31.虚飾のサクリア(1)

Zephel



「・・・・・そこで何してやがる?」

星見の間にただ一人、宇宙を映す水盤を覗き込むようにしてジルオールは立っていた。
その後姿にむかって俺は声をかけた。

「おや・・・ゼフェル様じゃないですか?謹慎はもう解けたんですか?」
俺の声を聞くと、そいつは振り向きもせずに低く忍び笑いをもらした。

落ち着き払って・・・・こいつはまるで、俺が来るのを予測してたみたいだった。

「・・・・何してんのかって聞いてんだ。」
「見て分かりませんか?これからサクリアを送るんですよ、宇宙にね。」
今度はジルオールは、はっきりと俺の方を振り返って、そしてにこりと笑った。

ジルオールが水盤に向かって伸ばしかけた腕を俺は力任せに引っつかんだ。

「・・・・やめろ。今すぐその薄汚ねぇ手を引っ込めろ!」
「困った人ですねぇ。宇宙が私の力を求めているんですよ?」
「おめーが垂れ流してるのはサクリアなんかじゃねぇ!汚ねぇ虚栄心だろーが!」
「・・・・随分なおっしゃりようですね。」
ジルオールは俺に向かっておおげさに肩をすぼめた。
俺はその鼻先に、つい今しがた研究院の一室でプリントアウトしてきたばかりの分厚いプログラム・ソースの束をつきつけた!

「おめー!やりやがったな!ルヴァとアンジェの作ったデータベースをメチャクチャにしやがって!それだけじゃねぇ!聖地中のシステムを狂わせて・・・・何のまねだ!おめーいったい何を企んでやがるっ!」



表向きは謹慎ってことになってたけど、俺が閉じこもったのは反省室なんかじゃなかった。
研究院の地下室にオスカーと二人でこっそり最新のコンピュータを担ぎ込み、俺はそこで10日間かけて、こいつが担当したプログラムを片っ端からチェックした。

パスワードはロザリアが自分で、埃っぽい小部屋まで持ってきた。
すべてのデータに無条件でアクセスできる最高権限のパスワードを、ロザリアはためらいも見せずに俺の手のひらに押し込んだ。
信じてる、とか、めんどくせーこと何も言わずに、ロザリアはただ俺の顔を見て「頼んだわよ」と、そう言った。
俺も「おう」としか言わなかったけど、あいつはそれを聞いて、満足そうにうなずいた。

それから・・・・
10日間、メシ食う間もコンピュータから離れずに作業を続けて・・・・
やればやるほど、俺はマジで発狂しそうになった。
作業がうざかったんじゃねー。
怒りで!・・・・それも、ぶっちぎれそうな怒りで、だ!

こいつが絡んだプログラムは全部狂ってた。

こいつが憎んでたのはルヴァだけじゃなかった。
こいつは何もかもを、すべてをメチャクチャにしようとしていた。

これは悪魔のプログラムだ。

一見、何も問題ないように見えるこのプログラムには、とんでもねえ仕掛けがあった。
こいつは自分で自分を徐々に書き換えてゆく。
すべてのデータが時間経過と共に入れ替わり、書き換えられ、削除され、継ぎ足され・・・・誰も何も気がつかないうちに、すべてが徐々に狂っていく。・・・・・そうして最後には、とんでもないことが立て続けに起こる。

聖地からでたらめな伝令が各地に発信され、大勢の人間が無実の罪で捉えられる。王立軍のあちこちの拠点で、勝手にミサイルがガンガン発射される。原子炉が暴走し、衛星が軌道を失って地表に墜落する。嘘の報道がばら撒かれて、誰もが疑心暗鬼に陥り各地で戦争が勃発する・・・・。そのプログラムにはありとあらゆる惨事へのシナリオが、どす黒い悪意と共に深く埋め込まれていた。

「おめー、いったい何者だ!何が目的でこんなまねしやがる!」
詰め寄る俺に向かって、そいつは薄笑いを浮かべた。

「証拠は・・・・?」
「何ぃ?」
「あなたがそう言うからにはパスワードを破って私のシステムに入り込んだわけですね。それは犯罪ですよ?むしろあなたが私に濡れ衣を着せようとしてシステムを改ざんしたんじゃないですか?」
「んだとぉきさまー。」

まじでぶっ殺してやると思ったその瞬間、 薄暗い星見の間に凛とした声が響いた。


「おやめなさい、ゼフェル。」
「・・・・ロザリア・・・。」

星見の間の入り口から静かに姿を現したのはロザリアだった。
一歩後ろにはオスカーが影のように従っている。

「ゼフェル・・・後はわたくしに任せて・・・・。」
手のひらで柔らかく俺を制止すると、ロザリアは静かな表情でジルオールに向き直った。


「陛下・・・」
ジルオールはゆっくり立ち上がると、ロザリアに向かって一礼した。
しかし、顔を上げたジルオールは、もう口元の薄笑いを止めようとはしていなかった。
ジルオールがゆっくりと両腕を水盤に伸ばし、そこからは静かに緑色の光が滲み出し、水盤に向かって流れ始めた。


ロザリアはジルオールの指先にちらりと視線をやったかと思うと、顔を上げてジルオールの目をひたと見つめた。

「一応、理由を聞くわね?・・・・ジルオール、どうしてこんなことをするの?」
「・・・・と、おっしゃいますと?」
「あなたが送っているそれ、地のサクリアではないわね。見かけは似ている。短期的には似たような効果も出る。・・・・だけどあなたが送っているのは・・・・・欲望。そうじゃなくて?」

ジルオールの表情がゆっくりと笑み崩れた。
その笑顔に毒々しいものが混じるのを、こいつはもう少しも隠そうとはしていなかった。

「困りましたね。陛下までそのようなことをおっしゃるのですか?これはれっきとした地のサクリアですよ。 ほら?ご覧なさい。みんな喜んでるじゃないですか?競って私のサクリアを求めているんですよ?」

「止めろ。それは地のサクリアじゃない・・・・それは・・・・異端だ。」
水盤に溶け込んだ緑の光がやおら禍々しい光沢を放ち始めたのを見て、オスカーの額にも汗が浮かんでいた。

「無駄ですよ。私のサクリアはどのみち今日で尽きるんです。たった今すべてこの場で注ぎ込んであげますよ。」

「止めろと言ってるんだ。ジルオール!」

ジルオールは白いマントのすそをふわりとなびかせ、水盤をはさんだ向こう側に回り込むと、俺たちに向かって再び微笑みかけた。

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