Fly me to the moon!



「ゲーセン、行きてーか?」
そう聞いたらアイツは「きょとん」とした顔をした。

「ゲーセンって・・・・・・何ですか?」
「おもしれぇトコ。息抜きだよ、たまには。・・・行きてーか?」
俺の言葉にアイツは目ン玉まん丸に見開いたまんま、ウンウンって首を振ってうなずいた。
「じゃ、コンバン10時な。寮の裏手で待ってろ。」
「えっ?今夜?10時?・・・だって、寮の門限・・・」
「じゃな。」
俺は言いたいことだけ言うと、さっさとアイツに背を向けた。

何が門限だ・・・
んなもん気にしてたら二人っきりになれねーだろーが。
ココはとかく人目がうるさい。見てないよーで、誰かが見てて、あっという間にウワサになっちまうんだ。
俺は別にいーけど。・・別にやましいコトなんか何もねーし・・・。だけどオンナはやっぱり違うだろ?いろいろあんだろ?・・・・だから、ここじゃやっぱりダメなんだ。

返事聞かないままだったけど・・・・。
来んのかな、アイツ・・・。
なにしろクソ真面目なヤツだし・・・・正直、俺のコトどー思ってんのかも分かんねーし。


「まっ、別にいーけどよ」


言ったあとですぐに思った。

そんなのウソだ・・・・・・。

アイツ来なかったら俺・・・きっと、無茶苦茶落ち込むに違げーねーんだ。







夜9時半 ――― 結局30分も早く来ちまったら・・・・・・・・アイツがいた。

樫の木の下で、あちこちキョロキョロ見回しながら、アイツは落ち着かない様子で立っていた。

「よっ。」
なるべくヘーセーを装いながら、俺の心臓はまじでバクバクし始めてた。
・・・・なんだよコイツ。
ビーのヤツ・・・すげー近視のクセしてメガネもかけてなくて、いつもダボダボしたダセーパンツはいてんのが、その日に限ってチェックのミニスカなんかはいてやがった。

―――脚、きれーじゃん。

まず、それに驚いた。
なんだよ、隠すコトねーじゃん。バカだな、自信ねーのかよ。ホントにバカなやつだよな・・・。

そー思いながら、どっかでかなり安心してる俺がいた。
こんなん見せびらかして歩かれたらヤバイよな。
ケッコウ目立つもんな・・・それはまずい。

「・・・・乗れよ」
エアバイクの後部座席を顎で示すと、ビーはおっかなびっくりの様子で後ろに乗り込んだ。
「捉まれ。」
「はっ・・はい。」
「・・・じゃなくてよ、」
おどおどしてるアイツの手を引っつかむと、オレは無理やりそれをしっかりとオレの腰に巻きつけるように握らせた。
「・・・んなんじゃ、振り落とされんぞ・・・・こうだよ。」




いつもの遊び場にたどり着いて、
町で一番でっかいゲーセンの前に立つと、尻込みしてるアイツの手を引いて、俺はどんどん中に入っていった。

ゲーム機の前に立つと、あいつはビビリまくって首を横に振った。
「ダメ、無理、できない・・・全然分かんない。あたし、文系だし・・・・。」
「文系って・・・カンケーあんのかよ、それが?」オレは呆れて肩をすくめた。
「ムツカシくねーって、こんなの・・・・・やってみろよ。」

マジかよ・・・・・

始めてすぐに、オレは舌を巻いた。
初心者なのは丸分かりだったけど、コイツの小刻みなセコいハンドル操作は、妙にこのゲーム機に合っていた。
あっという間にオレは本気になった。コイツに抜かされるわけにはいかねーもんな。

何とかビーを振り切ってランキング1位でゴールすると、恐れ入ったことに、ビーも当日の5位だった。
ホント初めてかよ?信じらんね。

「おめーさ、運転とかすんのか?」
オレの質問に、ビーは驚いたように首を横に振った。
「ううん。自転車しか乗れないよ。だって免許ないもん。」




ゲーセンを出た後で、俺は当たり前のようにビーを行きつけのクラブに連れてった。
引くかな、と思ったら、ワリとそうでもなくて、こいつは素直に薄暗い地下の店についてきた。
ビーは不器用そうにステップを踏み始めて、・・・そのステップが段々熱っぽいものに変わっていった。

骨太な四つ打ちがズンズン響いてる。
ミラーボールの陰影が、小柄な体のラインをくっきり映し出す。
ピンクのタイトなTシャツの腰は、はっきりとくびれてた。
ツンと反り上がった胸の形は、胴が痩せてるだけに妙にエロく見えた。

キスしたい・・・。
なんか無性に、そう思った。こいつとキスしたい。思い切り。

したってイイんじゃねーか?
だって、メチャクチャそーゆーシチュエーションだし・・・
イヤなら付いてこねーだろ?・・・付いてきたってことはイヤじゃねーってことだろ?


