26.大団円 Angelique 聖地に戻って陛下への復命が終わるとルヴァはさっさと自分の屋敷にこもってしまった。 補佐官室宛てにはルヴァから型どおりの休暇願いが提出されていた。ご丁寧に「陛下には既にお許しをいただいております」なんてメモまでついてる・・・。私は少し不機嫌になった。今までいつも休暇は相談してなるべく一緒に取るようにしていたのに、勝手に一人でお休みをとっちゃうなんて、しかも三日も。 (執務がたまってあとで大変になっても知らないから!)心の中で憎まれ口をたたいた。 そうは言っても何があったのか気にかかる。もしかして体調でも悪いのかしら・・・。 翌日、どうしても気になった私はお昼に抜け出して駆け足でルヴァの私邸を訪ねてみた。ところが、ルヴァは現われず、いつもの執事さんが出てきて申し訳なさそうな顔で「旦那様は書庫にこもっていらっしゃいまして、どなたともお会いにならないとおっしゃってます。」と、追い返された。 私は猛然と腹が立ってきた。「誰とも」って私はその誰とものなかに入ってしまう、それだけの存在なの? 「私ってあの人にとってそれだけの存在なんでしょうか!?」翌日のお茶の時間、私は上司であり親友でもあるロザリア・・・・じゃなくて陛下に、その問いをぶつけた。 「そうなんじゃないの?」陛下はあっさりと言い切って私が入れたローズマリーを品良く一口啜った。 「だって、だって陛下・・・私達結婚するって約束したんですよ」 「だってあなた、後から『結婚はしたくない』って言ったじゃない」 「それは・・・それは仕事が落ち着くまでのことです」 「悪いけどあなた私といる限り一生ヒマになんかならないわよ」 「えー!?」私はぞっとした・・・なんかこのところそんな気はしていたのだけれども・・・。 「いいじゃない。結婚なんかに縛られずに、お互いに好きにすれば・・・。あなたもそのうち別な人を好きになるかも知れないし・・・。」 「ロザ・・・陛下!何てことをおっしゃいますの!私はそんなことぜったいに・・・」 「はいはい。分かりました。」陛下はいきまく私をひらひらと手を振って押しとどめた。 「じゃあ、あなた今日はもう帰っていいわ」 「へ?」 「へ・・・じゃなくて。行ってきていいわよ、ルヴァんとこ。彼今日で休み明けでしょ?あなたもずっと休んでなかったし。今日追い返されたら、腹いせに明日からすれ違いで休んでやれば?」 さすがロザリア・・・いや陛下。なんていいアイディア!私は陛下に抱きついてキスしてあげたくなった。 「ありがとうございます。陛下!」 「まったく、さっきまで怒ってたくせに、現金ねえ・・・」陛下はため息をついた。 私は大車輪で残りの仕事を片付けると、ルヴァの私邸に向かった。行きがけに彼の行きつけの書店によって、彼がここ数日毎日顔をだしていることを確認した。やっぱり病気ではないようだ。私にはあえなくても本屋には会えるのね。私は馬車に揺られながら、腹の中でここ数日の不満をどうぶつけたものか整理していた。 その日館の主はやっと姿をあらわした。 私はまずその姿を見て唖然とした。三日間休みを取っていたはずのルヴァはなぜか聖地に戻ったばかりの時よりやつれて心なしか痩せてもいた。目の下なんか濃いクマができている。 「ちょ・・・ちょっと・・・どうしちゃったの?ルヴァ?」 「ああ、ええ、まあ・・・ずーっと本を読んでまして」いつにもましてスローなテンポで言うと、彼は一つ大きな欠伸をした。何よその態度。さっきまでの不機嫌がまた湧き上がってくる。 「ずっとあってくれないと思ったら、ずーっと本を読んでいらしたんですね」 「ええ。留守にした間に新刊がたまってしまいまして。少し休むと追いつかなくなっちゃいますからねー」 私はまたカチンときた。 「ルヴァは私と本とどっちが大切なんですか?」 「もちろんあなたですよ」 「じゃあなんで本を読むからって会ってくれないんですか?」 