25.プレゼント

Oscar


聖地に向かう飛行艇の中。一応の応急手当を受けとりあえず動けるようになった俺は、医者の目を盗んでルヴァを尋ねることにした。今回の旅であいつにはいささか借りができた。俺はあの愛すべき男にちょっとしたプレゼントをしてやろうという気になったのだ。

「オスカー!大丈夫なんですか、出歩いて?」
「どうってことないさ。一人でいても退屈なだけだ、お前と世間話でもしようかと思ってな。」
「あなたもタフですねー。じゃ、どっかその辺に座っててくださいねー。今、お茶を入れますから・・・。」
「酒はないのか?」
「ダメですよー。怪我が治るまでは。」
相変わらずのノー天気なスローテンポだ。今ここでせこせこと茶を入れている男の後姿には、あの惑星で箴言を唱える時に見せた迫力は微塵も感じられない。

「今回お前にはいろいろ世話になっちまったな・・・。」向かいあって座ると、俺はまずルヴァにこう切り出した。
「お互い様ですよ。」
「礼というわけでもないが、いいことを教えてやろう」
「何ですかー?あらたまって?」
「アンジェリークはお前と結婚したがっている」
効果はてき面だった。ルヴァは口にした緑茶を思い切り吹きそうになり、むせかえった。
「オっ・・・オスカー・・・。あなたがどーしてそんな・・・」
「アンジェがそう言った」俺はすまして言った。
「アンジェが!?」オウム返しに繰り返すと、ルヴァは恨めしげな表情で俺を見た。
「アンジェはまた、なんでそんな大事なことを私に言わないであなたに言うんですか〜。」
「なんだか一回結婚を取り下げた手前、言い出しづらくなったらしい。お前が切り出してくれないからどうしたものかと悩んでいたぞ。」
「そんな・・・・・・・・・・。」ルヴァは相当ショックを受けたらしい。ターバンの上から頭を抱え込んでしまった。そのあまりにも分かりやすい反応に俺は吹きだしそうになるのを必死でこらえた。
「しょうがないだろう。か弱い女性が自分の口から『結婚してください』なんて男に言えるか?」
「アンジェが果たしてか弱いと言えるんでしょうか?それに一度私からプロポーズしてるんですよ。どうして匂わすぐらいでも言ってくれないんでしょうか?」
「さあな、大方、彼女の方は精一杯匂わしてたのに、お前が気づかなかっただけじゃないのか?」
「ええええ?」ルヴァは頭の中でそんな事実があったのかどうか、必死で記憶をたどり始めた。
「まあ、いいじゃないか、これでめでたく結婚できるんだ。おめでとうと言わせてもらうぜ。」
「いいえ。よくありません。全然良くなんかないですよ」
「何がだよ」
「だって、これじゃあ結婚したってうまくいきっこないですよ。なんでもはっきり言ってくれなきゃ私には分かりません。『結婚したくない』って言いながら本当はしたい?私にはとうてい理解できません。」
こいつお得意の開き直りが始まった。俺に文句を言ってどうするんだ。
「それはルヴァ・・・・お前が馬鹿だ。」俺ははっきりと言ってやった。
「教えてくださいオスカー・・・・私のどこが間違っているんでしょうか?」ルヴァは馬鹿と言われて腹を立てるどころか、俺の手をとらんばかりになった。
「お前の間違いは、いちいち相手にお伺いをたてて、相手の言うとおりにしたことだ。女の言うことなんか聞くな。」
「オスカーそれは少し乱暴じゃ・・・。」
