67.僕の策略

Yuli



お父さんが昏睡状態から覚めてからも、お父さんと母さんの間はずっとぎくしゃくしているようだった。
二人の間でどんな会話があったのか僕は全く知らされていなかったんだけど、事の成り行きはだいたい予測がついた。
母さんは結局お父さんを許さなかったんだと思う。手ひどく拒絶されたお父さんは逆に母さんの看護を受けることを拒否した。
つまり、平たく言えばふたりとも意地を張り合っているんだ。

病院に行かなくなった母さんは「僕を連れて主星に戻る」と主張しだして、僕を慌てさせた。
母さんは本当にお父さんを残して主星に帰りそうな勢いだった。
結局、色んな人が入れ替わり立ち代り、母さんを尋ねてきて、母さんは説得されたみたいだった。
それでも母さんは昔お父さんが住んでいたというこの屋敷にいることを潔しとせずに、さっさと僕を連れて市街地の安ホテルみたいなところに移動してしまった。

でも、僕には母さんの気持は手に取るように分かってしまった。
もともと母さんは気持を隠すのがニガテで、本当に笑っちゃうくらいウソのつけない人だった。
母さんは深刻にお父さんに会いたがっていた。お父さんの世話をしたがっていて、あえないから心配でいらいらしていた。
時々ゼフェル様が来て聞かれる前にお父さんの容体をしゃべりまくると、母さんは「関係ないわ」って顔をしながらかなり真剣に耳を澄ませていた。
お父さんが食事をちゃんと取らないと聞いて、母さんはすごく心配そうな顔をした。
誰も見ていなかったらきっと母さんは病院にすっ飛んでいって、献立をチェックしてお父さんが好きで怪我にいいものをずらっと並べてあげたんだろう。
だけどお父さんに看病を断られた手前病院にいけなくなった母さんは、駆けつけることも出来ずに、ゼフェルさんの帰った後も、しばらく泣きそうな顔で窓から外を見ていた。

ちょっと見てれば誰にでも分かった。
母さんは今でもお父さんが好きなんだ。

一度僕は母にナイショでお父さんに会いに病院に行った。
ここでも僕はお父さんに追い返された。
「お母さんに許しを得ていないでしょう?」という理由で・・・。
そんなのどうだっていいじゃない。親子なんだから。と、僕は思うんだけど、お父さんは妙に頑固だった。
お父さんもこの件に関してはいつもの決断力が見られなかった。母さんはお父さんのことが好きなんだから、あんなに遠慮してないで、母さんにはっきり「仲直りしよう」ってそう言えばいいのに、と、僕は思うんだ。


やがてほどなくお父さんは退院した・・・・と言う話を僕らはゼフェル様から聞いた。
母さんは大きなため息をつくと、ぼくに向かってぎこちなく微笑んで言った。
「主星に帰ろう。ユーリも学校に戻らないと・・・・ね?」

大人のリクツは僕にはわけがわからなかった。 お互いに好きなのに、なんでこんなに意地を張りつづけなきゃいけないんだろう。
お父さんは僕に、「目先のことじゃなくて本質でものを考えなさい」と言った。
母さんは僕に、「わざとじゃないことは許してあげなさい」と言った。
二人のやってることは僕に教えたこととはてんで違ってた。僕にはどうにも納得がいかなかった。
このままじゃ僕は母さんに連れられて主星に戻ることになりそうだった。
そして今度こそもう二度とお父さんに会えなくなってしまうかもしれない。


僕は突然いやになった。
僕はお父さんも母さんも大好きなのに、こんな風に二人の間でおろおろしてるだけなんて、我慢できない!

