26.鋼の意地
Edward
まる二日、赤目の小僧は一睡もしてなかった。
俺とユーイーは時々うつらうつらしたが、眠りにつく前も、目覚めた後も、こいつは石床にあぐらをかいたカッコのまま、口をへの字に結んで目を血走らせてパソコンの画面と睨み合っていた。指はひっきりなしにキーボードの上をいったりきたりして、その凄まじいスピードは一向に衰える様子が見えなかった。
途中で何度か声はかけた。
「おい・・・・。」
「・・・・・・・(無言)。」
「ちょっと休め。」
「・・・・うるせえ。」
「体が参っちまうだろ?」
「それどこじゃねー。」
・・・・・ずっと、そんな調子だった。
三日目に入ったとき、そいつはやっと俺のほうを振り向いた。
「おい、でかいの。・・・・石切ってくれ。壁止める石が要る。挟んで止めるんだ。大きさはこうだ。」
そいつはパソコンの画面を見ながら、ノートの切れ端にさらさらと石のサイズを 書き付けると、俺のほうに放ってよこした。
「分かった。」
俺が袋の中から道具を取り出したのを見て、小僧は肩をすくめた。
「そんなんじゃ話になんねーよ。これ使え。」
小僧が自分のバッグから取り出して投げてよこしたのは、20センチくらいの折畳式の工具だった。広げると華奢な糸ノコギリみたいで、こんなんで大丈夫かと思ったが、実際に使ってみて俺はまたしても絶句した。何を使っているのか、石が木材みたいに切れた。しかも、柄の構造は手の形に絶妙に合っていて、少しも力を逃さないようになっている。それに、その工具はどう見ても市販品じゃない・・・・明らかに手作りだった。これで特許をとったらすごいことになるだろう。
ようやく注文どおりの数の石を切り出したところで、赤目の小僧がパソコンの前で大きく伸びをした。
「よっしゃ!これだ!他には考えられねー!」
「分かったのか?」
俺とユーイーは二人してパソコンのモニターを覗き込んだ。
画面にはめちゃくちゃに入り組んだ迷路の断面図が、上下左右にスクロールさせないと収まりきらないほどびっしりと描き出されていて、それが時間経過とともにうねうねと形を変える様子が表示されていた。
うんざりするほどの細かさだった。小僧の目は、もう白目の部分まで真っ赤に血走っていた。
「ここが動力の起点のはずだ。ここに行って、このからくりを止める。 幸い動力の起点はここからそんなには遠くねー。」
小僧がモニターを指差しながら説明した。
「俺達の位置は全体の中のこの部分だ。だから、ここまで移動するには、この壁がこーなってるときにここまで移動して、次の壁がここにくるまで待つ。そんで、ここが開いたらこっからすべり込んで、そのままこの壁が閉まる前に向こう側へ渡るんだ。」
「まるでアクションゲームだな。」俺は唸った。
「最後が肝心だ。この壁くぐってから上から落ちてくる壁を止めるまでは殆ど時間がねー。10秒かそこいらだ。」
「1ターン待てば確実だろう?」
赤目の小僧は首を横に振った。
「ここだけはダメだ。その間に横の壁がこう動くから、挟まって押しつぶされちまう。」
俺とユーイーは顔を見合わせた。・・・要するに間に合わなければ壁に挟まって圧死する、つまり命がけ、ということだった。
「・・・じゃ、俺行くわ。」
赤目の小僧は立ち上がると、大事そうにしていたバッグを俺に押し付けるように渡した。
「後、よろしく。」
「よろしくって・・・どういうことだ。」
「どういうこともクソもねーよ。俺が失敗したら、後、よろしく。」
それからそいつは真顔で俺を見て言った。
「ダメだったら、頼む・・・・何か方法考えて、あの二人、助けてくれ。」
「ちょっと待て!」
じゃ・・・といって向こうを向きかけたあいつを、俺は慌てて呼び止めた。
「何だよ。」
「・・・名前、聞いてなかった。」
「・・・・・・ゼフェル。」
「おい、ゼフェル。」
「なんだよ。」
「お前、俺に石3つ切らせたろ。全部一人で持てんのか?」
「・・・・・う。」
小僧・・・もとい、ゼフェルの顔は一気にあおざめた。
「うぉおおおおお!ちっくしょう!シミュレーションにいっぱいいっぱいで、そこまで考えが回んなかったぜ!!!」
こぶしを振り上げて絶叫しているゼフェルを見て、俺は少し笑ってしまった。こいつにもこういうガキっぽい、ヌケたところがあるかと思うと、妙に安心した。
「・・・・だから、俺も行く。いいだろ?」
俺はゼフェルに向かって、笑って片目をつぶってみせた。
俺は切り出した石を二つ両脇に抱え上げた。硬度の割には比較的重量の軽い最後のひとつをゼフェルに持たせる。
「お前は身軽にしておいて、先導してくれ。最後の壁では、とりあえずそいつをひとつ突っ込め。俺もすぐに続く。」
そして・・・・。
石壁の前で、ゼフェルはストップウォッチを片手に時間を計っていた。
「右の壁が曲がりきってから5秒でスタートだ。」
ゼフェルの言葉に俺はうなずいた。
「3・・2・・行くぜ!」
合図と同時にゼフェル自身も走り出した。
閉まりかける扉の間をすり抜け、時には走り、時には待ち、まるでそれこそアクションゲームを実演しているみたいだった。華奢で決して体力があるようには見えないゼフェルは5キロ近くある石を抱えて、それでもかなり敏捷だった。何しろ器用で、タイミングを取るのがうまかった。
最後の壁を体をかがめてくぐりぬけると
「うおぉおおおおおおー。」
奇声をあげてゼフェルは落ちてくる壁に頭っから突っ込んでいった。 俺も追いかけるように突っ込むと、めくらめっぽう石材を押し込んだ。
パラパラと頭の上から小石が落ちてくる。
ゆっくりと顔をあげたオレは、目に入った光景を見て思わず絶句した。
壁は3つの石を挟んで止まっていた。連結した壁がきしんだ音を立てながら一つずつ止まっていくのが見えた。
そして・・・・・。
石材を押し込んで、地面からわずかに20数センチのところで止まっている壁の下のその隙間に、ゼフェルが石材と一緒に滑り込んでいたのだ。
「お前・・・何やってんだ!!」
オレは慌ててゼフェルを壁の下の隙間から引きずり出した。やつの額は斜めにざっくり切れて、そこから血が流れ出していた。こいつがもうすこしガタイが良かったら一環の終わりだったはずだ。
オレにはこいつが何をやろうとしたのか分かった。もし石材が壁を止めることが出来なかったら、こいつは自分でとめるつもりだったんだ。正気の沙汰じゃなかった。最初からこいつ、ルヴァのこととなるとまるで捨て身だった。
俺は肩で息をきっているゼフェルに、最初から聞きたかったことを、聞いた。
「お前・・・・・なんでルヴァのためにここまでするんだ?お前一体、あいつのなんなんだよ?」
「・・・・・シリアイだよ。悪いかっ!」
まだ荒い息をつきながら、ゼフェルは額の血を袖で横殴りに拭いて立ち上がった。
「どこに行く気だ?」
「・・・・戻る。」
それからこの鉄砲玉みたいな小僧は、相変わらず口をへの字に曲げて物騒な目つきを したまんま、こう、嘯いた。
「まだ終わりじゃないぜ。こんなこと仕出かしやがったやつらに、きっちりと落とし前つけてもらうかんな。」
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