68.宿命

Luva

その晩遅く、オリヴィエがひとりで訪ねてきた。

「悪いね、こんな遅くに」
柄にもなく肩をすくめて詫びる彼に、私は微笑んで見せた。
「いいえ・・・・そろそろ誰か来る頃かと思ってました。」
「そうなんだ。・・・・じゃあ、用件もあらかた察しがついちゃってるんだね?」
「ええ、この館が改装もされずに空いていた時点で、大体分かっちゃいました。 そして、あなたが来たってことは・・・・・一番言いにくいことを言う役目が、あなたに押し付けられちゃったってわけですね?」

「相変わらず、察しがいいね。」

「でも・・・嫌なお役目ですみませんが、あなたの口から何があったのかを教えていただいてもいいですか? それと・・・良かったらアンジェも一緒に・・・・。」
「いいよ。その方がいいかも知れない。」



呼び寄せられたアンジェリークは、部屋に入った瞬間から私たち二人の様子に何かを感じ取ったらしい。やや固い表情でぎこちなくソファーに腰を下ろした。

「話して下さい。私の後にきた地の守護聖はどこに行ったんですか?なぜここが空家になってるんですか?」

「彼は・・・ジルオールは地の守護聖じゃなかったんだよ。 ・・・・・・」
オリヴィエは私たち二人の顔を交互に見つめながら、ゆっくりと話しはじめた。

「・・・・ 彼の力は地のサクリアにとても近かった。だから、王立研究院も・・・・私たちですらまんまと騙されかかったんだけどね。彼の送った力は、地の力というよりは欲望。人より知りたい・・・・人より上に立ちたいという競争心だった。あんたがここを去ってから、地の守護聖の座は実質的には空位のままなんだ・・・・。」
「では・・・・真の地の守護聖は・・・・?」
声が震えた。
答えを私は知っていた。ただ確かめるためだけの質問だった。

「ユーリのサクリアは異端じゃない。ユーリが本当の地の守護聖だったんだ。」

アンジェの体が大きく震えた。 私は彼女の手を強く握り締めた。

「あんた昔言ってたよね。慈愛は憎悪を正反対であるがゆえに滅ぼせないって。そうして慈愛と憎悪は・・・・陛下の力と宇宙のエントロピーは相克しあってなりたっているんだって・・・・。陛下のお考えではね、その両方を内包してコントロールできる存在があるんじゃないかって。」
「つまり、ユーリは慈愛のサクリアと滅びのサクリアの両方を持っている、ということなんですね。」
「らしいね。・・・初めてのことだから、何も分からないけどね。」

オリヴィエが苦しげな表情を見せたのはほんの一瞬だった。
彼はそれを振り払うように顔をあげると、私たちの顔をはっきりと見つめて、言葉を続けた。

「言い方を選んでも結論は一緒だから、はっきり言っちゃうよ。ユーリをここに残して欲しい、地の守護聖として。 ・・・・あんたたちにひどいこと言ってるってことは、分かってるつもりだよ。あんた達をこんな目に合わせて置いて、今更言えた筋合いじゃないってことは分かってる。だけど、もう、限界なんだ。今、地のサクリアは陛下が肩代わりしている。辺境のあちこちでサクリアの不足から揉め事が起こってて、それを静めるためにオスカーが駈けずり回ってる。ジルオールが残した傷跡は思ったよりずっと深刻だった。すぐにでもユーリの力が必要なんだ。」

とっさに何かいいかけたアンジェリークの手を私は再び強く握り締めた。
手のひらがわななくように震えている。
アンジェリークは蒼白になってうつむいたまま肩を震わせていた。

「分かりました。 とにかく、明日ユーリをつれて聖殿に伺います。」
「返事を聞いてもいい?・・・酷いようだけれど・・・・。」
「最後は彼が決めることですけど・・・・・でも、彼はきっと自分の務めから逃げたりはしないでしょう。
・・・ただ、正直不安もあります。あの子はまだ若い。慈愛と憎悪を自分の中でコントロールできる年齢じゃない。オリヴィエ・・・すみませんが、あなた達がどうぞ導いてやってください。」
「頼むから、頭なんかさげないでよ。それと、もうひとつ、あんた達にも頼みがある。このごたごたが片付くまで、ここにいて私たちを助けて欲しいんだ。」
「私たちはもうサクリアを持たないただの人間なんですよ。」
「近いうちに、きっと何かが起こる。ジルオールの件もそうだし、アンジェを捉まえた連中もその一味だ。あんた達の力が必要なんだ・・・頼むよ。」



