Blue Angel Vol.1


あの忌々しい砂の惑星から戻ってすぐ、俺は聖地の病院に強制入院させられた。
医師から一ヶ月の入院を命ぜられたとき、俺はもちろん拒否した。「冗談じゃない」と抵抗したが、誰も聞いちゃあいなかった。

アンジェとルヴァは連れ立って見舞いに来た。二人を見た瞬間俺は、俺の二人への忠告(?)が効を奏したことを確信した。
「うまくいってるみたいだな・・。」
アンジェが花を活けに席をはずした隙に俺が訊ねると、ルヴァは目に感謝の念をにじませて
「貴方のおかげですよー。」と、小声で言って俺の手を握り締めた。
二人ががっちり握手を交わしたことは、アンジェは、もちろん知らない。

同行した中で俺だけがこういう境遇になったことに責任を感じたのか、二人はその後も時折病室を訪ねてくれたが、基本的に俺は気が狂いそうになるほどヒマだった。たまには美女の来訪でもないものかと思ったが、誰の差し金か女の見舞い客はアンジェ以外はシャットアウトされているようだった。

いいかげん限界を感じたその時だった。――― 突然、俺の病室に意外な訪問者が訪れたのだ。


「・・・・みんな下がっていていいわ。」
病室に入るなり、女王陛下は人払いを命じた。
「陛下・・・!」
いきなりの女王陛下の訪れに俺は面食らった。慌ててベッドの上で体を起こそうとした俺を、陛下は両手を伸ばして自ら押し戻した。
「大人しくしてなさい・・・。症状を悪化させるために来たんじゃないのよ。」
ベッドに押し戻されて俺は当惑した・・・。いったい何だって陛下がこんなところに・・・。

その日の陛下はいつもの豪奢な女王の盛装ではなく、すっきりとした青いドレスを軽やかに着こなしていた。
昔から彼女は青が良く似合った。他人を寄せ付けない孤高の青―――。

「何しに来たのか?って顔してるわね。」
俺の当惑を察してか陛下はにっこりと笑って言った。
「・・・・・私があなたのこと心配したら、おかしい?」
「い・・・いや・・・いえ・・・・そんな・・・・・。」
「部屋でぐだぐだ心配していてもストレスが溜まるだけでしょ?宇宙の安定に良くない影響を及ぼすわ。だから来ちゃったってわけ。」

---どういう意味だ?

まだ納得のいかない表情をしている俺を見て陛下はにっこり笑うと言った。
「いいから・・・大人しく休んでなさい。」
ふいに陛下はこちらに歩み寄ってきたかと思うと、俺の体の上にかがみこんで、勢いよく毛布をめくり上げた。
「へ・・・陛下っ!」
抗議する暇も与えずに、陛下はそのままいつぞやのアンジェのようにくるくると俺の脇腹に巻かれた包帯を解き始めた。

「陛下・・・。」
俺は彼女がやろうとしていることが分かって咄嗟に止めようとしたが、彼女は構わずに真っ白い手を俺の脇にかざした。
・・・・・体に心地よい暖かさが広がってゆく。

それは、随分長いこと忘れていた温度だった。
彼女の白い手に触れられたその瞬間。俺は何故だか、柄にもなく母親のことを思い出していた。
スリリングな駆け引きとか、相手の気を引くテクニックとか、そういうものとは全く別次元の感情。
ただひたすら静かに、暖かく、俺のことを愛してくれた人。
・・・・しばらくの内に不快な痛みはすっかり影をひそめていた。

「あの・・・・・陛下・・・・」
礼を言おうとする俺をさえぎるように、彼女は両手を叩いてさっさと立ち上がった。
「さて・・・と。悪いけど包帯の巻き方なんて知らないわ。後で誰かに頼んでちょうだい。」
その実、傷口はもう包帯なんて必要ないほど塞がっていた。

「他の傷も治して上げてもいいんだけど、退院したらまた遊び歩くんでしょうし・・・しばらく入院していてもらうわ。また気が向いたら治しに来て上げる。」
彼女はじっと俺の顔を見た。取り澄ました表情だったが、その眼は笑っているように見えた。
「今、全部治して欲しい?」
「・・・いや、結構です。」俺は四角張って答えた。とんでもない。女王のサクリアをこれ以上俺なんかのために無駄遣いさせるわけにはいかない。
・・・それに・・・・それに、今、「又来る」と自分で言ったではないか・・・。