「・・・・・・・・・」
やばい・・・・このままじゃオレ、何かしそうだ。
「飲みモン買ってくる・・・」
踊ってるビーをつついて、耳元でそれだけ言うと、俺はカウンターに向かってビーに背を向けた。
ちょっと腕に触れて、耳に口を寄せただけなのに・・・・それだけで俺はなんか焼け付きそうに息苦しくなってた。
なんか、したいんだ、オレは。
アイツに近づきたいんだ、ちょっとでも。

ギリギリまで悩んで、俺は結局ミネラルウォーターのボトルを1本だけ買った。
アイツにやって、途中でなんか言って取り上げる・・・それで・・・・
   
すげぇ、回りくどい・・・・。しかもカッコ悪りぃ。
自分でもそう思うけど、でも他に方法ねーもんな。
切り出すタイミングが難しーけど、でもそこは何とか・・・・・


戻ってみると、赤毛のオトコがしきりとビーに話しかけてるところだった。
ビーは明らかに怯えて、嫌がっている。
そいつがビーの腕をもろに掴んでんのを見て、俺は一気に逆上した。

「俺のツレに何か用かよ?」
驚いたツラで振り返ったそいつの正面から、俺は買って来たばかりのミネラルウォーターを思いっきり浴びせかけた。
「触ってんじゃねーよ!」
そのままぶん殴ろうとした俺の腕を、慌てたようにビーが掴んだ。

「やめてっ・・・ゼフェル様」
「ふざけんな!こいつに指一本触れてみろ、オレが・・・・」
「だめ、・・・駄目だったらっ、・・・・・行こう・・ね?もう行こう?」



引きずられるように店を出て駐車場に来ると、オレは思わず苛立ちをそのまんまビーにぶつけていた。

「オメーが悪いんだろ?そんなチャラチャラ脚出したカッコして、誰に話しかけられてもガキみてーにアイソ振りまいてっから!」


怒鳴った後で、俺は速攻で後悔した。
・・・泣かしちまった
ビーは俯いて、ぼろぼろと泣き出した。

俺のバカ・・・何やってんだ。
コイツのせいじゃないのは分りきってた。

謝れ・・・早く謝っちまえ・・・

悪いのは俺なんだから謝るのがアタリマエなんだけど、習い性っていうのか、俺の口からは「ごめん」のひと言が何としても出てこなかった。


「・・・ゴメンなさい・・・。」

逆にアイツの方が涙をぬぐいながら頭を下げた。
「せっかく誘ってくれたのに、ゴメンなさい。」


「・・・・帰るぞ」


俺は黙って、エアバイクにまたがった。


ダメだ。俺はもうゼンゼン、駄目だ。
八つ当たりして、あいつ泣かせて、泣かせた自分の方が泣きたくなってるなんて、せわねーや。


エアバイクが浮上しても、あいつはぐずぐずと泣き続けていた。
捉まってる腕が震えてて、何とも頼りない。

「あぶねーだろ?ちゃんとつかまって・・・・」

引き寄せた手の指先に
ちょこんとはまった指輪を見て俺は絶句した。



プルタブで出来た、安っぽいリング。それは・・・・・・



やばい、まじでやばい・・・
心臓が炸裂しそうだった。
息が苦しい


「ビー、・・・ごめんっ!」

「・・・・・・・はい?」

窒息しそうになりながら、俺は怒鳴った。

「・・・・・・悪りぃ!ごめん!」

「何が?・・・ですか?」

「明日もスカートで来いよな?」

「・・・自分がダメだって言ったんじゃない・・・」

少しだけ恨みがまし気な口調で、ビーが答えた。


「だからっ!・・・ごめん!」



エアバイクがこいつの寮の上に差し掛かると、俺はもう一回ハンドルを切った。
2周目だった。エアバイクはまた意味もなく王立研究院の方角に向かっていた。






-Fin-


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