宇宙の蝶(ゼフェル) 2



うそだろ?まじかよ?
・・・あいつが泣くなんて・・・・・。

俺は自分に舌打ちした。
バカだな。何で渡さなかったんだよ。
面倒なこと、増やしただけじゃねえか・・・。

もう一度、手の中の青い扇を見る。
とにかく返さなきゃなんねーけど、こうなっちゃこのまま返すわけにも行かなかった。
直して返せば・・・・そうすりゃ隠したこととトントンになるだろ。
俺は勝手にそう決めた。

とにかく早く直して返そう。
そうして、さっさと厄介払いしちまおう。
俺は腹を決めると、すぐさま屋敷に戻って作業部屋にこもった。

苦心惨憺の末、蝶の羽根は2,3時間でつながった。
ちょっと目には分からないけれど、完全に継ぎ目を消すことはできなかった。
言い訳じゃねーけど、作業自体は会心の出来だった。 他のヤツがやっても、これ以上はできなかっただったろうと思う。 何しろ古いもので、痛んできてもいる。 無理をしたら、本体自体を傷つけちまいそうだった。

――いいからこれで返しちまえ。街場の修理屋なんかに持っていったら、もっとひでーことになるんだぞ。それに比べりゃ上等じゃねえか?

俺はため息をついた。

自分がひねり出したリクツに、自分でも全然、納得がいかなかった。

アイツ・・・・泣いてたよな・・・・・。

だってよ。これじゃ、・・・・・俺が直した意味がねーじゃねーか。
確かに街場の修理屋なんかよりはよっぽどマシに継げたはずだ。だけど、逆を言えば熟練工が時間をかければ他のヤツでも似たようなことができるはずなんだ。
アイツ泣かせてまで手元において、誰でもできるような仕事で返したんで、それでいいのかよ。

俺はもうひとつため息をついた。

夕方の5時・・・・・まだ少し時間はある。
俺はしばらく、手の中の蝶々とにらめっこしてた。
この扇が何十年も前の古いもんだということは作りを見れば分かった。
あのクソ女はその年代物の扇を呆れるほど丁寧に使っていたらしかった。
扇の羽根の隙間には少しも埃がたまってなかったし、カナメの金具も、何度か取り替えたらしい後があった。

少なくともモノを大事にするやつなんだ・・・・・。

これはちょっとした発見だった。
俺はものを粗末にするやつは嫌いだった。
考えてみればあいつは確かに可愛げないけど、逆を言えばへつらわない分、嘘が無い。
意地っ張りな分、骨がある。
そう言われてみれば俺以外にも、ジュリアスに食って掛かってたこともあったな。オスカーとやりあってるトコも見たことがある。
つまり、何だ、あいつは要するに「嫌なやつ」というよりは「無器用な嫌われモン」なわけだ・・・・・。

――無器用な嫌われモン・・・・・・?
――俺と同じじゃねえか・・・・・・?

突然アタマに浮かび上がった考えを、俺はいきなりめいっぱい否定した。
バカか、俺はっ!?何考えてんだ、馬鹿野郎!あのクソ憎らしい女と俺がなんで同じなんだよ!!


――あああっつ、くそっ!

俺はもう1回、手の中の蝶を見た。
一瞬俺の中で、パチンとパズルのピースが合う音がした。
こいつの何が気にいらなかったのか、突然分かった気がした。

この蝶々が、俺には最初っから、何だかカゴに捕まってるように見えたんだ。
確かに細かいすげー細工で、文句ナシにきれーなんだが、ちょっとコイツが可哀想に見えたんだ。
きれいだから、人と違うから・・・・・そういって捉まえられ、カゴに入れられた蝶々。
・・・・・あのクソ生意気で、人を人とも思わない傲慢なオンナに、そんなしおらしいモンが似合うかよ?

俺だったら、同じデザインで、だけど全く別なイメージで作る。

俺だったら・・・・・作る? 自分で? 一から????



正気じゃねえと思いながら、俺はそん時にはもうバイクをかっとばしていた。


向かった先はルヴァん家だった。
「本貸せ!銀の加工の仕方の本!」
「銀細工・・・ですか?」
ルヴァは首を傾げながらも2冊の本を書庫から引っ張り出して来た。
「それと、銀くれ!」
「銀・・・・ですか?」
ルヴァは首を傾げながらも、袋に入った研究用だか何だからしい、未加工の銀を出してきた。
一応貴金属なわけだし、それを人にタカル俺も俺だが、ワケも聞かずにホイホイ差し出すルヴァも、どっかおかしくねーか?
まぁ、こんなには要らねーだろうから、後で余った分返しにこりゃそれでいいだろう。

とにかく俺は礼も言わずに、それを受け取ると作業場に取って返した。


夕方の6時だった。 これから本を見てやり方を調べて、それから作る。
一から。
こいつを・・・・・。



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