02.親子

<Angelique>


「ねぇ、・・お父さん、どこ?」

・・・まったく一日に何回この言葉を聞かされることか・・・。

お互いにぎこちなく遠慮がちにしていたのは最初の一週間くらいのことだった。ユーリはあっという間にルヴァになついて猛烈な甘ったれぶりを発揮しだした。
それと同時に主星にいた頃じゃ考えられないくらい活発になってきた。寝ているルヴァをプロレス技で起こそうとするし、市街地の子達のサッカーチームに入れてもらったとやらで、毎日膝やら肘やら血まみれになるくらい擦りむいて、服も「どうやったらこうなるの?」と思うくらい凄まじく泥だらけにして帰ってくるし、午後は午後で大人しく本でも読んでるのかと思えば、読みたい本を全部ルヴァの書斎に持ち込んで
「ねぇ、お父さん、これってどういうこと?」
「お父さん、僕、これがどうしても分からないんだけど・・・」
「お父さん、これなんて読むの?」
と、仕事中の父親を質問攻めに合わせている始末・・・・。
たまりかねたルヴァが
「いい加減にしなさい、ユーリ。そのくらいのことなら、自分で調べられるでしょう?親を辞書代わりにするんじゃありません。」
そう叱り付けても、本人はどこ吹く風で
「だって、僕・・・お父さんに教えて欲しいんだよ」
真顔でそんな返答を返してルヴァを絶句させているのは天晴れというものだった。
つまり自分で調べられるなんてことは本人も百も承知で、ただユーリはルヴァに質問したいだけなのだ。自分の父親が稀に見る物知りで、何を聞いてもたちどころに答えてしまう、・・・・そのことを確認して満足しているだけなのだった。


母親失格ね・・・・。
私はちょっぴり反省してた。私はこれまでいったいあの子の何を見てきたんだろう・・・。
これまであの子のことを物分りのいい、大人びた子だと思ってきたけど、それはあの子の本質じゃなくて、つまりあの子は我慢してたらしい。女手ひとつで子育てしてる母親を思って、子供ながらに精一杯の背伸びをしてたんだと、今にしてやっと気が付いた。
本当に父親の存在は偉大だと思う。
ルヴァはユーリのことを遠慮なく叱るし、ユーリもルヴァには真っ直ぐに子供らしい感情をぶつけてゆく。その姿を見ていると、本当に良かったと思う。

帰ってきてくれてよかった。
また一緒に暮らせて、本当によかった・・・・。


だけど時には腕白ぶりが度を越して、たいへんな騒ぎを引き起こすこともあった。
何を思ったのか地下の書庫でドリブルの練習を始めて(確かにあそこは入り組んでるし、やりたくなる気持ちは分からないでもないんだけど・・・)、書架を1台ひっくり返した時には、それはもう大騒ぎになった。
あのときのルヴァの怒ったことといったら・・・・泣きじゃくるユーリを書庫から引きずり出して、「少しは反省なさい」と言って、表の桜の木に縛り付けてしまった。
そうしておいてルヴァはその日の仕事を放り出して一日中書庫にこもって本棚を全部背中合わせに板を渡して倒れないように釘で固定してしまった。
高価な書架が見るも無残に穴だらけになって、ついでに慣れないことをしたルヴァの指先も絆創膏だらけになった。


「・・・終わったの?」
夕方になって大工道具を手に書庫から出てきたルヴァに声をかけると、ルヴァは相変わらず不機嫌そうだった。

「まったく・・・油断もすきもあったものじゃない・・・・この間ゼフェルの真似をして表の木から二階に上がろうとした時も背筋が凍りそうになりましたけど・・・どうしてまぁ親の言うことも聞かずに次から次へとくだらないことばかりしでかすんでしょうねぇ・・・・・・・・・・・何を笑ってるんですか?」
「そうねぇ・・・でも、子供ってそんなものじゃない?あなたも子供の頃は表の木に縛られたことくらいあるんでしょ?」
「・・・・・・・砂漠に木なんか生えてるわけがないでしょう?」

(・・・・・あるんだ・・・・。)
言い返しながらも、一瞬顔が赤くなったところを見ると、どうやらそれに近いことはあったらしい。
私は噴出しそうになるのをこらえて「そうよね」とうなずいた。
「・・・でもね、もう許してあげてもいいでしょう?そろそろ晩御飯の時間だし・・・」
「食事?・・・今日は抜きですよ、あの子は・・・」
「あらあら・・」
「笑い事じゃないですよ。重い本棚が倒れてきて頭でも打ったら、子供の柔らかい頭蓋骨なんかそれだけで一巻の終わりですよ。家の中だって危ないことはいっぱいあるんですから、ちゃんと教えておかないと。・・・あなたも甘やかさないでくださいね。」
「 はいはい。・・・・ルヴァ・・どこに行くの?・・・もう晩御飯よ。」
「・・・・要りません。」

「・・・・まったく・・・・。」
階段を上っていく背中を肩をすくめて見送ると、私はそろそろ薄暗くなってきた庭に出た。
くだんのやんちゃ坊主は観念したようで、所在なさそうに桜の幹に寄りかかってつま先で小石を弾いていた。
「・・・お疲れ様。」
そう言って、ひもをほどいてあげたらユーリは跡がついた腕の辺をさすりながら
「あー足がくたびれたー。」と、悪びれた様子も見せず大きく伸びをした。
「・・・お父さんは?怒ってる?」
「当ったり前じゃない。怒ってるわよぉ・・・。」
「ふぅん・・・。」
ちょっと考え込むように口を尖らせたかと思うと、ユーリはすぐに嬉しそうな笑顔になった。
「お父さん、本当は怒ってるんじゃないんだよ。」
「どうして?」
「だってお父さん「死んじゃったらどうするんですか?」って言ってたよ。僕が死んだら困るんだよ。心配してるんだよ。」
私は思わず噴出しそうになりながら、この懲りない腕白坊主のおでこをこづいた。
「そこまで分かってるなら、もう心配かけるんじゃないのよ。」
「はぁい。」
「どこ行くの?」
「お父さんとこ・・・謝ってくる!」

「・・・まったく・・・本当に・・・」
私は笑いながらキッチンに戻ると、寂しげに食卓を片付けだしている執事さんに声をかけた。
「すみませんけど、もう一回お味噌汁温めてもらえますか?・・・二人ともすぐに降りてくると思いますから・・・・。」





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