35.足跡(1)

Angelique


強い風が乾いた砂をひっきりなしに巻き上げている。
たちこめる砂煙に視界全体がかすんで見える。

―――ここはどこなんだろう。
目を凝らしたその先に、ぼんやりと砂色の衣をまとった人影が見えた。

「・・・・ルヴァ?・・・」

それは・・・、その影は、ルヴァだった。

「・・・ルヴァ!!」

私は大声で叫ぶと、吹きつける風に逆らって影に向かって走り出した。

視界がきかない、風で足がもつれる、体が金縛りにあったように重苦しくて思うように走れない。必死で走っているのに・・・すぐそばに見えるのに、いつまで経ってもルヴァの元にたどり着くことができない。

私は思わず目の前のルヴァに両手を伸ばして助けを求めた。

(ルヴァ・・・お願い。助けて!ねぇ、何とかして!・・・あなたのそばに行きたいの!)


だけど・・・確かに目が合ったはずなのに・・・


ルヴァは悲しそうに微笑むと、ゆっくりと私から背を向けてしまった。

少し足を引きずるようにして、ルヴァは私がいるのとは反対の方向に向かって歩き出した。
その足跡に赤い雫が点々と滴り落ちているのを見て、私は愕然として息を呑んだ。
ルヴァのだらんと垂れた両腕の指先から、赤い血が一滴、また一滴と滴り落ちて、次々と乾いた地面に吸い込まれてゆく。

―――ルヴァ・・・怪我をしているの?
―――だめ!動いちゃだめ!・・・私が行くから!今すぐそこに行くから!
―――お願いだから動かないで!


私は焦りのあまりほとんど半狂乱になって、何度も何度も、のどが裂けそうなくらい必死にルヴァの名を叫び続けた。
それなのにルヴァは振り向きもせずに、どんどん歩いていってしまう。
指先からは真っ赤な血が、まるで溢れるように絶え間なく流れ出てゆく。

その背中が砂煙の向こうに今にも消えそうになって、
私は思わず、全身の力を振り絞って大声で叫んだ

「待って!・・行かないで!ルヴァ!!」



―――真夜中だった。

叫んだ自分の声にびっくりして、私はベッドから跳ね起きていた。
暗闇の中、たったひとり・・・・夢を見ていたんだ。


ユーリが寮に入って気持ちにゆとりができたせいか、最近ルヴァの夢ばかり見るようになった。いい夢はひとつもない。いつも似た様な悲しい夢ばかり・・・・。

いったい今どこで、どうしているんだろう?
どこかでとんでもない無理をして、つらい思いをしているんじゃないだろうか?
昔からルヴァはそうだった。普段はあんなに穏やかで優しい人が、私やユーリのためとなると、どんな無茶なことでも平気でやってのけた。自分のことなんか省みもしなかった。
私は、守ってなんか欲しくない。あなたが一人で苦しむ、そのことのほうが私にはよっぽどつらいんだって、何度言ってもルヴァはちっとも分かってくれなかった。


胸が苦しくて、もう眠るどころじゃなかった。


ルヴァは元々そんなに丈夫な方じゃない。ストレスがたまったり環境が変わったりする度に、よく偏頭痛になったり胃痛を起こしたりしていた。
何でもすぐに我慢して自分で抱え込んで・・・・他人を守るためならいくらでも強くなれるあの人は、自分を守ることに関してはいつもからきし無防備だった。

ルヴァ・・・・。

今夜ももう眠れそうになかった。
私はのろのろとベッドから体を起こすと、ガウンを羽織った
キッチンのテーブルの上に、 図書館で何冊も借りてきた分厚い新聞の縮小版を広げる。


辺境で起こった移民船の事故の記録。
役所と航空会社のデータベースはすでに調べつくしてリストにしてあった。 だけど私はまだ安心できずに、5年分の各地の新聞を1ページ1ページひっくり返していた。

一つだって見落とすことなんかできない。
この中のどこかにきっとルヴァにつながる手がかりがある。
どんなに小さくてもかすれていても、ルヴァの足跡を、私は絶対見逃さない。

きっとあなたを探し出してみせるから・・・・。


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