kokoさまへ〜
地の守護聖邸執事の密かなシアワセ
私がお仕えする地の守護聖様はそれはそれはご立派な良く出来た方でございます。
こんなにお優しく人情味が合って思慮深く聡明で鷹揚な方はそうそういらっしゃるものではございません。 私が旦那様にお仕えするようになってかれこれ十年以上になりますが、年はお若いですけれどそのお人となりには日々敬愛の念を深めるばかりでございます。
そして、間もなく私が若奥様としてお仕えすることになる女王補佐官様!こちらもまた負けず劣らずにすばらしいお方なのでございます。お美しく聡明でお可愛らしく、心根はお優しく純真で、周りをぱーっと明るくさせるようなそんなお方・・・・まさしく旦那様とは天性の一対、お似合いのお二人なのでございます。
女王試験以後一年の歳月、お二人はゆっくりと愛をはぐくんでいらっしゃいました。
そして今日、ついに今日・・・・晴れてお二人は結ばれることとなったのです。
この結婚式に当たってはいいお話がありました。
アンジェリーク様が、「結婚式はルヴァの国のやり方でやりたいの」と、こうおっしゃったのです。
それをお聞きになった時、旦那様は何とも言えない表情をなされました。
多分旦那様は感動なされていたのだと思います。口には出されませんが人一倍故郷を大事にされるお方でしたから。
ですが旦那様はこうおっしゃいました。
「ああ。ありがとうございます。アンジェリーク。ですがね、わたしはやっぱり普通にやったほうがいいと思うんですよ。ほら、私の星は貧しいところでしたから、式も服装もすごく地味なんですよ。それに式はあちこちお辞儀をしたり、とにかく今風じゃないんですよ。あなただってもっと教会でやるみたいなやつにあこがれていたんでしょう?」
「だって、私、ルヴァのお嫁さんになるんですよー?ルヴァのお家のやり方でやるの、当たり前じゃないですか?」
この健気なお言葉には、旦那様も『ぐっ』ときたようでございました。 結局はアンジェリーク様の意見が通って、式は旦那様のお国の作法にのっとって行われることとなったのでございます。
お式は聖殿の中庭でごくささやかに行われました。
花嫁衣裳にはオリヴィエ様が腕を振るわれました。アンジェリーク様のご希望が「あんまりオリジナルを変えないでね」というものだったので、華やかなのがお好きなオリヴィエ様にとっては多少不本意なところはあったかも知れませんが、それでも花嫁衣裳に身を包んだアンジェリーク様は、それはそれはお美しかったのでございます。
素朴な赤い更紗の生地は、豪華さは無いものの、却ってアンジェリーク様をいつにもまして初々しく清らかに見せておりました。
当日まで花嫁衣裳を全く見せてもらえなかった旦那様は、このアンジェリーク様のお姿を一目見るなり、言葉も出ないまま、首筋まで真っ赤になってしまわれました。
こうして古式ゆかしく式が始まりました。
お二人は天地に拝礼し、親代わりの席に座られた女王陛下に拝礼し、お互いに拝礼を交わされました。
その後、まず旦那様が誓いの言葉を故郷の言葉で、かなり緊張したご様子で述べられました。
旦那様が故郷の言葉で話されるのを聞くのは初めてのことでございました。アクセントのメリハリがあって幾分音楽的なその言語は旦那様のお声にとても合っているような気がいたしました。
そして、引き続き新婦の誓いの言葉となり、アンジェリーク様は幾分緊張したご様子で、こちらは標準語で誓いの言葉を読み上げられました。そして、最後のくだりに差し掛かったところで、アンジェリーク様はちょっと言葉を止められて、そして、透き通るようなお声でこうおっしゃったのです。
「lie xi uxa die buneng lvgai die yuban・・・・・」
そのひと言は、先ほど旦那様が誓いの言葉の最後におっしゃられたのと同じものでした。後で伺ったところでは、これは旦那様の星ではとても厳粛な意味を持つ、とても大切な愛の言葉なのだということでございました。
旦那様はアンジェリーク様が旦那様の星の言葉でこの誓いの言葉を口にされることはご存じなかったご様子でした。びっくりしたようにアンジェリーク様の方を振り向かれて、目を丸くしていらしゃいました。
アンジェリーク様は恥ずかしそうに首をすくめて「間違ってました?」と旦那様に聞かれました。
旦那様は黙って首を横に振って、(多分、「合ってます」とおっしゃりたいのを感動のあまりお声がでなかったのでございましょう)そのまま・・・・そのまま、あろうことか花嫁をぎゅ〜〜〜〜っと抱きしめてしまわれたのです。
これにはアンジェリーク様もびっくりされたようでした。
「ちょ・・・ちょっと待って。ル・・・ルヴァ・・・。」
慌てふためく花嫁をぎゅ〜っと抱きしめたまま、そして更に、旦那様はまたしても「やらかして」くださったのでございます。
旦那様は腕の中に抱え込んだ花嫁に、そのまま、深い深い口づけをなされたのでございます。
これには一瞬、式場も騒然と致しました。
確かに誓いの接吻はお式の中に入っておりましたが、それはこの後で、しかも新婦のおでこに「ちゅ」っとやるだけのもので、リハーサルの時は確かに旦那様はそんなふうにされていたのでございます。