「あああああ、もうっ!」
僕は拳を固めて叫ぶと立ち上がった。
「どうしたユーリ?」
隣で芝生に寝転がっていたゼフェル様がびっくりして起き上がった。
「ゼフェル様。あの・・・ここで一番高い建物ってどこですか?」
「高い建物ぉ?・・・・そーだなぁー。聖殿の西の塔じゃねーか?」
「有難うございます。」
「ありがとうって・・・おっ、おい・・・ユーリ!」

僕は急いで宿に駆け戻ると、その辺の紙の裏に大きく 「僕を探さないでください。」と書いた。こう書けば絶対、探してもらえるはずだ。

宿の玄関先で、ちょうど僕らを訪ねてきたおじいさんに出くわした。
僕はいきなり「今までお世話になりました!」そう言っておじいさんにぺこりとお辞儀をすると、そのまま振り返りもせずに表に飛び出した。

父さんに手紙で叱られたせいで、僕はちょっぴり人より長く走れるようになっていた。西の塔にたどり着くと、吐き気がするほど長い螺旋階段を僕はほとんど一気に駆け上った。

僕が書置きを置いていなくなると、きっとお父さんも母さんも泡を食って探すはずだ。
僕のただならぬ様子をおじいさんも両親に説明してくれるだろう。
騒ぎになればきっとゼフェルさんの耳にも入るはずだ。 ゼフェルさんはきっと僕が高い場所を探していたことを両親に言うはずだ。

僕は寒風がびゅうびゅう吹きすさぶ時計台のてっぺんで、柱にしがみついてひたすら両親が来てくれるのを待っていた。

ものの30分もしない内にあたりが騒がしくなって一段の人々が塔のふもとを取り巻いた。先頭を切って駆けつけたのは案の定お父さんと母さんだった。

「ユーリ!何をやってるんですか?早く降りてきなさい!」
お父さんが真っ青な顔で下から叫んだ。
「ユーリ!何があったの?お願いだから降りてきて頂戴!」
母さんの声もすっかり上ずってた。


僕は大きく息を吸い込むと、下に向かって思い切り叫んだ。
「ごめんなさい!僕はもう死にます!」

「ユーリ!」
お父さんと母さんはいっせいに叫んで、二人の声は見事にハモってた。
僕は頭の中で言いたいことを一生懸命整理すると、再び下に向かって叫んだ。
「ええと、僕はせっかくお父さんに会えたと思ったのに、お父さんも母さんもずっとケンカばかりしてて、・・・・僕もうすっかり嫌になっちゃいました。」

「何言ってるんですか、ユーリ、私達はケンカなんかしてませんよ!」
「そうよ!ユーリ!誤解よ!・・・ケンカなんかしてないってば!」

・・・うそつき。
僕はちょっぴりむっとした。あれがケンカじゃないとしたら、いったい何がケンカだって言うんだろう。
僕はまた下に向かってどなった。

「じゃあ、証拠を見せて!」
「えっ?」
「証拠?」
「二人ともキスして!」

僕は人ごみを少し離れたところで、ゼフェルさんが必死に笑いをこらえているのに気が付いた。 どうやらこの人には僕のたくらみがバレてたらしい。
本当はお父さんだってあんなに頭がいいんだから、ちょっと見れば僕が死ぬ気ゼロだって分かりそうなものなんだけど、お父さんは真っ青になって、まるっきり頭がイっちゃってるみたいだった。

父さんは困ったような表情で母さんを振り向くと、母さんをちょっと引き寄せておでこに軽く唇を触れた。
母さんはまるで嫌なものを我慢でもしているかのような表情で父さんのキスを受け入れていた。

「・・・・・・・・・。」
僕はそれじゃ、全然、納得がいかなかった。

「子供だと思って誤魔化さないでください!そんなのお友達同士のキスでしょう?」
僕が怒鳴ると、今度は赤毛の叔父さんが二人に見えないようにこっそり笑い出した。

父さんは真面目な顔をして、母さんを引き寄せると
「アンジェリーク・・・・」
母さんの名前を呼んで、ゆくりと母さんの体を抱きしめた。

二人がぴったりと抱き合って、母さんが目をつぶって父さんの口づけを受け入れているのを見て、僕は大きく満足のため息をついた。

「・・・・・降ります」


降り口を探してあたりを見回した僕は一気に青ざめた。
よじ登ってきたときは必死だったから気がつかなかったけど、天窓までの斜面はものすごい急勾配だった。
風も強いし、どうやってあそこまで降りたらいいのか分からない。
僕が怖くなって、本当に泣き出しそうになった時、天窓が中から開いて、そこから栗色の髪の毛のお兄さんが、肩からロープを下げてニコニコしながら現れた。

