<風のライオン1>-Vivian

冴え渡るような青空が広がっていた。

私は小さな工具店の店先で長いこと途方に暮れて立ち尽くしていた。
大事にしているオルゴールのネジの片羽が折れてしまって、何か替わりになるものはないかと探しに来たんだけれど・・・・とても私には探せそうになかった。

圧倒されそうな部品の量。色も形もさまざまなものすごい種類のパーツ類が、床といい棚といい雑然と並べ立てられている。そのほとんどが私が見たこともないような、何に使うのか見当もつかないようなものばかりだった。たった一人の店員さんはさっきから別なお客さんとずっと話し込んでいて、当分手が空きそうにない・・・・。

・・・・出直してこようかな・・・・

あきらめて立ち去りかけたその時に

「なんだよ・・・探せねーのか?」
肩越しに声がした。

びっくりして振り向くと、すぐ後ろにちょうど私と同じくらいの年頃の男の子が立っていた。銀色の硬そうな髪が空を向いて立っている。ドキッとするくらいはっきりとした赤い瞳。

「差し込み式のネジか・・・」
その人は断りもなしに私の手からオルゴールを取り上げると、あっけに取られている私にお構いなしに、裏返したり、蓋を開けたり、オルゴールをひねくり回し始めた。

「年代モンだな・・・。細工が凝ってんなー・・・。」
「あの・・・」
(返してください)、 という前に、その人は私の手に「ほらよ」と、オルゴールを押し戻し、そのままかがみこんで足元のバケツを引っ掻き回し始めた。
「1個15デリル」と値段の書かれたバケツの中には、古いパーツがふちまで詰め込まれている。その中からその人は、赤錆だらけのネジを一つつまみあげた。
「・・・これだな。」

15デリルなんてボトル飲料1本も買えない値段だった。
(そんな安物じゃなくても・・・・)
いいかけた私をその人はじろりと横目で睨んだ。
「15デリル!さっさと払え!そこのカン!」
「はっ・・・はい。」
私はとっさに財布を開けると、バケツの傍らに置かれたカンにコインを放り込んだ。


「親父、サンドペーパー借りるぜ!後この辺の塗料な!」
奥に向かってどなると、その人はさっさと部品棚の隅に置かれた使い古しのサンドペーパーを手にとって赤錆だらけのネジを磨き始めた。
男の子にしては細くて長い指がなめらかに動くにつれて、赤錆の下から銀色の輝きが魔法のように姿を現した。
やすりをかけおわると、その人はネジを丁寧に布で拭いて、その上からラッカーみたいな塗料を塗って、ご丁寧にもドライヤーを当てて乾かした。

新品同然になったネジを摘み上げると、その人は無造作に私の手のひらに押し込んだ。
「外側だけじゃわかんねーモンだろ?中はキレイだししっかりしてるぜ。」

あてがってみると、ネジは本体のネジ穴に計ったようにピタリと収まった。
シンプルな銀の光沢は、アンティークなオルゴール本体の雰囲気ともぴったり合っていた。

「あの・・・有り難う・・・・!」
感極まってかけたことばに、その人はついと視線をそらして
「・・・別に・・・」と、ぶっきらぼうに答えた。

「有り難う」って言って、「別に」なんて言い返されたのは初めてだった。
言葉が続かずに戸惑っていると、ふいにその人のポケットから「ピーッ」という電子音がした。

「うぁ、やっべぇ!もうこんな時間かっ!」
その人は慌てたようにくるりときびすを返すと、停めてあった白いバイクに飛び乗った。


声をかける隙もあらばこそ・・・・・
その人の姿は、 バイクの爆音と共にあっと言う間に見えなくなってしまった。


なんなんだろう・・・・。
それは不思議な感覚だった。
今までにこんな人、会ったことも見たこともない。
ものすごく親切で、ものすごくつっけんどんで・・・・・

去り際のその人の姿が、もう一度目の中に浮かび上がった。
ほんのわずかな時間だったのに、鮮やかなその姿は、くっきりと私の脳裏に刻み込まれていた。

風が硬そうな銀色の髪を揺らしていた。
瞳は燃えるような赤だった。


ライオンみたい・・・・。


唐突に、そう思った。

初めてあったその人の印象は
まるで、群れをはぐれたライオンみたいだった。



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