静かなるガーディアン.1



初めは何とも思っていなかった。
彼を雇ったのは、そう・・・保険に入ったようなものだった。


勇敢で忠実な部下達に不満があったわけじゃない。
ただ、列強に囲まれ、常に海賊や星間戦争の脅威に晒されているこの国を支えていくには、それだけじゃ足りない。 もう少し大局に立って物事が考えられる人間、多少なりともかけひきのできる人材が欲しかった。

ファルクに連れられた彼が私の前に姿を現したのは、ちょうどそんなことを考え始めた時だった。
私は渡りに船とばかりにその人物を雇い入れた。

雇ってすぐに、私は彼のことを忘れた。
忘れた、というのは正確じゃない。
人を使うという仕事は細心の注意と努力を必要とする。忘れていいような問題じゃない。
ただ、彼に与えた1ヶ月の研修期間・・・その期間はあまり性急に彼に何か成果を期待したり、評価したりするべきではない・・・・さしあたって、ファルクに任せておけば問題ないだろうと判断したのだった。



異変が起きたのは、ファルクと共に彼を遠征に送り出してから、きっかり2週間後のことだった。

発端は、彼からのメール。

メールで届いた戦闘報告には「勝利」と言う言葉はどこにも見られなかった。
我が方の被害、敵方の被害、収容した捕虜や回収した船の処置についての提案などが、まるで会計報告のように淡々と綴られていた。
それでいて・・・・・数値が示す結果は明らかな、目覚しいばかりの勝利だった。

同時に入ったファルクからの報告には、やや興奮した文章で、「ヨカナーンが『見たことも無い』、『手品のような』不思議な方法を使って勝った。」と、書かれていた。

ファルクのいたずらだろう・・・・。
最初、私はそう思った。
新入りに花をもたせようとして、自分の勝ちを彼に譲ろうとしたのかもしれない。
彼のそんな性格は美点だと思うけど、私は正確な情報が欲しかった。

私はファルクではなくヨカナーンだけに宛てて、具体的な戦闘の経過を知らせるように書き送った。

返信は即座に戻ってきた。
その内容を見て・・・私は絶句した。

『戦略も何もありはしません。今回は実際運が良かったのです。相手の装備や速度がこちらに劣っているのを確認したうえで仕掛けて、それで勝ったというだけのことです。次回はこうはいきません。
我々には もっと精密なデータが必要です。最低限、以下の情報だけは早急に送ってください。そうでないと、今後の戦局に保障はできません・・・・・・。 』

以下は、数十行にも及ぶ、彼が必要だと言う情報のリストだった。


―――なんて傲慢な・・・・・。


私は腹を立てるのも忘れて、まず呆れた。
私に対してこんなものの言い方をした人間はかつていない。


―――身の程知らず。一回勝ったくらいで・・・・

そう思う反面、心のどこかでこの事態を面白がっている自分がいた。
そこまで言うなら、見せてもらいましょう。


私は彼の言って寄越した情報を「最優先」と指示して集めさせ、瞬く間に送りつけてやった。

評価するには時期が早い・・・と、遠慮する気持ちは消えうせていた。
これで成果をだせなかったら、もちろん問責する。あれだけ大口をたたいたんだから。

だけど、結局その後も、私に彼を叱り飛ばす機会が訪れることはなかった・・・・・。
不思議なことに、この青白い学者のような素人指揮官は、その後もずっと百戦錬磨の無法者どもを相手に手品のように連勝を繰り返してみせたから・・・・。。


私の問いに答えて、彼は自分の考えを少しずつ語り始めた。

『極めて簡単なことです。私はルールに従って決まったことを繰り返しているだけなんです。正確なデータさえあれば、誰でも同じ方法で、同じくらいの勝率をあげることができます。
単純に言えば、敵わないと分かった瞬間に、戦わずに逃げるのです。
勝敗は戦闘の前に決まっています。要はデータの正確さと逃げ道を確保できる距離を保つ見極めだけなのです。
機体の大きさ、材質、速度、周辺の気流、気流に対しての喫水線の位置、まずそれらのデーターを集めて計算します。極端に重ければ火器を大量に積んだ軍用船か輸送船です。この場合速度が速い相手なら、戦わずに逃げます。速度が遅ければ、多少頑丈な船でも距離があれば一度は攻撃することが可能です。うまくダメージが与えられれば戦闘継続、だめなら全速力で逃げます。
重量の軽い船なら周囲を探索し、周辺に戦力がないのが確認できれば戦闘を開始できます。周辺を数に任せて包囲して、小規模な攻撃を加え、うまくすればこちらはダメージ無しで降伏させることが出来ます。
機体の重量が中程度の時はいくつかヴァリエーションがあって・・・・』

チャートを作りましょうか?というヨカナーンの申し出を私は苦笑いとともに断った。

彼の言葉にはたったひとつ大きな間違いがあった。
誰でもできることじゃない。彼の頭の中にはあらゆる状況に対応するためのすさまじい数の条件がケーシングされているのだろう。それを咄嗟に引っ張り出して判断するなんて芸当は、だれにでもできるものじゃない。


ヨカナーン・・・・・。

知れば知るほど、彼は不思議な人物だった。


研修期間の1ヶ月はそろそろ過ぎようとしていた。
そろそろ彼を召還するべきだろう。

彼と会って・・・話してみたい。

私は、そう思い始めていた。


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