァ様、また・・・」と手を振ってすぐに走り去ってしまうのだ。もちろん私も彼女に時間を取らせないように、なるべく話を早く切り上げるように努力している。淋しくても、引き止めて彼女を困らせるようなことはするまいと心に決めていた。 さすがに日の曜日は私邸に遊びに来てくれるのだが、この日も二人きりになる機会はなかなかなかった。 午後ともなれば年若い守護聖を中心に守護聖連中がお茶会と称してうちにつめかけてくる。もちろん目的はアンジェリークだ。 一応みんなも遠慮はしているようで、おおっぴらに彼女を口説くような不逞な輩はいないが、とにかく彼女は人気者なのである。 これは、彼女の職務にとって喜ばしいことだと思って、私は目をつぶっていた。 夕刻になり、連中があきらめて帰ってゆくと、やっと二人だけの時間になる。私にはこの時間が一番大事で、この数時間のために他の時間を耐えて生きているようなものだとすら思った。 ―――だが、――― 夜がふけるとどんなに長い熱烈なキスも彼女を引き止めることはできない。 「時間だわ、帰らなくちゃ」と、立ち上がる彼女を聖殿まで送り返さなければならないのだ。聖殿の階段をひらひらと蝶々のように駆け上がってゆく彼女を見送った後、私はいつも狂おしい喪失感に責めさいなまれるのである。 彼女はどうして帰ってしまうのだろう。どうしていつも一緒にいてくれないのだろう。彼女にとって自分はいったい何なんだろう。ひょっとして恋人というより兄か父親くらいにしか見てないのではないのだろうか、いやそもそも自分のことを男だと思って見ているのかどうか・・・そんなことを考え始めると果てしなく悶々としてしまうのである。 ある日の曜日、客人らが帰ったあとの静かな時間に、私はアンジェに切り出した。 「アンジェリーク」 「なんですか?ルヴァ様?」にこっとアンジェが微笑む。 もう私はこの顔を見ただけで愛おしさにどうにかなってしまいそうな気がするのだが・・・・。 「あの・・・・今夜、泊まって行きませんか?」 「えっ?」 一瞬彼女の顔から笑顔が消えた気がした。 「あっ・・・もうこんな時間」彼女はパタパタと立ち上がり身支度を始めた。 「ごめんなさい。ルヴァ様。今夜はちょっとロザ・・・・陛下とお茶を飲みながら来週の打合せをすることになっているの。来週、執務室に行きますから。じゃあ・・・さよなら。」 ひらひらと手を振ると彼女は呆然とする私を置いて、猛ダッシュで帰って行ってしまった。 残された私は、悩んだ。 彼女を誤解させてしまったかもしれない。 それは決してやましい下心とかそんなのじゃなくて、単純に、文字通りに彼女と一晩を一緒に過ごしたかったのだ。同じ屋根の下に彼女がいると思えればそれだけでよかったのだ。まあ、実際のところは欲望はきりのないものだから、そうなればなったでそれ以上のものを求めてしまうのかもしれないけれども・・・・。 でも、誤解するのも無理はないといえば無理はない。 自分には以前湖で二人きりになった時に彼女を襲ってしまった前科がある。彼女はその時のことを覚えていて、怯えているのかもしれない。 私は又果てしもなく悶々と悩んだ。 このとき私はみんなの憧れの天使を手に入れた聖地一の果報者で有ると同時に、聖地一憂鬱な男でもあった。 そして、そんな折も折、またしても私達の運命を変えるような出来事が発生してしまったのである。 |