ここに来て何ヵ月後かに、取り寄せたファッション雑誌の小さな囲み記事であんたを見たよ。
モデル達に囲まれたあんたは、真っ白いドレスを着て、まっすぐに前を向いて立ってた。
カメラの前でも大口あいて笑っててさ、笑顔だけはあの時と全然変わってなかったね。
幸せ、って顔に書いてあったよ。
同じデザイナーと結婚して、二人でブランドを作ったんだって。
大きな店は持ちたくないからって、あの裏町の店でずっとがんばってたらしい。
メジャーじゃないけど、熱狂的なファンも多いって書いてあった。
もちろん、あたしも、その一人さ。
あたしは一つあんたに嘘をついた。
あんたのこと妹みたいに思うって言ったね。アレは嘘。
大好きだったよ。あんたのこと。
あんまり好きだから、一緒にいてあんたを自分のものにするより、まず、あんたを守ってあげたいと思ったんだ。
あんたの才能、あんたの夢、あんたを取り巻く世界ごと、全部愛しくて、愛しくて・・・・守ってあげたいと思ったんだ。
文無しでハラペコでも、裏切られて泣きべそかいてても、
がんばって幸せを探してる人達、・・・・・あんたみたいに夢見てる大勢の人達の夢を消しちゃいけない。 ・・・・・そう思ったんだ。
僭越かな?・・・・そうかもね。
だけど、あたしもあきらめないよ。
あの夢の守護聖の言ってた通りさ。 捨てない限り夢は終わらない。
あたしはここからいつまでも、あんた達に「がんばれ」って、そう言い続けるから。
これからも・・・・・聞こえるまで言い続けるから。
「・・・・・・・・・・・。」
ちょうど曲が終わる頃・・・・ふいに、すすり泣くような声が聞こえた。
振り向くと・・・・アンジェリークが、泣いていた。
「ん・・・・どうしたの?・・・・アンジェリーク?」
アンジェリークは床にぺったりと座り込んだまま泣きべそをかいていて、私が声をかけると、いやいやするみたいに小さく首を振った。
びっくりしたよ。・・・・だって、この子は大人しそうに見えるけど芯はとても強い子で、とにかく簡単に泣くようなコじゃないんだもの。
「デュ・フォーのリュート組曲・・・・確かにしんみりした曲だけど・・・・別に泣くような曲じゃないんだけどなあ。」
「・・・・しないでください。」
泣きながら、アンジェリークが顔をあげた。
「・・・・ん?」
「そんな・・・・そんな淋しそうな顔、しないでください!」
アンジェリークがいきなり、泣きながらしがみついてきた。
子犬みたいにやたら体温の高い体だった。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、アンジェリークは小さくすすり上げていた。
私は思わず、アンジェリークの華奢な体を抱き返していた。
そうだよね。本当はとっくに分かってたよ。
あんたは大人しそうでおっとりして見えるけど、内面にはとっても激しいものを持っている。
小さな体に持て余すくらいの、深い、溢れるような愛情を抱えているんだよね。
だから、きっと、あんたは愛情深い、素晴らしい女王になるだろうと、私はそう信じている・・・・・。
私はゆっくりと、暖かい体を離した。
「ごめん。心配させて悪かった。ほらね?もう・・・何ともないでしょ?」
ちょっとおどけて見せると、アンジェリークは我に帰ったように、頬を染めた。
「あっ・・・あたしったら、ごめんなさい。失礼でしたね・・・。」
そして、それからもう一度真顔になって私の顔を見た。
「あの・・・。元気出してください。」
「ありがと。」
そんなにしょげた顔してたかな?と、ちょっと反省する。だめだよね、夢の守護聖がこんなことじゃね。
「ねっ、メイクしたげよっか?泣いたらお化粧くずれちゃったよ。ほら・・・・。」
「はいっ。」
アンジェリークが半分泣き顔のまま、元気に答えた。
その顔を見ていて、私はまた、つい、こんなことを言ってしまった。
「ねえ、アンジェリーク。 今はまだ話せないんだけどさ。・・・・いつか、聞いてくれるかな、私の昔話。」
「もちろんです!」
アンジェリークが勢い込んで答えた。
「ふふ。・・・・ありがと。」
私もアンジェリークに向かって微笑み返した。
そう、いつか話せるかもしれない、あんたには・・・・・。
そして、その日が来たら、私はこの曲を笑って弾けるようになるかも知れないね。
パフがくすぐったいと言ってアンジェリークが笑い出した。
窓から吹き込んだ風がカーテンを揺らして、あの日のあんたの声が聞こえたそんな気がした。
=完=