06.友人

<Luva>


御前会議が終わると、陛下に引き止められたアンジェを聖殿に残して私はひとりで退出した。
私邸に戻ると、後を追うようにしてオスカーが訪ねてきた。


「帰るんじゃなかったのか?お前の故郷へ・・・」

ソファーに腰を下ろしたままずっと黙りこくっていたオスカーが、最初に口にした言葉はそれだった。
「そうですね・・・いつかは帰りたいと、そう思ってます。」
「帰ればいいじゃないか・・今、アンジェとユーリを連れて。」
「オスカー・・・」
「見損なうな。聖地と陛下はこの俺がお守りしているんだ。お前なんざいなくとも小揺るぎもしないさ。」
「ですが、ユーリは・・・。」
「それは、いいんだ。」
「オスカー。」
「考えるな。」
たたみかけるように言い切ると、オスカーはゆっくりとカプチーノのカップから顔をあげた。

「親兄弟と引き離されてここに来た・・・それだけで十分だろう?子供まで差し出すことはない。連れて行け・・・そうしてくれ・・後は何とでもする。」

「ありがとう・・・オスカー・・・。」

そうだった。ユーリのサクリアに気付いた私がアンジェとユーリを主星に逃がそうとした時、自分の立場も顧みずに私たちを救おうとしてくれたのは彼だった。

「ありがとう、本当に。ですが・・・・」
私は、食い入るように私を見つめている彼の視線を正面から見返すと、ほほ笑んだ。

「人は押し寄せてくる運命から逃げ出すことも隠れることもできません。どこかでそれを受け止めなくてはならない・・・。だけどそれで不幸になるかどうかは、私たちの自由です。・・・そうじゃないですか?」
「ルヴァ・・・」
「私はね・・・戦おうと思ってます。
あなた方の為じゃなくて、自分のために・・・。
守りたいものがあるのはお互い様でしょう?人任せになんかできますか?」

彼は守ろうとしている。宇宙を、家族を、仲間を・・・・・
でもそれはまさに、同じものだった。私が「何が何でも守りたい」と思っているものたちと・・・・

「飲みましょうか?久しぶりに、ふたりで・・・。」
サイドボードを開けると、そこにはずらりと洋酒の瓶が残っていた。来客好きなアンジェリークは、エドワードが来る時くらいしか開けることのないサイドボードに、せっせと珍しい酒を集めては補充していた。
「お前・・大丈夫なのか?胃を半分取っちまったんだろう?」
「死にやしないでしょう?」
「変わったな本当に・・・いや・・・守護聖じゃなくなって、本性が出たのかも知れないな。」
「多分、そっちですね。」

苦笑いで私を見ている友人に、私もゆっくりと微笑み返した。





<Angelique>


「人は強いけれど・・その命は儚いものだわ。」
紅茶を飲み終わると、ロザリアはつぶやくように言った。

「あなた達が故郷に帰って、そこで生活して・・・・10年、20年・・・ユーリも段々と年を取っていく。
そのサクリアが尽きる日が来たら、自然と次の地の守護聖が覚醒するわ。」

「何を・・・言ってるの?・・・ロザリア・・・。」
「あちらでは数十年でも、ここでは数年・・・大丈夫よ・・・持ちこたえられるわ。」
「ロザリア・・・。」

「今まであんたには散々わがまま言ってきたわね。最後のお願いよ・・・・。」
「ロザリア」
白い腕が私を捉えた。
強く引き寄せられる。

「・・・幸せになって。」
私を強く抱いたまま、ロザリアは搾るような声で言った。
「どうしても・・・どうしても幸せになって欲しいの・・・あんたには・・・お願いよ・・・。」

私を抱く腕のその細さに、その体の冷たさに、私はうろたえていた。
ここに戻ってから、ずっと感じてた。ロザリアは・・・まるで、空気に溶けてしまいそうなくらい、青ざめて儚げに見えた。

「シャトルを用意してあるわ。・・・・行きなさい。今夜。」
「でも、ロザリア・・・・」
「行きなさい。命令よ。」

震えている私を見て、ロザリアは微笑んだままいつもの強気な口調を作ってみせた。
「何を自惚れているの?あなたがいなくてわたくしが困るとでも思っているの?」
「・・・・・・・」
「ユーリの為に、・・・行きなさい。あんたを必要としているのは、わたくしじゃない・・・あの子でしょう?」





片手にシャトルの鍵を押し込まれて、押し出すように部屋を出されてからも、私は茫然と途方にくれていた。

三人でここを出る・・・・。
幸せに・・・三人で・・・ロザリアをここに置いて・・・・。

私には分かる。その後ここが・・ロザリアがどうなるか。
ロザリアは命を賭けようとしている。私のために・・・私たちなんかのために・・・。


聖殿の階を降りると、雨がまた激しく振り出した。

聖地の雨は女王の力が衰えを示すと言われている。
この雨をロザリアはいったいどんな気持ちで見ているんだろう・・・・

誇り高く、自分に甘えを許さないロザリア。
顔に出さなくても自分を責めているに違いない。
どんなに切なくて、悔しくて、つらい思いをしているのか・・・私には分かる。
だって、ずっと一緒にやってきたんだもの。



(三人で、幸せに・・・・・?)



たった今退出してきた聖殿の窓を見上げた。


「・・・・・・・・・・・・」


俯くと同時に、涙が溢れ出してきた。
雨はますます激しく、地面を叩くように降りつのる。



そんなこと・・・できるわけがない・・・。



「できるわけないじゃないっ!」


握り締めたシャトルの鍵を植え込みに投げ捨てると
私はずるずると雨にぬれた地面に座り込んでいた。





「・・・・できる、わけ・・・ないじゃないっ・・・・・」





・・・・・ロザリア・・・・。






back
   next

創作TOPへ