36.足跡(2)

Angelique


エドワードから呼び出しを受けて市内のホテルで会ったのは、ほんの三日前のことだった。

ここ数年、エドワードとアルフは八方手を尽くしてルヴァの行方を捜してくれている。時々二人に会って、状況を聞かせてもらうのだけど、これまでルヴァの行方に関しては手がかりひとつ無い状態がずっと続いていた。

だけど、その日は少し様子が違っていた。
エドワードは私の顔を見ると少し興奮した面持ちで、いきなり切り出した。

「ルヴァはどうやら聖地を出ているらしい。」

「・・・・・」
私は黙ってエドワードの顔を見返した。
ルヴァはもう聖地にはいない ――― そのことが何を意味するのか分からないけれど、どんな些細なことでも、少しでもルヴァにつながる情報が聞けたというそれだけで、私は既に胸がいっぱいになっていた。

「カラドで行われるシンポジウムに地の守護聖が参加すると聞いて、俺、見に行って来たんですよ。・・・ルヴァ叔父さんじゃありませんでした。全然違う人でした。」

「そう・・・なの。」
私は胸の動悸を抑えながらうなずいた。それだけ言うのが精一杯だった。
新しい守護聖が公務を始めているということは、引継ぎが完了しているということで、それはまさしくルヴァが聖地を去ったということを意味していた。

「あいつがどの時点で聖地を出たのかはまだつかめてないんだが・・・・あいつはとにかく聖地を出ればすぐにでも、あんた達を迎えにすっ飛んで来るはずだ。ところが主星は散々調べつくしたにもかかわらず、あいつの手がかりは何も無い。 ・・・・俺はあいつは既にいったん主星に来て、すぐにここを出たんじゃないかと踏んでいるんだ。」
「どうして?私達がここにいると知っていて、どうして他所に行ったりするの?」

勢い込んで訊ねる私をなだめるように見ると、エドワードはゆっくりと次の言葉を口にした。
「俺は・・・・あいつは軍を目指したんじゃないかと思ってる。」

「軍・・・?って・・・軍隊のこと?」
私は一瞬、エドワードが口にした突拍子も無い言葉の意味が理解できなかった。

「 ここ10年で主星もずい分様変わりしてる。ここで表に顔を出せない状態で人を探すのはほとんど不可能だ。役所に行くわけにも行かないし、広告も出せない、エージェントを雇うにも身分証明書がないと何もできない社会だからな。」

私は黙ってうなずいた。移民の生活の不自由なことは私も身に覚えがあった。

「あいつは馬鹿じゃない。偶然を頼りに手当たり次第に探すなんて真似は、あいつは絶対にやらないはずだ。あいつなら打てる手はすべて打ちながらも確実なセンを押さえてくるだろう。あいつは・・・何とかして市民権を獲得して、その上で役所か研究機関にもぐりこんで住民データに近づこうとするはずだ。そのためには傭兵部隊に志願して功績をあげるか、市民権を持つ誰かと結婚するか・・・・」

「それで・・・軍に志願したって言うの?」
私は激しく混乱していた。ルヴァが軍隊だなんて・・・そんなの考えられない。絶対無理に決まっている。 あの優しい人にそんなことができるわけがなかった。

すっかり青ざめてしまった私を励ますように、アルフレッドがゆっくりと切り出した。

「実はもうあたってみたんです。この辺で移民をすんなり受け入れる傭兵部隊の所在地と言えばベータとセザルス、ヴィータの3箇所くらいなものなんですが、その三箇所全部に照会をかけてみたんです。・・・・結局、ルヴァ叔父さんはそのどこにもいませんでした。入隊した形跡すらなかったんです。」
「ただ、俺にはどうにも他のルートは考えられねぇんだ。あいつは何事も正攻法でいくやつだ。一番確実な方法を見落とすわけがねぇ・・・。」
「それでね、アンジェさん・・・。縁起でもない話で申し訳ないんですが、その3箇所に向かう移民船で、途中でルートを変えたり、事故にあった船を洗い出して一箇所ずつ現場を回ってみようという話になったんです。」


私はめまいがおきそうになるのをこらえて顔をあげると言った。
「分かりました。・・・でも、それは私が行きます。」

これ以上ふたりに頼っちゃいけない。
前々から思っていたことだった。
私が現れてから、二人にはもう充分すぎるくらい迷惑をかけてしまっている。
私達が追われる身だと知ると、なんと二人はあっさりと養子縁組を解いてしまった。フレイクスの姓を名乗ったのでは簡単に発覚してしまうのではないかと、私達を心配しての配慮だった。
3箇所の軍隊に照会をかけたとアルフレッドはこともなげに言ったけれど、それがどんなに難しいことか、そのためにどれだけお金が動いているのか、考えただけでも気が遠くなりそうだった。

エドワードは私の顔を見ると厳しい表情で首を横に振った。
「アンジェ・・・気持ちは分かるが、それはダメだ。」
「でも・・・。」
「何といおうが、俺が許さない。・・・・・辺境は今本当に危険なんだ。女のあんたをそんなところに行かせるわけにはいかない。」

エドワードの断固とした表情を見ると、どう説得しても無理だということは一目瞭然だった。

「分かりました。・・・じゃあ、せめて調べることだけでも私にやらせて。三箇所に向かっていて、目的地にたどり着けなかった船をピックアップすればいいのね?」
「大丈夫ですか・・・?けっこう手間がかかりますよ?」
心配げに首をかしげるアルフレッドに、私はなんとか笑顔を作ってうなずき返した。
「大丈夫。調べ物はさんざんルヴァを手伝って慣れているから・・・。 」



二人に別れを告げると、私はまっすぐに図書館に向かった。
役場にも行って・・・航空会社ともすぐに連絡をとらなきゃならない。


ルヴァ・・・・。

ルヴァが軍隊だなんて、想像もつかない。
あの人にそんなこと勤まるわけがない。
だけど、あの人だったらやりかねなかった。
私達のためだったら、ルヴァはどんなことだってやろうとするだろう。


・・・・・やっぱり待ってなんかいられない。

私はふいに立ち止まった。

ルヴァは今、きっとどこかで苦しんでいる。
私達のために、つらい思いをしているに違いない。

あの人が私を呼んでいる。
あの人は今、私を必要としている・・・・・・・。


私は方向転換すると、駆け足で最寄の銀行に飛び込んだ。
市民権を得て最初に作った銀行口座には、聖地から持ってきた現金が手付かずで残っていた。

「おろして下さい・・・全額。」
窓口の人を捕まえると、私はためらわずに言った。

私の行く先は、ただひとつ・・・。

あの人が私を呼んでいる・・・・。


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