恋のダンスパーティー6

走りに走って、俺はいつもの場所にたどり着くと、大木の下の木陰にタキシードのままへたり込んだ。


こんなの、最初から分かってることだったんだ。

あいつは絶対女王になる。
女王って顔に書いてある。

アンジェもいいやつだぜ、本当に。
だけどオレ知ってるんだ。
あいつは女王になるより、他になりたいものがあるんだ。
まじめなやつだから悩んでるみたいだけど
本心はそうなんだ
アンジェはきっと、最後には降りる。

だからさ・・・・。

オレとあいつは宇宙のはしっことはしっこにある星みたいなもんで、やたら光って見えるけど、絶対届きゃしないんだ。

だけど、俺はあいつと踊りたかった。
あいつは俺と同じ世界にいるんだと、そう思いたかった。
あいつが大口あけて笑うとこが見たかった。
あいつがつらくて、泣きたいんなら、見栄なんか張らずに思いっきり泣けって、そう言ってやりたかった。
俺が見ててやるから、そばにいてやるから・・・って。



「ばっかやろう・・・・」

誰に言うともなく。俺はつぶやいた。

「あんだよ。ちゃらちゃらしやがってよ。
媚びねーのがオメーの面白いとこだろーが!
オリヴィエの作ったドレスなんか着てよ、気取ってるんじゃねーよ。」


「別に気取ってなどいませんわ。」
背後で澄ました声がして、俺は飛び上がった。
「おっ・・・おめーっ!」
木立の影から現われたのは、俺が贈った黒いドレスを着たロザリアだった。

「おめー、・・・その格好・・・・」

「せっかくラスト・ダンス用に最高のドレスを取っておきましたのに、見ないで帰ろうとするせっかちな方がいらして・・・・。仕方がないので早めに着替えて見せに参りましたの。」
そう言いながらロザリアは上目遣いに、俺のほうをちょっと責めるような眼差しで見た。
「てっ・・・テキトーなこと言いやがって!今更着替えたって手遅れだかんな!」
「テキトーなんかじゃありませんわ。 ラスト・ダンスの意味もご存知ないんですの?」
ロザリアはいつものツンとしたふくれっつらになった。
「私はずっと待っていましたのに・・・・。ゼフェル様は私のこと、少しも待ってくださらないんですのね!」
「待つって、何をだよ・・・っつーか、おめー何怒ってんだよ?」
俺の言葉にロザリアはきゅっと眉毛を寄せたかと思うと、いきなりまくしたて始めた。
「怒りもしたくなりますわ!私は去年からずっと待ってますのに、人の気も知らずにいつも怒鳴ってばかり・・・・。もう待つのを止めようかと思うのに止められない自分にも腹が立ちますわ!」

俺は返事ができなかった。
半分は呆気に取られていたのと、半分は怒ってまくしたててるこいつの表情に見とれていたんだ。

俺が返事をしないのを見て、ロザリアは今度は悲しそうに肩をすぼめた。

「何もご存知ないのね。・・・・ダンスは男性が誘ってくれないと、自分からはどうすることもできない。待つしかありませんもの。」

聖殿の方からはかすかに風に乗って音楽が流れてきていた。

俺は、無意識にロザリアに手を伸ばした。

「ばぁか・・・・誰が決めたんだよ。そんなこと。」

ロザリアの手のひらがそれに重なって・・・・ あっという間にロザリアは俺の胸の中に滑り込んで来た。髪の毛から甘い匂いが漂って、白い華奢な腕がそっと俺の腕に添えられた。
かすかに聞こえてくる音楽はゆるやかな三拍子のワルツだった。
ロザリアは軽く目を閉じて、すべるようにステップを踏んでいた。

ほんの30センチくらい先にロザリアの顔がある。
長い睫や柔らかそうな頬、ふっくらとした唇が全部すぐ目の前に見えた。

ロザリアは目を閉じたまますっかり俺に任せてるみたいにしてたけど、実際はこいつがオレをリードしてた。俺の呼吸は上がりっぱなしで、頭ん中のリズムはとっくに三拍子を越えていた。

俺は唐突にロザリアを引き寄せると、ステップのリズムを変えた。

急にステップが変わって、ロザリアがびっくりしたように目を開けた。
「あら・・・そんなステップありませんわ」
「いーんだよ、これで」
戸惑いながらもロザリアはぴったり俺についてくる。
やっぱり思ったとおり、こいつの音感は天性のもので、3拍子だろうが24ビートだろうがちゃんとついて来られるんだ。
俺はロザリアを引っ張りまわしてメチャクチャに踊り始めた。

くすっ・・・

俺のめちゃくちゃなステップに合わせながら、ついにロザリアが堪えきれずに噴出した。

「へんなステップ・・・・。」
「おめーだって踊ってるじゃねーか。」
「だってあなたが引っ張りまわすから・・・」
俺がつないだ手を軸にロザリアの体をくるくると回転させると、ロザリアは悲鳴みたいな声をあげて笑い出した。
こいつが声をあげて笑ってるの聞くのは初めてだった。
なんだ、かわいいじゃねーか・・・・、そう思った。
笑ってるロザリアは、このまま抱きしめたくなるくらい、まじで可愛かった。

そして、元の位地に戻ると、ロザリアは今度こそ本気で俺に合わせて踊りだした。
それは世界中のどこにもないステップで、俺とお前だけのダンスだった。

俺はお前がきれーですげーやつだってことを知ってて
だからおめーのことをソンケーしてる
我儘で見栄っ張りでショーのないヤツだってことも知ってる
そんなとこは可愛いと思ってる。
お前は世界に一人しかいないし
こんなへんな女世界に一人いりゃ十分だ。
俺のために一人いりゃ十分だ。
そう思わねーか?

俺はロザリアの体を横抱きに抱き上げてめちゃくちゃにくるくる回った。
二人してばか笑いしながら、回って回って回って回って・・・・・。

最後には木の幹を踏んづけて俺が転んだ。
転びながらも、俺はちゃんとあいつが怪我しないように、あいつの下に滑り込んだ。

「ゼフェル様・・・だっ大丈夫ですの?」

俺の体の真上にロザリアの体があった。
慌てて飛び起きようとするロザリアの肩を俺は反射的に引き寄せた。

ロザリアの顔は今度は15センチ先にあった。
でっかい目・・・・睫がすっげー長くて、それが震えてた。

15センチの空気の壁

―― 俺はそれを息を止めて飛び越えた。




無理な体勢で体を支えていたロザリアは、ちょっと力を入れただけでふわっと頼りなく俺の体の上に落ちてきた。
唇が重なる。
逃れようとするロザリアを俺は離さなかった。


「好きだ」



ロザリアは泣きそうな目でオレを見返した。 唇が分かるくらい震えていた。

「私は女王になるためにここにいるんです。」
やっとロザリアが口にした言葉はそれだった。
「わぁってる。」
俺はロザリアの心細げに揺れている目を見ながらそう言った。

「なれよ・・・俺、待っててやるから。」

ロザリアの蒼い目が大きく見開かれて、まっすぐに俺を見た。

「小さくまとまんなよ。・・・・・俺が見ててやるからよ。」

「・・・・・・・・・・・。」


沈黙の後、
俺の顔の真上からあいつの涙が雨みたいに落ちてきた。

初めて見るあいつの泣き顔。
肩を震わせてしゃくりあげながら、あいつはぽろぽろぽろぽろ涙をこぼしつづけてた。

なぁんだ、泣いた顔もかわいいじゃねーか。

そんなことを思いながら俺はもう1回ロザリアを引き寄せた。


ラストダンスのワルツが静かに流れてた。


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