「ユーリ!今そこに行くから、動かないで待ってるんだぞ!」
お兄さんは屋根の上を軽々と歩み寄ってくると、塔の鉄柱にロープを結んで、僕をしっかり抱えると、天窓まで連れていってくれた。




塔の下まで降りてゆくと、 父さんはめちゃくちゃ怒ってた。


覚悟は決めてたけど、怒ったお父さんは本気で怖かった。

「自分が何をやったか、分かっていますね」
「・・・・はい。」
返事をしながら手が震えた。
お父さんはきっと僕をぶつだろう。僕は固く目をつぶった。

だけど、お父さんは僕をぶたなかった。
替わりに母さんの声が聞こえて、僕は目を開けた。
「止めて、野蛮なことしないで!私の子供に手を上げないで頂戴!」
お父さんと僕の間にいつの間にか母さんが両手を広げて立ちはだかっていた。

「あなたの子供だって言うなら、あなた今まで何をやってたんですか?あなたの教育がなってないから、こういう人騒がせなことをする子に育っちゃったんでしょう?」
「教育じゃなくて血筋じゃないんですか?もう、こういう小細工に知恵が回るところなんか、あなたにそっくりなんだから!」
「それを言うなら、こういう衝動的なところは、あなたにそっくりですよ?」

いきなり両親に目の前で大喧嘩を始められて、僕は泡を食った。
さっき抱き合ってキスしたばかりなのに・・・・。
唖然としている僕に向かって、母さんがいきなり振り向いたかと思うと、びっくりするくらいの早口で言った。

「ユーリ!向こう向いて耳ふさぎなさい」
「えっ?」
「いいから早く!」
「はっ、はい!」

そのものすごい剣幕に僕はびっくりして、回れ右すると固く耳をふさいだ。


その後のことは僕には何も聞こえてなかったんだけど、後でゼフェル様が笑いながら教えてくれたところによると、二人の間にはこんなやりとりがあったのだそうだ。

母さんはキッと父さんを睨みつけたかと思うと、これ以上はないくらいのものすごい剣幕でまくし立て始めた。
「黙って聞いてればいい加減にしなさいよね!あなたにどうこう言う資格ないじゃない!いつも勝手に何でもかんでもひとりで決めて!5年間も私達のこと放り出していて・・・・確かめもしないで私のこと疑って、子供ができたなんて他の女に騙されて・・・馬鹿じゃない?あなたみたいに馬鹿な男、見たことない!宇宙一の知恵モノが聞いてあきれるわ!宇宙一の大ばか者じゃない!サイテー!もう、あなたなんかサイテー!大嫌い!信じられない!何かイイワケできる?できるもんならしてみなさいよ!」
嵐のように言い立てられて、お父さんは蒼白になって黙り込んでしまった。
「何か言いたいことがある?・・あるなら、言ってみなさいよ。」
「いえ・・・あなたの言う通りです。」
「じゃあ、どうするつもりなの?」
「・・・・どうとでも、あなたの気のすむようにしてください」

「とりあえず、一発なぐらせなさい!話はそれからよ!」
お父さんは黙ってうなずくと目を閉じた。


そして母さんは、怒った顔のままでお父さんの前に立つと、顔を上げて長いことお父さんの顔をじっと見つめていたんだって。


「ほんとに・・・馬鹿なんだから・・・・」


そう言って母さんは、目を閉じている父さんの肩に手をかけると、
つま先だって思い切り伸び上がって、父さんの唇にそっとキスをした。

キスした瞬間に、母さんは急に泣き出した。

目を開けて、ぼろぼろと涙をこぼしている母さんの顔を見た父さんは、ちょっぴり困った顔をして
「痛い・・・・。」
って、そう呟いたんだって。

母さんはそれを聞いて泣きながら吹きだした。
「当然でしょ?」


今度は父さんは母さんを逃がさなかった。
笑顔を見せた母さんの負けだった。
父さんはあっという間に母さんをつかまえて抱きしめて・・・・そして今度こそ、母さんは逃げなかった。


「もう、目ぇ開けていいみたいだぜ。」

ゼフェル様にそう言われて、目を開けた僕の視界に飛び込んできたのは、母さんを本当に大事そうに抱きしめているお父さんと、お父さんの胸に取りすがって涙をさんさんとこぼしている幸せそうな母さんの姿だった。

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