<風のライオン6>-Vivian

事件が起きたのはプロジェクト発足後3ヶ月目のこと、土の曜日の未明だった。

朝起きてテレビのスイッチを入れた瞬間、緊急ニュースの画面が目の前に飛び込んできた。

『リアンで王立軍のミサイルが誤動作。エンデュオンの首都ティアツゥイを直撃。
被害は数千人を下らぬ模様。現在火災やビルの崩落による二次災害も拡大中 』


―――!!・・・どうして・・・?


私はそのニュースに凍りついたように棒立ちになっていた。

ミサイル発射のトラップはとっくに見つかって修正されてたはずだった。
ロイのパートだった。テストも確実に終わってた。

とにかく・・・ゼフェル様に知らせなきゃ・・・・。

私は震える手で携帯のボタンを押した。


・・・・・返事がない。

しばらく呼び出し音が繰り返された後、一度つながったかのように思えた電話は、プツンと向こうから切られてしまった。


こんなこと初めてだった。
電話はいつだってすぐにつながった。
守護聖様たちの会議中の時ですら、ゼフェル様はたとえ「かけ直す」のひと言だけでも必ず電話に出てくれた。

私は慌てて寝巻きを着替えると、表へ飛び出した。



早朝だというのに、町もうわさで溢れかえっていた。

「基幹システムのバグだってよ・・・・」
「何だってそんなことに?」
「研究院は何をやってたんだろうね?」
「・・・それが、今回の件は鋼の守護聖様が・・・・」


大声では言わないけれど、聞こえてくるうわさはみんなゼフェル様を責めているみたいだった。
研究院に任せておけばいいものを興味本位でゼフェル様が割り込んで、子供の火遊びがとんだ大惨事を引き起こした・・・・・だいたいがそんな話になってるみたいだった。


誰が何と言おうと構わない。
どうせこの人たちには本当のことは何一つ分かってない。
そんなことよりも・・・・・。


ゼフェル様・・・・・

私は通いなれた鋼の守護聖邸に続く坂道を一気に駆け上っていった。



見慣れたドアの前・・・・・
少しためらった後、私は思い切ってドアをノックした。



「入ってくんじゃねー」



聞いたこともないくらい、とげとげしい声がした。

どうしよう・・・・。
つらいに決まってる。私がどうこう言ってなぐさめられるような問題じゃない。そっとしておいてあげたほうがいいのかもしれない。だけど・・・・だけど・・・・・・。


私は思い切ってドアを開けた。


部屋の中はカーテンが閉まったまんまで真っ暗だった。
ゼフェル様は暗がりの中、奥の壁にもたれるように床に座って天井を睨んでた。
部屋中はめちゃくちゃだった。
椅子がひっくり返って、床中にプログラム・ソースのプリントが散乱してる。
ミネラルウォーターのボトルが横倒しになって、その上に大きな水溜りを作ってた。


「・・・ったく・・・何しに来たんだよ。デリカシーのねー女だな・・・。」
ゼフェル様は私のほうを振り返りもせずに、天井を眺めたまんまかすれた声で言った。


かける言葉が見つからない。
用意してきた慰めや励ましの言葉は、頭の中から全部すっ飛んでしまった。
コトバなんかじゃどうにもできない。
何にもできない・・・・してあげられない。


二人してしばらく黙りこくった後で、
「あー、めんどくせぇ・・・・。」
座ったまんま、だるそうにゼフェル様が両腕を伸ばした。

「だいたい無理に決まってんだよな・・・・。俺、元々プログラマーじゃねえんだし・・・・ゲームしか触ったことねぇし・・・・・。アイツみてーに頭いいわけじゃねぇし・・・・いつかこーなるって分かりきってたんだよな・・・・。」
「ゼフェル様・・・・・」
「もし、俺が手ぇ出さなかったら・・・研究院の連中、もっとまじでやったのかな?そしたら・・・ひょっとしたら、あいつらの方が上手くやってたかもしんねーよな?」


それはゼフェル様の本音だったんだと思う。
確かに最初っから無理なプロジェクトだった。難易度は高いし、人も時間も全然足りない。だけど誰も無理だとも止めようとも言い出さなかったのは、ゼフェル様の姿に迷いがなかったからだった。まっしぐらに進んでく彼に無我夢中でついていくのが精いっぱいで、みんな不安も迷いも感じてるヒマさえなかった。
だけど、ゼフェル様自身はどうだったんだろう・・・・。
不安だったに決まってる。迷ったに決まってる。真夜中まで作業しながら、ひとりぼっちで不安や焦りと戦ってたに違いない。


