32.虚飾のサクリア(2)

Zephel

水盤の向こう側に立ったジルオールは、改めて俺たちを見渡して目を細めた。
ジルオールの伸ばした両手からあふれ出す光の勢いが増す。それは今でははっきりと禍々しい緑の輝きを放っていた。

「折角ですからね、最後にあの愚鈍な男が停滞させた宇宙の知の進化を、私が一気に解き放ってあげましょう。」
「おめー、ふざけんな!誰のこと言ってやがるっ!」
「もちろん・・・馬鹿な前任者のことですよ」
「なんだときさま!」

ジルオールは俺の顔を見ると、くすりと忍び笑いをもらした。
「教えてあげましょうか?彼はね・・・・私に騙されたんですよ。コロリ、とね・・・。
異端のサクリアは確かに実在しました。だけどその記録は実はほんの僅かしか残っちゃいなかった。・・・・・私が少ぅし、物語を付け足してあげたんですよ。記録の中に面白いエピソードをいくつも挟みこんであげたんです。異端の存在がどれだけ多くの人を苦しめたか、被害がどんなに甚大だったか、異端のサクリアを持つ守護聖がどんなに人々から憎まれ、恐れられ、悲惨な最期を遂げたか・・・・天使のような笑顔で残虐な行為を繰り返した挙句、最後は捉えられ生きながら八つ裂きにされ、死骸に唾を吐かれたと・・・そう書いてあげたんですよ。・・・・そしたら・・・はっ、はははっ・・・そしたらあの男・・・・・。」
ジルオールは、いかにもおかしくてたまらないといった様子で、ひきつった笑い声をたてた。
「面白かったですよ。あの男、調べれば調べるほど私の作った絵空事に絡め取られて、私の手の中でみっともないくらいのたうちまわってくれましたよ。
いかにも利口そうな顔はしてますがね、馬鹿ですよあんなの。自分の子供のこととなると簡単に頭のたがが外れちゃって、ぶざまにうろたえまくって ・・・・・。あぁ、あなたにも見せてあげたかったですよ。あれはお世辞にも知的とは言いがたい姿でした・・・・。」


「・・・・・・・っ・・・ざけんな・・・このヤロー・・・!!!!!」
俺は怒りでこぶしが震えてくるのを我慢できなかった。
許せねぇ!こいつだけは絶ってぇに許せねー!
俺は叫ぶと同時にジルオールに飛び掛ってた。

「何がおかしい!ふざけんじゃねぇ!家族のために必死になる、そのどこが可笑しいっ!みっともねーのはてめーのほうだろうがっつ!ざっけんなこのヤロー!!」

取っ組み合って床を転げながら、俺はめちゃくちゃに叫んでた。もうぶちきれる直前だった。
弾みをつけてあいつの上に馬乗りになったとき、俺は本気で手加減無しだった。
ぶっ殺してやる!
あいつの喉首に手をかけた時、俺は迷いもためらいもなかった。

「止めろ!ゼフェル!」
ジルオールの体の上から俺をひきずり下ろしたのはオスカーだった。

「くっそー!離せっ!なんで止めんだっ!こんなやつっ!情けをかける必要なんかねぇ!」


「別に情けをかけてるわけじゃないわ。・・・・理由は何であれ、あなたに人殺しなんかさせたらわたくし、ルヴァに顔向けできないもの。それに・・・・・・」

ロザリアはゆっくりとジルオールに向き直ると

「感情に負けたのが愚かだと言ったわね。」
そう言って、にこりと微笑んだ。

「今、わたくし、とても感情的になっているの。・・・ものすごく腹を立てているのよ。
もちろん、あなたにじゃないわ。あなたの背後にいる、あなたのような弱い人間を操る卑怯者によ。・・・・・・あんまり腹が立って、今なら普段の倍くらい力が出せそうな気がするわ。・・・今、ここで、試してみてもいいかしら?」

「・・・・陛下」
「大丈夫よ」
心配げに口を挟んだオスカーに、ロザリアは笑ってうなずいて見せた。

「ずい分宇宙を汚してくれたわね・・・・・何ヶ月もかけてご苦労なことだわ。だけど、あなたが送った力はわたくしが今ここですべて引き戻してみせる。すべて無駄にしてさしあげてよ。」
「・・・・・できるものか?」
ジルオールが口元をゆがめて挑むようにロザリアを見上げた。
「・・・・見てからおっしゃい。」
ロザリアはこれにも笑って、答えた。


水盤に向かってロザリアがまっすぐに両手を伸ばした。

ぱぁああんと、音がして、目の前で光がはじけた。

風が・・・・柔らかい・・・澄んだ空気が頬を掠めて通り過ぎてゆく。
蒼い・・・蒼い、透き通るように蒼く美しい翅が、ロザリアの背中から、光を放ちながら部屋を埋め尽くすように広がっていった。
目を閉じたロザリアの全身がほの白く温かい光を放っている。

