kokoさまへ〜

地の守護聖邸執事のささやかな抵抗



まったく!とんでもないことでございます!!!

私がお仕えする地の守護聖様はそれはそれはご立派な良く出来た方でございます! 人情味が合って思慮深く聡明で鷹揚で!そしてその奥方であらせられるアンジェリーク様も、 お美しく聡明でお可愛らしく、心根はお優しく純真で!

ですがですがですが!
今度と言う今度は、私も忍耐の限界というものでございます!


「お暇をいただきます!」

そう申し上げた瞬間、旦那様とアンジェリーク様は同時にがたっと音をさせて椅子から立ち上がられました。
「どどどどどうしたんですか?何をそんな藪から棒に・・・・・」
「嘘でしょ?執事さん?じょっ・・・冗談よね?やっだぁ〜、冗談言ってるのよね?」

ふたりして両側から取りすがられても、今度と言う今度は、この決心は固いのでございます。

「冗談ではございません!本日限り、お暇をいただきます!」
きっぱりと申し上げると、お二人の表情は一気に硬直されました。

「ねぇ、行かないでよ。どうしてなの?執事さんがいないと私達困るー」
「あなたがいないと本当に困るんですよ。どこに何があるかもさっぱり分かりませんし・・・・。」
私はすかさず懐から『地の守護聖邸家事心得帳全十三冊』を取り出すと、テーブルの上に「どさっ」と並べてお見せしました。
「ここに!このノート13冊に引継ぎ項目はすべて書き記してございます。後任のものにこれをお見せいただければ、すべて今までどおりに生活できるはずでございます!」

「そういわずに・・・執事さん、落ち着いて・・・。とにかく話合いましょう。さあ、ここに座ってください」
「執事さん、私、おっ、お茶・・・・お茶入れてきます。玉露でいいですよね?」
「アンジェリーク。あと、何かお茶請けを・・・・。」
「そそそうそう。執事さんがこないだ買ってきてくれたと○やの羊羹があったわ。あれ切ってきます。すぐ、切ってきますからっ。」

私はしきりと宥めようとする旦那様に勧められるまま、テーブルにつきました。
「不満があるなら、この際全部言っちゃってください。私達何でも聞きますから」
「今更何を申し上げたところで、お二人ともどうせ聞く耳などお持ちにならないじゃございませんか?」
「そんなこと言わないでよぉ、執事さん。」

実際これまでも幾度か、差し出がましいとは思いながらも、お二人に水を向けて見たことはあったのでございます。 ところがおふたりが「そのこと」をどれだけ重視されているかと言うと、私に言わせれば、はなはだ怪しいものでございました。

「では・・・ひと言・・・・ひと言だけ言わせていただきます。」
お二人は私が話す気になったのを見て、気ぜわしくうんうんとうなずかれました。

「旦那様!」
「はいっ!」
いきなり怒鳴られて驚かれたのか、旦那様はがばっと顔を上げられました。
「旦那様は『人の親になる』と言うことをお分かりになっていらっしゃいますか?」
「えっ?そ、それは・・・そう改まって言われますと・・・ 」
「身重の奥様に睡眠薬を飲ませるとは何事ですか!!」
「は・・・はいっ!」
「しかも、その後!身重のアンジェリーク様を2週間も放りっぱなしで、いったん帰ってくるわけでもなければ、手紙の1本書くでなし、連絡の1本よこすわけでもなし・・・ご心配ではなかったのですかっ!このような情けない冷たいお方とは存じませんでした。はっきり申し上げまして、見損ないました!」
「あのですね、それには訳がありまして・・・発掘期間が決まってたんで忙しくてですね・・・」
「お子様と発掘とどちらが大切なんですかっ!」
「はっ、はははははははい!」
私がドンとテーブルをたたいた拍子に、旦那様は余程びっくりなされたのか、がばっと立ち上がるとそのまま直立不動になってしまわれました。

