27.訣別
Angelique
祭壇の間を出てから、ルヴァはひと言も口をきかなくなった。
目の前にはどこまでも石の壁が続いていて、それがうねうねと、あるものは速くあるものは緩慢に動いていた。その不気味な光景は、見ているだけで頭がどうにかなりそうだった。
ルヴァはこれまでに見たことも無いほど、真剣な厳しい表情をしていた。唇を一文字に引き結んで、目はまっすぐに前方の壁を見据えていた。私のほうを振り向くこともなかった。
ルヴァの頭の中ではこの壁の仕組みが分かっているようだった。それをものすごい速度で計算しながら歩いているようだった。
ルヴァは時々立ち止まって長い時間考え込んだかと思うと、時には私の腕をぐいぐいと引っ張るようにして走るような速度で歩いた。
私には分かった。
ルヴァは戦っていた。
こんな時、私にできることは何もない。
ただ、あなたの選んだ道を1歩も遅れずについてゆくだけ。
いつ果てるとも知れない道が続いて、脚を休める場所すらないけれど、不安はなかった。
ルヴァが私を守ってくれている。
ふいに1枚の壁をくぐったところで、足元の床がぐらりと傾いた。
ごおおおおおぉおおおっと地鳴りのような音がして、天井からもバラバラと石のかけらが落ちてきた。
ルヴァが物も言わずに私を引き寄せると、私の上に覆い被さるように重なった。
このまま死ぬんだろうか・・・?漠然と思った。
ルヴァの胸の中はひたすら暖かくて、この中にいると、差し迫った危険にも現実感が感じられなかった。 ルヴァの汗の匂いが心地よかった。そんな場合じゃないということは分かってたけど、私は思わずうっとりとしてルヴァの胸に身をもたせていた。
地鳴りの音は次第に遠ざかっていった。
あたりがしんと静まり返る。
「壁が・・・・止まった。」
ルヴァがそっと私の体を離してつぶやいた。
夢から覚めたように顔をあげると、確かに気味悪くうねうねと動いていた壁が、ぴたりと静止している。
「ここにいてください。・・・・動かないで。」
言葉少なに言い残すと、ルヴァはあたりの壁をあちこちと見てまわり、戻ってきた。
「行きましょう」
ルヴァが再び私に手を差し伸べた。
「もしかしたら、これもまた何かのトラップかも知れません。・・・ですが、時間を稼ぐなら、壁が止まっている今です。・・・歩けますか?」
私はルヴァの手を握り返すと、微笑んでうなずいた。
「はい。大丈夫です。」
今度はルヴァは一度も足を止めなかった。
私達はかなりの距離を、ほとんど小走りで一気に踏破した。
そうやって、何時間歩いたろう 。
「もうすぐ、出口です。」
速度を落とさずに歩きながら、 ルヴァが呟くように言った。
再び私たちは重たい鉄の扉の近くまでたどり着いた。
扉が見えるあたりに来ると、ルヴァはなぜか歩みを止めて 「少し・・・休みましょう」と言い出した。
ルヴァは布袋をがさがさしていたかと思うと、懐中電灯を取り出して灯りをつけた。
「あの鉄の扉の奥は部屋になっています。部屋の反対側にもうひとつ扉があって、そこが外につながっているんです。」
ルヴァは扉の向こうの部屋の構造を、噛んで含めるように私に説明した。私はルヴァの言葉になにか違和感みたいなものを感じて首を傾げた。
ルヴァは微笑んで見せると、ふいに片手で私を抱き寄せた。
そのままルヴァは私の顔を長いことじっと見つめていた。
それは、とても静かで、優しい表情だった。
私もルヴァに微笑み返した。
「どうしたの・・・?」
私が訊ねると、ルヴァはもう一度微笑んでこう言った。
「uxa die buneng lvgai die yuban・・・・・」
それは聞いたことのある言葉だった。結婚式の時にあなたが私にそう言ったのだ。
それはあなたのふるさとに伝わる、一番古くて、一番確かな愛の言葉だと、あなたはそう教えてくれた。
でも、なぜ?なぜ今それを私に言うの・・・・?
ルヴァの唇が私の唇を覆った。
ルヴァの暖かい舌が深くさしこまれて、なにか苦いものが舌にふれた。
(ルヴァ・・・!)
私は首を振って逃れようとしたけれども、ルヴァの片腕は私の体をしっかりと抱き寄せていて 逃れることが出来ない。唇を塞がれて声が出せないまま、私はその苦い錠剤を飲み下してしまった。
ゆっくりと、ルヴァの唇が離れた。
「どうして・・・・・?」
涙があふれ出た。あなたが何をしようとしているのか、私には分かる。
それを止めたいのに、止めなきゃいけないのに・・・・・。
意識がかすれてくる。目の前のあの人の姿が段々薄れていく。
私は焦った。
だめ・・・・嫌。・・・・・・離れたくない。
あなたの腕を捕えようとした手のひらが空を切った。
薄れていく意識の中で、もう一度あなたがゆっくりささやくのが聞こえた。
「uxa die buneng lvgai die yuban・・・・・。アンジェリーク・・・・。」
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