水盤の中から二筋の毒々しい緑色の水柱が立ち上がって、それが広げたロザリアの二つの手のひらのに吸い寄せられるように引き込まれていく。
ロザリアの手のひらからは蒼い光があふれ出していた。
緑の水は青い光に触れたとたんに、次々に輝く光の粒になって、ロザリアの周りではじけては消えていった。

ロザリアはジルオールをまっすぐに見据えると、再びゆっくりと微笑んだ。
こいつがこんな顔したところ、俺は見たことがねぇ。
笑っているけど・・・・俺には確かにロザリアが本気でめちゃくちゃ腹を立ててるのがわかった。

「これがあなたの欲望?・・・ずい分ちっぽけで薄っぺらなものね。ほんもののサクリアに比べればささやかすぎてむしろ哀れだわ。」

ジルオールが唇をかんだ。
「地のサクリアを失って宇宙が生きていけると思うのか?」
「無くなるものですか。・・・・・あなたも気づいているくせに?ルヴァのサクリアはまだ宇宙から完全に消えてはいない。ゼロにはならないわ。新しい地の守護聖が現れるまで、きっと持ちこたえてくれる。」
「・・・・・そんな馬鹿なことがあると本気で思ってるのか?」
「あるのよ。・・・・なぜだかわたくしにも最初は分からなかった。なぜルヴァのサクリアだけがそうなのか・・・・でも、あなたの話を聞いたおかげで分かったわ。
・・・・それはね、ルヴァが子を持つ親だったからよ。・・・・彼のサクリアがこんなにも忍耐強く、無条件な愛に満ちているのは、彼が父親だったから・・・・・子供のためになりふり構わず盲目になれる、愚かで愛情深い父親だったからよ!」


立ち上る水柱は急速に勢いを増して、怒涛のようにロザリアの手のひらの前でしぶきをあげた。唇を結んでまっすぐに両手を伸ばしながら、ロザリアは青ざめていた。

水盤からはみるみる異端のサクリアが吸い上げられていく。
「やめろ・・・・やめろ・・・・・」
ジルオールの端正な顔が徐々に憎しみに歪んでいった。
「私があんな愚かな男に負けるわけがない・・・・そんなこと・・・あり得ない・・・」


「・・・・もう、おしまい?」
水柱の最後の一滴が光の粒になって消えると、ロザリアは両手をおろして、呼吸を整えるように、僅かに乱れかかった蒼い髪をゆっくりとかきあげた。

ロザリアが再び水盤に片手を差し出すと、その指先から一しずくの白い光の粒が水盤の中へと零れ落ちた。
「ごらんなさい・・・・。 これが本当の大地のサクリア・・・・。」

禍々しい緑の光が払われた後、ロザリアの指差す先に、かすかな深緑の光が女王のサクリアに反応して点々と浮かび上がってきた。

それは確かにルヴァそのものだった。
静かな輝き。決して目立つもんじゃねぇ。無器用で、しぶとくて、静かで温かい・・・・いつも黙ってそばで見ていて、必要なときだけ何も言わずに支えてくれる・・・・・与えるだけで、何も求めない、確かな大地の力だった。


「やめろぉおおおおおお!」

呆然と立ち尽くしていたかに見えたジルオールが、突然両腕を伸ばしてロザリアに掴みかかっていった。

「陛下!」

間髪入れず、 ロザリアの後ろに立っていたオスカーが一歩踏み出した。

オスカーは絶妙な位置で立っていた。
ロザリアの行動を妨げず、何が起きても一瞬でロザリアを守れる位置。

オスカーは一瞬でロザリアの横に立つと、片肘を曲げてロザリアを目隠しするように抱え込み、もう片方の腕を伸ばして、向かってくるジルオールを斜めに切り下げた。

ガツン・・・と刃が骨に当たる鈍い音がした。
どさっと鈍い音を立てて、ジルオールの片腕が、まるで作りモノみてーに地面に転がった。


「・・・・ふっ・・・ふふふ・・・ふは・・・は・・・ははは・・ひひ・・は・・はははは・・・」

斬れた片腕の前に立って、ジルオールは背をそらして笑い出した。

「あぁ・・・私を斬ったって無意味ですよ。もともと実体なんてない想念みたいなものですからね。・・・・この憎しみが続く限り、私は何度でも転生するでしょう。あなたに殺されれば憎しみが更に蓄積され力が強まるだけのことです。そうして私はまたあなた方の前に・・・・すぐに・・・・すぐに戻ってきますよ。」

肩から滝のように血を滴らせながら、ジルオールは悪鬼のような表情をうかべ、残った片腕でロザリアを指差した。

「蒼い髪の女王陛下・・・・勝ったと思うのは今のうちだけですよ。地の守護聖は二度と現れない。・・・・・宇宙は、あんたの代で終わるんだ!」

最後の言葉と同時に、再びオスカーの剣が奔った。


ひきつるような笑いが途絶えて、
ジルオールは禍々しい凶相を浮かべたまま床に転がった。





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