「よろしいですか?子供がお腹にいるときの母親の気持と言うのは、とても大事なもので、今、アンジェリーク様はお子様の将来に関わってくる大事な時期にいらっしゃるわけなのです。この時期に淋しい、不安な思いをおさせして、それで父親として責任のある態度といえますか?」
諄々とお話申し上げるうちに、旦那様は次第に青ざめてうなだれてしまわれました。
「それは・・・・すみません。正直言って考えてませんでした・・・。 」
「怒らないで、執事さん。それは私がね・・・。」
「アンジェリーク様もですっ!」
「はいーっ」
すかさず助け舟を出したアンジェリーク様も、私に怒鳴りつけられて、雷に会ったように頭を抱えてしまわれました。
「いきなり何もおっしゃらずに一人でお出かけになるとは、あまりにも情けない!どれだけ心配申し上げたと思っていらっしゃるんですか?」
「ごめんなさいっ!」
「しかももうお一人の体ではございませんのに、無茶なことばかりなさって!それでお子様の身に何かあったら、旦那様とお子様に顔向けできますか !」
「ごめんなさい!ごめんなさい、本当に、もうしません!」
いいながらアンジェリーク様はほとんど涙目になっていらっしゃいました。

「お二人とも・・・・これから父親母親になろうというお二人が、そのような自覚のないことでどうなさいます。」
私は顔面蒼白で直立不動になっている旦那様と、両手を頬に当てて涙目になっているアンジェリーク様を交互に見比べながら申し上げました。
「私はお腹のお子様に替わって、お子様のために、申し上げているのですよ!」

「はい・・・。」
お二人はさすがに『しゅん』とされたご様子で、異口同音に答えられました。
多少はクスリが効いたご様子なのを見て、私もいくらか落ち着いて参りました。


すると、うなだれていた旦那様がすすっと私に歩み寄ると、いきなり私の手をとられたのでございます。
「執事さん。・・・・・・あの・・・・いえ・・・その・・・・久しぶりにこんなに叱られたので、かえってなんだかじーんときちゃいました。よく分かりました。私が間違ってました。有難うございます。執事さん。」
すると今度はアンジェリーク様がポロポロと涙をこぼしながら、私のあいているほうの手を両手でぎゅ〜っと握られたのでございます。
「私も・・・・パパに叱られてるみたいだった。執事さん・・・有難う。ごめんなさい。もうしません〜。」
これには私も胸をつかれました。
少々クスリの効きすぎだったかもしれません。



「あ、しまった。」
ふいに旦那様がかなりうそ臭い調子で口を開かれました。
「どうしたんですか?ルヴァ。」
「いえね。今日すごく忙しくてうっかり忘れてたんですが、明日の午後までに王立研究院に届けなきゃならない資料があって、今日寄って届けようと思ってたんですが、行きそびれちゃったんですよ。明日は朝早くから陛下のところでウォンさんと打合せなんで、その前に届けるとなると研究院の担当者がいないし・・・・。」
「私、届けましょうか?」
「いやー。あなたはあまり聖殿のあたりをふらふらしないほうがいいですよ、すぐに誰かに捉まって用事をたのまれちゃいますよ。」
「でもー。」

「いけません!」
お二人がしきりとこちらをチラチラみながら一生懸命演技をされているのに気づかない私ではございませんでしたが、そこは執事たるもの、お二人のお立場をお察しするのが務めでございます。
「遠出してお仕事なんてとんでもございません。馬車の振動はお体に触りますから、安定期に入るまではお避けになっていただかなければ・・・。私が参ります。」
「でもね、どうせ他の用事もあるの。ルヴァの原稿用紙やインクが切れそうだから、明日買っておいてあげるって・・・」
「とんでもございません! どうしてそのようなことを身重のアンジェリーク様に頼まれるんですか!私が参ります。そのようなこと雑作もございません。」

