2.出発〜Oscar

Oscar


女王試験が終わり、アンジェリークとルヴァは結婚宣言をした。

俺は断腸の思いでアンジェへの思いを断ち切り、男らしくふたりを祝福する決意を固めた。
最初のうちはつらい思いもしたが、次第に仲間としてアンジェリークと接することにも慣れて来た。 彼女は元来わだかまりのない性質だったし、俺も友人としてのアンジェリークまで失いたくはなかった。

彼女が女王補佐官となったことで、逆に俺達が話をする機会は増えたような気がする。 最初は正直言って彼女に補佐官が勤まるのか疑問に思う気持もあった。補佐官の仕事は女王と違って実務的、地味で緻密な作業が多い。いわゆる縁の下の力持ちだ。アンジェがそういう仕事に向いているかどうか、俺には想像がつかなかった。しかし、始めてみると彼女はその仕事にぴたっとはまった。 なにしろ守護聖間の調整にかけては彼女ほどの適任者はいない。ジュリアス様とクラヴィスを協力させるなんて芸当は彼女以外にはまず無理だろう。彼女に頼まれて断れる人間はまず、守護聖の間にはいなかった。

俺は聖地の警備と言う任務の関係から彼女と打合せをする機会は比較的多かった。式典の時の場所やパレードのルートなどについて俺がリクエストを出すと、彼女はいつも 「分かりました。調整しますね。」 と、笑顔で引き受けてくれる。けっこう面倒な依頼をしても「何とかやってみます。また報告しますから」と言って、めったに断らない。 そしてやってみてくれたその結果にがっかりさせられることは全くといっていいほどなかった。

俺はアンジェリークに対して仲間としての信頼を感じ始めていた。彼女にもそれは伝わっているようで、何かと俺のことを頼りにして相談を持ちかけてくれるのがうれしかった。


そんな時、俺は陛下から召集を受けた。
謁見の間に参上すると、そこには俺の他にアンジェリークとルヴァがいた。 忘れたつもりでいたが、ふたりがペアでいる姿はあまり見たくない。柄にもなく心臓がちくりと痛んだ。


「よく来てくれました。みんなに一つ頼みがあるのよ。」
新しい宇宙の女王は、候補生時代とは大分印象が変わっていた。美貌や押し出しのよさは前のままだが、気位の高そうなところは影をひそめて、けっこうざっくばらんな物言いをするのが、若い守護聖の間でも受けていた。多少人使いが粗いと言う密かな声もあったが、先代女王のサクリアの衰えで安定を欠いていた宇宙を瞬く間に安定させたその手腕は大したものである。
しかもこの女王、年は若いが必要と有ればジュリアス様だろうがクラヴィスだろうが平気でがんがん怒鳴りつける。おもしろい宇宙になりそうだと、この間もオリヴィエと話したところだ。

「えー。陛下。それは一体・・・?」ルヴァが間延びのした声で訊ねた。
どうもこの男、前まえから多少ボケたところがあると思っていたが、最近それがとみに進化した気がする。このところしょっちゅうぼーっとしているところを見かける。アンジェを得て幸せボケか?なんとなく今はこいつの顔を見るのが忌々しい気がした。

「ええ。よその惑星の戴冠式に行って来て欲しいのよ。」
陛下が口にしたその惑星の名前は聞いたこともないものだった。
「あーあ。先代女王陛下が二度ほど行幸されたところですねー。」ルヴァがそう言った。 俺が守護聖になる前のことらしい。
「そうなの。小さな惑星だし特に国交もないんだけれども、先代陛下があちらの先代国王と懇意にされていたようで招待状が来たのよ。私はちょっと今動けないけど、守護聖しかいかないというのも急にないがしろにするようで、先代女王のお顔をつぶすことになるじゃない?だからアンジェリークに私の代わりということで行って欲しいの。」
「式典への出席だけでしたら補佐官殿とルヴァがいけば充分かと思うのですが・・・・」俺は控えめに言った。たかが小惑星の戴冠式に三人でいくのも大げさだと思ったし、この二人と同行というのは正直気が進まなかった。
「確かにオスカーの言うとおりなんだけど・・・・実は、この訪問、ちょっと危険なものになるかも知れないの。」
「・・・・・?」三人の顔が緊張した。
「王立研究院の報告ではこの惑星自体は問題ないんだけど、周辺の惑星で最近やたら内乱が発生していて危険地帯に指定されてるらしいのよ。辺境だし国交がないから次元回廊も通じてないし・・。まあ、飛行艇で安全なところを探しながら時空移動してゆけばさしたる問題にはならないかもしれないけどね。用心するに越したことはないでしょ?」
「なるほど・・・すると俺は護衛役ということですか。」
「そういうこと。」陛下はにっこりと微笑んだ。

だんだん話が見えてきた。実は不要なメンバーは俺じゃなくてルヴァなのだ。
女王代理のアンジェと、その護衛の俺。だが、この二人は色々前のいきさつがある・・・そこでお目付け役としてルヴァを連れて行けば余計な内輪もめを未然に防げると踏んだわけだ。いつもながら陛下の考えられることは周到だ。

「ジュリアス様が適任なような気もしますが・・・」俺は遠慮がちに言った。
日頃の俺なら、こんな職務怠慢とも言うべき発言は舌が腐ってもできないところだ。だが俺は・・・実際ご免こうむりたかった。なんで俺がこの二人と一緒に行かなきゃならないんだ。
「そうも思ったんだけど・・・今、彼のサクリアは外せないのよ・・・。」
俺はひそかにため息をついて瞑目した。 やむを得ん。仕事だ。割り切るしかない。


俺達三人は、ひざまずいて拝命し、謁見の間を後にした。


「あのー。早速ですが、おふたりと段取りについて打合せをしたいのですが・・・・・」アンジェが声をかけてきた。
「はあ」ルヴァが気のない返事をした。こいつも微妙に複雑なところを感じ取っているらしい。
「構わないぜ。これからか?」
「いえ。明日の午後にしませんか?私がスケジュールと場所の大枠を確認して持参しますので、ルヴァ様は式典の儀礼とかお祝いとかの前例を調べてきていただけますか?オスカー様は警備や飛行艇の手配関係の確認をお願いします。」アンジェリークがてきぱきと分担を決めた。
「それじゃ私、資料を集めに行ってきます。明日の3時ということでよろしくお願いします。」ぺこりと頭を下げると彼女はそそくさと階段を降りていった。


二人残されたルヴァと俺はなんとなく気まずい雰囲気を感じていた。あれ以来、俺とルヴァは特によそよそしくなったりすることはなかったが、まあ元々そんなに馬が合うというわけでもなかった。なんとなくテンポが合わないし、こいつのまどろっこしくて煮え切らないところは気に入らなかった。
俺達は気のない挨拶をかわすと、そのまま別れた。


やつらと一緒に長旅か―――――俺はひたすら気が重かった。




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