数分になんなんとする口付けに周囲からはひやかしやらブーイングの嵐が巻き起こりましたが、旦那様はすっかり頭に血がのぼってしまっているご様子で、いっかなお気づきになりません。ゼフェル様が「結婚式のキスで舌を入れてもいいのかよー!」と野次を飛ばされてもどこ吹く風、結局旦那様の暴走は息継ぎが出来なくなったアンジェリーク様がばたばたともがいた挙句、旦那様のむこうずねに蹴りを入れて止めさせるまで続いたのでございました。
(晴れの日だと申しますのに、まったくこのお二人と来たら・・・・・・/泣)
お式の後は、そのまま結婚お披露目の宴ということになりました。私は会場、厨房、受付とあちこち行き来しながら、この晴れの日に万が一にも手抜かりが無いようにと、目を光らせておりました。披露宴のご手配は、最初は旦那様とアンジェリーク様がご自分達でなさるお積りだったのですが、お二人とも何しろお忙しい方でしたので、結局はあらかた私の方で手配することになったのでございます。
もちろん私は最初からそのつもりでおりました。大事なお二人の一生に一度の晴れの日を人任せになどできるものではございません。
揉め事を起こしそうな光の守護聖様と闇の守護聖様は、それぞれ東西の主席ということで視線も会わないほど席を離してございましたし、マルセル様のお席には鶏肉料理は一切なし、ゼフェル様の周囲にはアヤシイ物がないか常にチェックを怠らず、見かければ速攻、命がけで排除する・・・などなど、いろいろ気を配らねばならないことが山ほどあるのでございます。
さて、会場にワインを少し足そうかと運んでおりますと、なんと会場の方からこちらに向かって、赤い衣装のすそをつまんだアンジェリーク様が、パタパタと足音をたてて走っていらっしゃるではないですか。
「ああ、アンジェリーク様、花嫁様がそのようにお走りになっては・・・・」
そう申し上げる間もなく、アンジェリーク様は、息せき切ってこうおっしゃいました。
「執事さん、どこ行ってたの?探したんですよ〜」
「いったいどうなされました?主役がお席を外されましては・・・・」
「いいからいいから、こっちに来て・・・」
私はいぶかしむ間もなく、アンジェリーク様にせかされるままに会場までぐいぐいと腕を引っ張られて行きました。
新郎新婦のテーブルでは、旦那様が立ち上がってお待ちになっていらっしゃいました。
「旦那様。・・・いったいどうなさいました。」
すると旦那様はにっこり微笑んでこうおっしゃいました。
「あー。すみませんねー。お呼び立てしてしまって・・・。いえね、アンジェリークが、どうしても披露宴の間に、これからお世話になるあなたに、ご挨拶がしたいって言うんですよ。」
私が振り向くと、アンジェリーク様は何時の間にか両手に大きな花束を抱えて、にこにこと微笑んでいらっしゃいました。
「ええと。執事さん。これまでルヴァのことを一生懸命お世話してくれて有難うございます。それから、これから私もすっごくお世話になると思うんですけど、未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします!!」
「そそそ、そんな・・・アンジェリーク様。めっそうもございません。とんでもございません。」
「とんでもなくなんかないですよー。執事さんには本当にいつもお世話になって、私の親代わりみたいなもんですからねー。」
「旦那様・・・・そんな・・・・もったいない・・・。」
「ルヴァとケンカしたら、味方してくださいねー。」
「それはダメですよー。執事さんは私との方が付き合いは長いんですからねー。」
「どーでもいいけどよー、鼻水ふけよなー。ったくこのジジイはよー。」
既に感涙に泣き咽んで顔も上げられずにいる私に、何時の間にか傍らに立たれていたゼフェル様が、笑いながらいつもの調子で毒づかれました。
晴れがましいといって、これほど晴れがましいことが他にございましょうか?
お二人はご自分たちの生涯最良のこの大事な日に、私のようなもののことまできちんとお心にかけてくださっていたのです。しかも私のごとき使用人風情を「親代わり」とまでおっしゃって下さいました。
まさにこの日は、お二人にとってだけでなく、私にとっても忘れられない大事な日となったのでございます。
そんなこんなで・・・・・・
感動の内にお式は終わり、こうしてお二人は晴れて一つ屋根の下で暮らされるようになりました。
その後のお二人の仲睦まじいお暮らし振りときましたら・・・・・私ですら邸内の気温が一気に数度は上昇したのではないかと疑うほどでございました。
アンジェリーク様のおかげで、このお屋敷もずいぶん賑やかに、楽しくなりました。旦那様が声をあげてお笑いになっているのを初めて見ました時には、本当にびっくり致しました。幸せそうなお二人の姿を見るにつけ、私もささやかな幸せをかみしめておるのでございます。
これで私も一安心、いつ天に召されても悔いは無い・・・・
・・・・・ と、申し上げたいところですが、どっこいまだまだそういうわけにも参りません! お二人の間に可愛らしい二世がお生まれになるまでは、まだまだ目を離すわけにはまいりません。まあお二人の睦まじい様子を拝見しますに、それももう遠い先のことではないように思えますが・・・・。
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