「いいか、女が『いやだ』と言ったら半分は『いい』という意味だ。『止めて』ってことはつまり『して』ってことなんだぞ。」
「そんな・・・複雑すぎます。・・・私には・・・・分かりかねます」
「いいか、これは必然なんだ。例えばお前、自分から素っ裸になって『抱いてください〜』なんて襲い掛かってくる女に惚れることができるか?」
「さあ・・・・それは・・・・」
「だろ?彼女らは思ってもできないんだ。ところが男なら許される。こっちが行動を起こしてやらないと向こうはどうしようもないだろう?」
やはり、ルヴァは理屈で説明されると弱いらしい。気弱げに俺にうなずいてみせた。
「だから女の言うことを真に受けるな。言わせる前に察してやれ。相手は本音が言えないんだ。可哀想だろう?」
ルヴァは不得要領な顔で、再びうなずいた。ここでもう一押しだ。俺はわざとらしく咳払いをした。
「ところでだ・・・・・お前達、アレはしたのか?」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ぁ、ぁれって・・・・。」ルヴァの顔が、どーんと音がしそうなくらいの勢いで首筋から耳の先まで真っ赤になった。声がオクターブ裏返ったのを聞いて、俺は又必死で笑いをこらえた。
「やっぱりか・・・・まだなんだな・・・。」俺は笑いをこらえて必死にしかめ面を作り、天を仰いだ。
「だからだな・・・・きっと。」
「だっだだっだっだからっ・・・・・て・・・・・」ルヴァが相変わらず真っ赤な顔で、しかもこれ以上はないくらい真面目かつ真剣な表情でまともに俺を見たので、俺はもう我慢の限界だったが、あまりにもおかしかったので横隔膜が震えて傷が痛み出し、その痛みで辛うじてこみ上げる笑いを我慢することができた。
「んー。やっちまうと大体わかるんだがなー。相手の考えてることが・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」ルヴァは無言になった。何か必死に考えているらしい。今ごろあの堅物そうな頭の中でどんな良からぬことを考えているのかと思うとたまらなく笑える。俺のいたずらは更にエスカレートした。
「しかし、アンジェも可哀想だなあ・・・。」
「アンジェが可哀想って、どうしてですか?」ルヴァはいまや完全に俺の術中にはまっている。
「婚約者は全く自分を求めてこない。キスもしない。手も握らない。・・・・・本当に自分に魅力を感じているのか、本当に愛されているのか・・・・不安に思うだろうなあ・・・。」わざとらしいくらい大げさにため息をついてみせる。
ルヴァが大きく息を呑むのが聞こえた。
「彼女が憂わしげにしていると、気がかりに思う連中も多いだろう。なにしろ試験期間中彼女に告白して振られた男は、俺以外にも■×○だろ、△△□だろ、?□☆も言ったみたいだしなあ。告白はしていないようだが○○□や××△も、あれは絶対惚れてたな・・・・・」
振り向くとルヴァが露骨に不愉快そうなしかめ面をしているのが見えた。あいかわらず一々反応が分かりやすい。
「そんな輩がアンジェリークをなぐさめようとする。アンジェリークは心理的に不安定な状態だ。自分の女としての魅力やお前の愛情に不安を抱いている。そんな時に彼女を熱愛する男がありったけの愛情をぶつけて彼女を求めたら」
ルヴァの顔色が今度はす―――っという音を立てて、赤から青に変わった。