「ですから、どんどん読まないと追いつかなくなっちゃうんですよー。あなたは別に増えたり、新しいのが出たり、たまったりはしないでしょ?」 「私と本を一緒にしないでください」 「あなたが比べろって言ったんじゃないですかー。」 私はむっと押し黙った。いつもルヴァと口げんかして負けたことはなかったけど、それは相手が折れてくれているからだということは自分も分かっている。彼が本気を出せば自分なんか勝てるわけは無い。 「分かりました・・・・・帰ります。」 私はきびすを返すと不機嫌な顔でもと来た道を帰ろうとした。 「お待ちなさい。せっかく来たのに帰ることは無いでしょう」後ろからむぎゅっと両肩をつかまれた。 「放してください。帰ります。帰してください〜。」思い通りにならないくやしさに私はじたばたと身悶えた。 ふいに体が浮き上がる。 ルヴァは暴れる私を抱き上げると済ました顔ですたすたと廊下を歩いてゆく。 「放してください。ちょっと・・・どこ行くんですか。ルヴァ。放して」 「眠いんですよ。三日間寝てないんですから」 「眠いって、そんなの私知らない・・」 「つきあってください」 「はああああ?」 「あなたに早く会いたくてがんばって三日で読み上げたんですよ。残りの時間はあなたと過ごしたいんですよ。」 ずんずんと廊下を渡るとルヴァは寝室・・・と思しき部屋のドアを開けた。 大きなベッドと、ここも本でいっぱいの寝室に入ると、ルヴァは私をすとんと下におろした。 「決めたんですよ」ルヴァは真面目な顔で妙にきっぱりという 「決めたって、何を・・・ですか?」 「この先、なんでもかんでもあなたの言うとおりにするのは止めましたよ。」 「・・・どういうことですか?」今日のルヴァはいつになく強引だ。私は背の高いルヴァの顔を負けるもんかと上目遣いににらみつけた。 「あなたは結婚したくないって言いますけど、私は何が何でもあなたと結婚したいんです。」 ふいに思ってもいなかった搦め手から攻められて私は言葉を失った。 これは・・・・・ちょっとロマンチックさには欠けているけど、プロポーズだ。ずっと待っていた展開だ。 「今年中には結婚してもらいますからね、いいですね?」 決め付けるようにルヴァが言うと、私はにらんだ顔のまま、釣り込まれるように「うん」とうなずいてしまった。 「それから、これから土の曜日と日の曜日はうちに泊まってください」 これは・・・・断っちゃだめなんだわ。私は黙って首だけで「うんうん」とうなずいた。 「それと、今日は平日だけど、帰しませんから・・・」 ルヴァの目が『じぃ』っと私を見てる。ああ、やっぱりこの人が大好き。逆らえない。 私は返事の替わりにルヴァの胸に頬をうずめた。 翌日私は大きなベッドでシーツにくるまったまま日が高くなるまで寝てしまった。体中がだるくて痛いし、シーツに残る持ち主の香りが懐かしくてまだしばらくこうしていたかった。 ベッドの主は今朝早く起きると、寝ぼけ眼の私を無理やり揺り起こして何度もキスをするとにこにこしながら私をベッドに押し戻して出て行った。 結局すべてがルヴァの思い通りになり、私はなんだかしてやられた感じがしないでもなかったけど、だけどこれまでにない安心と充実感を味わっていた。 段々彼の性格も分かってきた。優しくてなんでもいうことを聞いてくれるけれど「こう」と決めたら実に頑固だ。そして決してあきらめない。今日当たりきっと「私と結婚する」って陛下にも報告してぜーんぶ外堀を埋めてくるに違いない。でも、それが何だかいやじゃなかった。待ち遠しい気さえする。 私はだるい体をベッドから引き剥がすようにして起き上がった。びっくりさせられるだけじゃつまらない。ちょっとはびっくりさせてやらなきゃ・・・。さしあたって、今日は早めに帰ってくるであろう未来の夫のために、何かちょっと手の込んだ和食でも作ってあげよう。私は鼻歌を歌いながらキッチンへ向かったのであった。 =完= |