宇宙の蝶(ゼフェル) 1
クソ生意気な女!
・・・・・・それがあいつの印象だった。
そのクソ生意気な女のために、俺は今日結局徹夜するハメになった。
なんでそうなったかというと、まぁ、話せば長くなるんだが・・・・。
事の起こりは先週の木曜日、俺が定例会をフケて庭園で隠れてたところを、あの女、追っかけてきたルヴァに居場所をチクリやがったんだ。
「ゼフェル様ならあの植え込みの影にいらっしゃいますわ」
情け容赦も人情のかけらもない、サイボーグみたいに冷たい声で、あいつはそう言った。
「てめー、チクリやがったな!」
思わず立ち上がってにらみつけた俺を、あいつは睨み返しやがって、そして、しゃあしゃあと、こう言った。
「言いたいことがあるなら、こそこそ逃げ隠れせずに、堂々と本人の前でおっしゃればよろしいじゃありませんか?」
可愛げのかけらもない態度だった。
むかつくことこの上ない!
大体前からこの女はそうだった。
俺に物差しで計ったような決まりを押し付けようとばかりしやがって!
お前は何か?ジュリアスのお目付け役か?
それとも学級委員か風紀委員でも気取ってやがるわけか?
こいつとは何度執務室でやりあったか、数え切れないくらいだった。
・・・・んなわけで、
ルヴァに引きずられながら、俺はそん時、まじで切れそうなくらいハラをたてていて、「いつか見てやがれ!」と心ん中で思ったわけだ。
そのいつかのチャンスは、あっさり翌日にやってきた。
俺はその日、湖の裏手の辺をうろついていた。
湖をちょっと過ぎて奥のほうまで行くと、人が来ない静かな場所がある。
そこは俺が徹夜開けに昼寝したり、新しいメカのアイディアを練ったりする時に利用する、俺の気に入りの場所だった。
いつもどおりに木陰のあたりに陣取ると、 座ったとたんにカサッと何か硬いものが手に触れた。
取り上げてみると、それは青い扇だった。
凝った作りの青い扇・・・・。 持ち主は一発で分かった。
――あのクソ女のだ。
『知るか』、と一旦放り捨てかけて、俺はそれを止めた。
扇の根付が壊れているのに気が付いたんだ。
青い扇には呆れるくらい精巧な、時代がかった銀細工の根付がついていた。
銀でできた、細い網目のような球体があって、その中に銀細工の蝶が舞っている。 その細工に俺は魅入られたように見とれちまった。
すげえ細工の細かさだった。こんな凝った銀細工を見るのは初めてだった。
そして、その銀細工の蝶の片羽根が折れていたんだ。
これを直せるやつはちょっといねえだろうな・・・・・。
ちょっと、挑戦してみたい気分になった。
俺ならできんじゃねぇか?そう思ったんだ。
そん時、ちょうど背後でカサっと落ち葉を踏む音が聞こえて、振り向くとそこには血相変えたロザリアが立っていた。
俺は、なぜだか反射的に扇を持った手を後ろに隠した。
「何だよっ・・・・何しに来たんだよ!」
俺は習慣で怒鳴りつけた。もう、こいつの顔を見たらハラを立てるのがくせになっちまってるみたいだった。
「来てはいけませんの?・・・別に立ち入り禁止区域ではないはずですけど?」
澄まして答えながら、何だか今日のこいつには心なしかいつもの勢いがなかった。
「落し物をしましたの。・・・・ゼフェル様、何かご覧になりませんでした?」
「・・・何落としたんだよ」
「青い・・・扇なんですけど・・・・・」
話しながらロザリアの視線は、辺りを不安げに見回していた。 こいつがこんな落ち着かない、情けないツラしてるところにはめったにお目にかかれなかった。
「・・・・・知らねえよ。」
俺は何となくこいつをすんなり喜ばせるのも業腹だったんで、ついまたへそ曲がりなことを言っちまった。
「そうですの・・・・・・。」 ロザリアはがっくりと肩を落としかけて
「失礼しましたわ」
顔を上げてそう言うと身を翻して走り去って行っちまった。
「おい!待てよ・・・・・」
あわてて声をかけたときは、もう後の祭だった。
やばいことになった・・・・・。
俺は超、滅入った。
見ちまったんだ。
・・・・・ロザリアは走って行きながら、泣いていたみたいだった。
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