<桜の花びらよりも・・・・1>
『今年も海外部恒例のお花見大会が催されることとなりました。
4月3日午後6時開始。西棟中庭にて。雨天中止です。
みなさまふるってご参加ください!』
そんな社内メールが送られてきたのは、3月半ばのことだった。
「お花見だって・・・アンジェはどうする?もちろん参加よね?」
同僚に声をかけられて、私は曖昧にうなずいた。
――― ルヴァ先輩・・・来るのかな?
まっ先に頭に浮かんだのは、そのことだった。
同じ海外部でも先輩のいる調査課と私のいる一課では部屋が廊下の端から端くらい離れている。日ごろは話す機会どころか、すれ違うことすらめったにない。
あんなふうに出会えたことだって、本当に奇跡みたいな偶然だったんだから・・・・・。
だけど、部のお花見だったら・・・・・
もしかしたら、また、逢えるかもしれない・・・・・。

初めて先輩に会ったのは去年の夏のことだった。
その日私はたったひとり深夜のオフィスで残業をしていた。
朝から妙にトラブル続きで、翌日の朝一で使う会議資料に着手できたのは定時をとっくに過ぎてからだった。それでも必死になって資料をかき集めてレイアウトを終えた私がようやく顔を上げると・・・・・
賑やかだった室内はすっかり人気がなくなっていて、壁の時計は11時をとっくに回っていた。
まずい!電車が無くなっちゃう!
私は慌てて、完成したばかりの資料をプリンタにかけた。
ところが・・・・こんなときに限ってプリンタが絶不調で・・・・・・!
ひとりで悪戦苦闘していると、不意に背後で 『コンコン』 と軽く壁をたたく音がした。
振り向くと、入り口の開け放たれたドアのところに、見知らぬ長身の男性社員が立っていた。
「・・・・あなたひとりですか?」
ブルーの髪をしたその人は、首をかしげて私にたずねた。
「はい。・・・その・・・・そうみたいです。」
私は戸惑いながら答えた。
「大丈夫ですか?そろそろ終電ですよ・・・?」
「はい・・・その・・・・多分・・・・」
多分、駄目だろうな・・・・と、私はあきらめていた。この調子じゃまだ当分終わりそうにない。
その人は私を見てまたちょっと首を傾げたかと思うと・・・いきなり手にしたかばんを入り口のデスクに置いて、室内に入ってきた。
「手伝いますよ。・・・・何をすればいいですかー?」
「いえ!・・・そんな!・・・大丈夫です!一人でできますから!」
私は慌てて両手を振った。そんな・・・・初対面の人に、しかも終電ぎりぎりのこんな時間に手伝ってもらうわけになんかいかない。
だけどその人はお構いなしに、「駄目ですよ。女の子ひとり、こんな時間においておけますか・・・・?」
そう言いながらつかつかと私のデスクに歩み寄って来ると、ひょいとモニターを覗き込んだ。
「・・・・ この資料を作ってるんですか?」
「 はい・・・。あの、後印刷して製本するだけなんですけど、プリンターの調子が悪くて・・・・・。」
「じゃあ、私の部屋で出してきてあげますよ。データを社内サーバーの私のフォルダに上げていただけますか?調査課の下の『LUVA』ってフォルダです。L、U、V、A、です。
すぐ持ってきますから、あなたはすぐ帰れるように支度しておいてくださいね。」
そういいながらさっさと部屋を出て行ったかと思うと、・・・・・本当に十数分でその人は刷り上ってきちんと製本された人数分の資料を持って戻ってきた。
「すごっ・・・早い・・・・。」
まごまごしていた私とは雲泥の差だった。
目を丸くしていると、その人はおかしそうにくすっと笑って言った。
「最近デジタル化されてきたとはいえ、調査課は社内で一番紙の多い部署ですからね。こういう機材は揃ってるんですよ。・・・・さぁ、これでもう帰れますね。」
結局、電車はもう終わっていた。
私はその日、見知らぬ先輩社員にタクシーで家まで送ってもらうことになった。
タクシーの中で、その先輩社員は心配そうに私に話しかけてきた。
「毎日こんなに遅いんですか?」
「あっ・・・いえ、こんなに遅くなったのは初めてです」
「そうですか・・・・あんまり無理しないでくださいね。頑張りすぎて体を壊したりしたら素も子もないですからねー。」
「はいっ!あっ、・・・でも大丈夫です!私体はすっごく丈夫だし、失敗ばっかりしちゃうんですけど仕事は好きですから!」
私の言葉にその人はゆっくり微笑むと、ポケットから名刺入れを出して私に一枚くれた。
「何か困ったり、資料が必要なときは言ってください。調べ物は専門ですから、ちょっとは役に立てるかもしれません。」
「はい。有難うございます・・・・・。 」
私は、受け取った名刺を、大事に手帳の間にしまった・・・・・・・。
翌朝、私はもらった名刺のアドレスにお詫びとお礼のメールを入れた。
ルヴァ先輩からは「気にしないでくださいねー」という、あの優しい口調の返事が届いた。
それからも、どうしても分からないことやアドバイスが欲しいことがあると、たまにメールでルヴァ先輩に相談したりしている。
全然関係ない部署なのに悪いな・・・とは思うんだけど・・・・。
ルヴァ先輩の説明はとても明快で分かりやすかったし、私の質問に対していつも役に立ちそうなサイトのURLをリストにして山のようにたくさん送ってくれた。
メールの最後にはいつもさりげなくて温かい励ましの言葉が添えられていて・・・・
本当は、その言葉が聞きたくてメールしてるのかもしれない・・・・
もう一度、あの優しい声を聞きたくて・・・・・・
友達に社内合コンに誘われた時に、私は思い切って聞いてみた。
「ねぇ、調査課の人も・・来る?」
「・・・・調査課ぁ?」
友人は聞くなり『もってのほか』と言わんばかりに手を振った。
「呼ぶわけないって!あの課はねぇ、はっきりいってアウト・オブ・ザ・眼中よ!あそこはね・・・『穴倉』って呼ばれてるの。完全に出世コース外れた人が行くトコなんだから。」
「・・・・・・・・・・はぁ。」
確かにルヴァ先輩は(言っちゃ悪いけど)出世しそうなタイプには見えなかった。
穏やかで、人が良くて、面倒ごとを押し付けられて損ばっかりしてる・・・そんなタイプに見えた。
だけど、仕事はすごいのに。何を聞いてもあっという間に返事が来るし、いいアドバイスをくれるし、頭いいし、優しいし、・・・・あんなに素敵な人なのに・・・・・・。
部全体でのお花見・・・・
こんな機会を逃したら、今度はいつ会えるか分からない。
私は、勇気を振り絞って、ルヴァ先輩にメールを書いた。
『すみません。仕事の話じゃないんですけど・・・・・。
来月の部のお花見・・・・参加されますか?』
ルヴァ先輩からは、その日のうちに返事が来た。
『その日は朝から一日外出予定なんですけど、
早く終わったら、戻って顔だけ出そうかと思ってます。』
・・・・・・・また、会えるかもしれない。
メールの文面を見ながら、私は心臓の鼓動がどんどん加速して行くのを感じていた。
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桜の宴〜夢物語〜
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