「これ、持ってきてあげたわ。」
彼女が指差した先には巨大な箱が置かれていた。さっき彼女が来たときにお附きのものが運び込んでいたものだ。
「あなたの私邸と聖殿と病院に運ばれたお見舞いとラブレターよ。」そしてまた彼女はくすくすと笑うとこう言った。
「傷に触ると思って女性のお見舞いはシャットアウトしてたんだけど・・・もう大丈夫でしょう?明日から面会開放にしましょうか?」
「いや・・・結構です。」俺は反射的に答えた。
「無理しなくてもいいのよ」
「・・・本当に・・・・結構です。」俺は力をいれて答えた。ここでYESと言ったら、この女性はもう二度とこの病室にこないだろう。それは確信があった。


彼女は少し微笑むと、黙ってベッドの脇のスツールに腰をおろした。そのまま何を言うでもなく、じっと窓から外の景色を眺めている。
不思議と黙っていても間が持たなくなると言うことはなかった。彼女は完全にマイペースで、俺の存在など完全に忘れているかのように見えた。
俺は俺で黙りこくったまま、彼女の一部の隙もなくぴんと背筋を伸ばした姿や、長い睫、優雅に広がる長い髪に見入っていた。
この沈黙が・・・彼女の存在が、なぜだか心地よかった。

俺はちょっと、候補生時代の彼女のことを思い出していた。
考えてみれば彼女と俺は似たもの同士という気もする。まず自分に多大な課題をおっ被せて、自分をのっぴきならなくさせておいて、必ず言ったことをやり遂げる。要するに根っからの負けず嫌いなのだ。しかも彼女は俺よりもっと不器用だった。俺は適当に遊んでプレッシャーや抑圧から自分を解き放つ術を知っていたけれど、彼女はもっとストレートに自分に課せられたものと向き合ってきた。少女らしい悩みや迷いもあったろうが、それを彼女が口にしたのを聞いたことはなかった。


「戻ります。」しばらくの後、彼女はふいに立ち上がった。
「陛下」俺はいささか慌てて呼び止めた。
「何?」あっさりと彼女は振り返った。
「陛下は休息される日はあるのですか・・?」俺は小学生のようなアホな質問をした。
「あなたと同じよ。日の曜日と、夜はお休み。私はどっかの要領の悪いお馬鹿な子みたいに、やたら仕事に時間をかけない主義なの。・・・・そんなこと聞いてどうするの?」
俺は言葉に詰まった。
彼女はそんな俺を見てくすっと笑った。
「私に用があるときは、アンジェに言ってちょうだい。個人的な悩みでも相談に乗るわよ。なにしろ守護聖の精神の安定だって、宇宙にとっては重要なんだから・・・・・」
彼女は巨大な箱を指差して「ちゃんと返事をしなさいよ・・。」と言いながら出て行った。


ふと、彼女がかけていた椅子を見ると、青い扇がポツンと取り残されたように置かれていた。
うっかり忘れ物をするような女性ではない―――わざと置いていったのか?
俺は思わず手を伸ばして扇を取り上げた。
この扇は彼女が候補生の頃から持っていたものだ。執務室で何度か見かけたことがある。しかし今、扇の根付の部分には真っ赤なルビーがひとつ飾られていた。雲のない空のような扇の青に炎のようなひとかけらの紅ははっきりいって不調和だった。細い銀の鎖で繋がれながら、お互いに拒絶しあっているように見える。
手を伸ばしても空の青には決して届かない。---そして、炎に手を伸ばしたら火傷をするのだ。


俺はしばらく、その扇を手の中で弄んでいた。
―――やっぱり、似たもの同士なのかもしれないな。
扇を広げると、彼女のちょっぴりからかうような、華やかでそのくせ淋しげな笑顔が蘇った。
「よし。意地でもあっという間に治してやるからな」俺は何となく、心に決めた。
窓から吹き込む風が妙に心地よかった。




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