「あっ・・・・つい長居しちまったな。クスリの時間だ。部屋に戻るか。」
俺は立ち上がると、向かい側で硬直しているルヴァの耳元にささやいた。
「女ってのはな、手数がかかるんだ。さぼらずやれ。しち面倒くさいことをやるのは得意だろう?」



部屋を出て、通路の角を曲がったとたん。俺はもうがまんできずに死ぬほど笑い転げてしまった。ルヴァ、やっぱりお前はいいやつだ。愛すべき男だ。聖地に帰ったら友達づきあいをしようぜ。
あの堅物を教化するのは至難の業だったが、これでやつにも分かったろう。
そして俺は、次なるターゲット―――アンジェリークの部屋に向かった。



「はーい」ドアをノックすると、やや不機嫌そうなアンジェの声が聞こえた。
「よう」
「あ、オスカー様。怪我は大丈夫なんですか?」ノックの主が俺と知って、アンジェはころっと笑顔になった。
どうやらルヴァが訪ねてきたかと思ってふくれ面を作っていたらしい。アンジェもいいかげん素直じゃない。俺は心の中でルヴァに同情した。
「なに、多少歩き回る分には問題ないさ。聖地に戻って美人の看護婦に見てもらえば、あっという間に直るだろう。」
「相変わらずですねー」アンジェがくすくすと笑った。
「しかし、今度ばかりはルヴァを見直したよ」俺はおもむろに本題に入った。
「そうですかー?」話がルヴァに触れたとたんに、アンジェの表情が硬くなった。アンジェはルヴァがシャンユンとキスしたのを見て、怒っているらしい。つまりやきもちだ。飛行艇に乗り込んでからもルヴァとはひと言も口をきいていないようだ。
「聖地じゃ気が付かなかったが、頭がいいだけじゃなくて度胸も有るし、意外と頼りになるやつだということが分かったよ。」
「そうでしょうかねー」アンジェリークの答えはにべもない。
「女にもてるとは思わなかったがなあ・・・」
俺のひと言でお茶を入れていたアンジェの動きがピタっと止まった。アンジェも分かりやすさではルヴァに引けを取らない。
「俺も聖地に戻ったらお株を奪われないように気をつけないとな・・・。」
「そっ・・・そんなことないですよ。オスカー様のほうがずっと優しいし、かっこいいですもん。あの人本読んでばっかりだし、年よりくさいし、話すの遅いし、長いし、鈍感だし、新しい服着ても髪形変えてもぜーんぜん気がつかないし・・・・そんな、女の人にもてるなんて、そんなはずはないですよ。」
「俺もそう思っていたんだが、意外といるんだよなあ・・・・あのテがタイプって女が・・・。」
「まっ・・・まっさかあ・・・。」アンジェはアハハと笑い飛ばそうとしたらしいが、顔がありありとひきつっている。俺は又横隔膜のあたりがひくひくしてきた。
「そういえば、王立研究院でルヴァの講義があるときは、女性の研究員が多いって誰かが言ってたな・・」
ザーっと音を立てて今度はアンジェの顔色が一気に青ざめた。
「あ、すまん。・・・・不安にさせるようなことを言っちまったかな?」
「い、いいえ、そんな・・・ご心配なく」相変わらずアンジェは固まった笑顔を浮かべているが、差し出された紅茶はカップの縁からあふれかえっていた。
「心配することはないさ。ルヴァは浮気するようなやつじゃないし・・・・・」
俺はアンジェの顔色をうかがいながら次の言葉を言った。
「男にとっては一度肌を合わせた女って言うのは特別な存在なんだ。そんなにたやすく裏切れるようなもんじゃないさ。」
アンジェリークの顔がガーッと音を立てて真っ赤になった。
もちろん俺が言ったことは大ウソだ。俺には顔も思い出せない相手がけっこういる。
「あのっ・・・そのっ・・・でっでもっ、それって、やっぱり一番大事なのはお互いの心ですよね。」
「それはそうさ」俺は大きくうなずいて見せた。
「しかし、男と言うのはばかな生き物だからな。惚れた相手のすべてが欲しいと思うんだ。何かそういう『自分だけが愛されている』という証を見ないうちは不安なんだよ。」
「・・・・・・・・・。」アンジェリークが大きく息を呑んだ。
「いいかアンジェリーク、例えばだ、『今日泊まって行かないか?』このひと言を言うのは実は男にとっては一大決心なんだ。翻訳すれば『これからの人生を俺一人にあずけてくれ』という意味だ。いわばプロポーズみたいなもんだ。」
ここでも俺はウソをついた。俺はそんな深い決心の下にこのセリフを吐いたことはない。
「もし・・・・それを断られたら・・・・。」アンジェリークの声が震えている。
「傷つくな・・・・・。心が血を流すだろう・・・・。」俺はわざと重々しく言った。
「そんな・・・」アンジェリークは両手を頬に当てて、ふらりとよろめいた。
「少なくとも、しばらく自分から誘ったりすることはできないだろう。当然だ。一大決心して誘ったのを断られたんだ。こんなショックに何度も耐えられる男はそうそういない・・・。」
アンジェリークはもう泣きそうに目をうるうるさせている。
「まあ、二人には関係ないことだろうけどな。じゃあ、ごちそうさん。」


俺はそそくさとアンジェの部屋を出た。またぞろ笑いの発作が襲ってきた。全くふたりとも、わかりやすすぎるぞ。「うまくやれよ。お二人さん。」俺はつぶやくと横隔膜を押さえて病室にむかった。




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