ソファに腰をおろしたまま半ば放心したようになっているアンジェリークを残して、私はひとりでオリヴィエを送り出した。


戻ってみると、アンジェリークはさっきと同じ体勢で前を見つめたまま、瞳からただぽろぽろと大粒の涙をこぼし続けていた。

「・・・・アンジェリーク・・・」

声をかけると、アンジェリークはまるで機械仕掛けの人形のようにぎこちなく振り向いた。

「どうして・・・どうしてあの子なの・・・?」
「・・・・アンジェリーク・・・」
「ねぇ!他の子でもいいじゃない!!・・・どうしてあの子なの!?どうして・・・?」
「・・・・・・・」
「いやっ!私は絶対にいやっ!離れない!絶対にあの子を手放さないからっ!」
アンジェリークは崩れるように私の肩に顔をうずめると、声を上げて泣き出してしまった。
「・・・・ねぇ・・・・どうして?・・・・だって、あの子・・・まだ九つなのよ?・・・」
私は黙って、わなわなと震えているアンジェリークの体を抱きしめた。



アンジェリークは、分かっているのだ・・・・。
分かっているからこそ、泣いているのだ。

補佐官として誰よりも女王ロザリアの近くにいたアンジェリーク。
自分自身も女王候補であった彼女には、
それがどんなに避けられないことか、拒むことが何を意味するのか、
本当は誰よりも分かっているのだ・・・。


いつまでも泣き止まないアンジェリーク・・・・・。
私はただ黙って、泣きじゃくる彼女を抱きしめていた。


 

Angelique



ずっとずっと・・・私が泣き止むまで
ルヴァはただ黙って、私の肩を抱いていてくれた。

二人とも無言のままだった。

どうしても、絶対に、それだけはいや・・・・。
あの子を失ったら、私は生きてはいけない・・・・。


ルヴァに促されて、寝室に戻ろうと立ち上がった瞬間、大きくよろけた私を、ルヴァが支えた。



部屋を出ると、階段の下にユーリがぽつんと立っていた。


「まだ起きてたんですか?」
ルヴァが声をかけると、ユーリはちょっぴり顔を赤くしてうつむいた。

「あのね、お父さん。・・・・僕、今日はお父さんと寝たい。」
「どうしたんですか?小さな子みたいに?」
「・・・・だめ?」

父親に甘えることに慣れていないユーリは、ためらうようにルヴァに歩み寄ると、ぎこちなくルヴァの衣の端を握り締めた。

ふいにルヴァが屈みこんで、両手でユーリを抱き上げた。
いきなり小さな子供のように抱き上げられてユーリは少し驚いたようだったけど、恥ずかしそうに・・・だけどとても晴れがましげな表情で、自分より少し低くなった父親の顔を見下ろして嬉しそうに笑った。

「三人で一緒に寝ましょうか?」
「うん!」
「いろいろ・・話して聞かせてくださいね?」
「・・・何を?」
「全部ですよ。今までにあったこと全部・・・。」
「小学校のこととか?」
「覚えてることは全部、ですよ・・・。」

ふたりの会話は親子なのに少しぎこちなかった。
5年も離れていたその時間の溝を、ルヴァは急いで埋めようとしていた。

急いで埋めないと・・・だってもう時間がない。

私はまた泣きそうになっているのを二人に悟られないように、一歩遅れてうつむいて歩いた。

せっかく会えたのに・・・・・やっと会えたのに・・・・
私たちの間ではもう、別れの秒読みが始まっているというんだろうか?


「アンジェ・・」
ルヴァはふいに片手でユーリを抱き直すと、片方の手のひらを私に差し伸べた。

「・・・・・・・」

そっと伸ばした私の手のひらを、ルヴァは励ますように力をこめて握り締めた。

「・・・行きましょう。」



手のひらから力が伝わってくる。



私は顔を上げると、微笑んだ。

「重くないの?片手で・・・?」
「重いですよ・・・いつの間にかこんなに大きくなっちゃって・・・。」
「でも僕、クラスで並ぶとき、いつも一番前だったよ。」
「そりゃそうでしょう、飛び級してるんですから・・・。」
「ユーリ。大人しく寝てないと、寝相が悪いとお父さんに笑われるわよ。」
「僕、寝相悪くないよ。」
「ふぅん・・・そうかしら?」
「母さんでしょ?いつも布団けとばすの・・・」
「ああ・・・ケンカしなくったって、明日の朝には分かることですよ。」


本当に重いだろうに、 ルヴァは抱き上げたユーリも、私の手も離そうとはしなかった。

私にはルヴァの気持ちが分かる気がした。


そう・・・離しちゃいけない。何があっても。
私たちはもう、離れちゃいけない・・・。

だって、私たちは家族なんだから。

私は足を速めて、ぴったりと二人に並んだ。

「母さん・・・・・」

嬉しそうにユーリが差し出した手のひらを、私は微笑んで握り返した。


愛してる。・・・愛してる、ふたりとも。


もう絶対に、何があっても離れない。

・・・絶対に、この手を離さないから・・・・。




=完=

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