お二人はまた電光石火の勢いで慌しく目配せを交わされました。

「じゃあ・・・あの・・・・それはその、明日もいてくれるってことですね?」
「明日だけじゃないですよー。だってあさっても、しあさっても、やることいっぱいあるんですもん。執事さんいなかったら、私が全部やらなきゃならないでしょ?聖殿に行ってオリヴィエ様やリュミエール様に捕まってお茶やお菓子で糖分取りすぎちゃったり、ジュリアス様とクラヴィス様がケンカしてるところに鉢合わせしてすっごくストレスたまっちゃったりしたらどうしよう〜。きっと、それってお腹の子にすっごく悪いわぁ〜。」
「あー。それはいけません。で・・・ですが、急に新しい人を頼んでもきっとほら、聖殿の中で迷子になっちゃったり、研究院に行く途中であまりの遠さに遭難しちゃったり、きっと使いものになりませんねえ。困りましたねえ。どうしましょうー?」

・・・・・・全く・・・・このようなまずい芝居では赤子とて騙されるものではありません。しかしながら、こういうときのお二人の団結といいますか夫唱婦随振りには、天晴れ目を見張るものがございました。

「仕方ございません。今、身重なアンジェリーク様にご負担をお掛けするわけには参りません。私が引き続きお世話申し上げましょう。」
「あっじゃあ、このノート、お返ししておきますねー。ほら、子供も生まれるし、いろいろ変更があるでしょうから、それも書いといていただかないと。」
「でもね、でもね執事さん、そもそも、こんなの書かなくていいのよ別に。ほら、執事さんが覚えていてくれたら、それでぜーんぶ済んじゃうんですもの。ねー、ルヴァ。」
「そっ・・・そうですよ。それでなくてもあなたは家中のことをやって忙しいんですから、何もいちいち書き留めておく必要なんて・・・・。」
「そうよ。ルヴァ、ねえ、それ、いっそもう捨てちゃえば。」
「そうですよねー。風呂の焚き付けにでもして・・・・。」

「これはお返しください」
私はお二人の間からさっさと13冊のノートを回収すると再び懐に納めました。
風呂の焚き付けなんてとんでもない。これはお二人の快適な生活をお守りするには必要不可欠なものなのでございます。

「お子様が生まれてからの変更事項も書きとめさせていただきます。・・・・・では、私は夕食の支度がございますので、これで失礼致します・・・・。」


私が背を向けた瞬間に、お二人が慌しく目配せを交わしガッツポーズを決められたのを、私は肩越しにちゃーんと見ておりました。大人のようでお二人とも、まだまだこういったところはお子様なのでございます。今回の件で多少はクスリが効いたかも知れませんが、まだまだ当分は目を離すわけにはいかないようでございます。

――お暇をいただく?

とんでもございません。まだまだ辞めたりなどするものですか。あれは所謂「嘘も方便」というヤツでございます。生まれてくるお子様に替って、ご両親に「もう少し大事にしてくださいね」と、お子様の権利を主張して差し上げたに過ぎません。

旦那様 とアンジェリーク様のお子様でございます。どんなにかご利発で、お可愛らしいことでしょう?今からでも目に浮かぶようでございます。
小さなお子様のお世話には本で読む知識などより経験こそがものを言うのでございます。年若い、気の利かない新参者などに、大事な大事なお子様のお世話を任せられるものですか。お子様がご成人なさるまで、この私が、きちっと、真心込めて、お世話申し上げねばなりません。
まだまだ、安心してお迎えを待つ日は遠いようでございます。

=完=


最終話まで読んでいただいて有難うございます。
執事さんシリーズ4話、これにて完結でございます!
第三話と四話は、掲示板で最初にリクエストしてくださったkoko様に
(困るかもしれませんが・・・・/汗)捧げたいと思います〜!
執事さんを「好きだ!」と言ってくださったみなさん!
このようにヘタレなものを!本当に感謝!感謝!感謝!ですっ!

by ロンアル


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