「・・・・これまでの仕様書、まとまってるよな?」

ゼフェル様がポツンと口にした言葉に、私は飛び上がりそうになった。

「仕様書を・・・・どうするつもりなんですか?」
「今日、研究院に持ってく・・・・」
「持って行って、・・・持って行って、どうするんですか?」
「っせーな・・おめーの知ったことかよ」
「・・・・・・・・・・・」


プロジェクトを止めるつもりなんだ。
決して簡単に投げ出そうとしてるわけじゃないというのは分かる。
自分の守護聖としての立場や私達のことや・・・いろいろ考えた上の結論なんだろう・・・・。
確かに、これ以上続けたところで私達の誰も責任なんか取れない。一つもトラップも見過ごさないなんてそんな保証誰出来るわけもない。それを全部ゼフェル様に押し付けるわけにはいかない。
だけど・・・・。

目が回りそうだった。心臓が窒息しそうなくらいドキドキしてる。
だけど止まらない。私はゼフェル様に向き直ると、拳を握り締めて叫んだ。

「プロジェクト止めるなんて、駄目です!そんなこと、私が許さない!」
「何千人も死人が出てんだぞ!このまんまで済むと思ってんのかよ!」
「その前に何万人、何千万人救えてるかも知れないでしょう?これからだって守らなきゃいけないんでしょう?絶対守らなきゃならないものがあるって・・・人任せにできないって、ゼフェル様、そう言ったじゃないですか・・・・・。止めちゃ駄目です!絶対後悔します!」
「研究院にできるわけがない!できるんだったら、どうして毎回私たちのプログラムが採用されるんですか?組織が大きすぎて無理なんですよ。仕様を決めるところと現場が離れちゃってるし、責任を分散させるために何人もの承認が必要で・・・・そんなことやってるうちにあちこちでバクダンが破裂してみんな死んじゃいますよ?分かってるのに投げ出すなんて、卑怯者のすることじゃないんですか?」
「ゼフェル様、これは仕事じゃなくってケンカだって言いましたよね?ケンカって一回殴られたら負けですか?ボコボコにされたって、『参った』って言うまでは負けじゃないでしょう?自分から先に言っちゃうんですか?そんなの相手より先に自分に負けてませんか?」
「いいじゃないですか、プロじゃなくったって。ロイだってスティンだって、すごいプログラマーだって研究院で言われてます。それが研究院の仕事放り出してゼフェル様についてくって言ってるんです。ティトだって、研究院では駄目なヤツだって言われてたけど、最近すごく力がついたってみんなに見直されてやる気を出してるんです。私だって・・・・弱虫だったけど・・・・・だけどゼフェル様が「任せた」って言うから・・・・・・そう言ってくれたから・・・・だから研究院でどんなに意地悪されたって、絶対負けるもんかって・・・・」

「他の人になんかできっこない!あなたがやるんです!最後まで責任持ってください!・・・私たちが・・・・私が支えますから・・・・」

堰を切ったように後から後から言葉が溢れてきた。一緒に涙まで溢れ出してきた。私はほとんど泣きじゃくりながら叫んでた。最後はこみ上げてくる嗚咽で言葉が続かなくなってしまって・・・・私はぺたりとその場に座り込むと両手で顔を覆ってしまった。




「ったく・・・・・よっくしゃべるオンナだな・・・・・。」

いつの間にか目の前にゼフェル様が立っていた。


「おめー、泣きすぎだっつーの。眼鏡がずり落ちてんぞ・・・ティッシュ要るか?」
「・・・・ください。」
伸ばした手の先に、にゅっと目の前にティッシュの箱が突き出され、受け取った私は盛大に鼻をかんだ。



「カーテン、開けるぞ」

声がして、シャッという音と共に眩しい日差しが室内に差し込んできた。
私は思わず窓のほうに顔を向けた。

明るい日差しの下で見る、ゼフェル様の顔色はサイアクだった。徹夜が三晩続いた後みたいな顔色だった。
だけど、窓の外を睨みつけるように見ているその横顔を見ていて、私はふと初めて部品屋の店先で会ったときのことを思い出した。
キラキラ光る、ライオンみたいな目・・・・。
草原の中、たった一人で顔をあげてるライオンの目・・・・・。


「悪りぃ・・・そこの缶、とってくれるか?」
ふいに振り向くとゼフェル様は私に向かって言った。
私は足元に転がっている飲料水の缶を拾い上げると、ゼフェル様に渡した。

受け取ったゼフェル様はものも言わずに缶のプルトップを引きちぎった。
飲むのかと思ったら、ゼフェル様は缶の方には見向きもせずに、ちぎったプルトップを手にいきなり作業台に腰を下ろした。

ジーッという歯車の音が聞こえる。
ゼフェル様はしばらくルーペを覗き込みながら真剣な表情で加工台の上のプルトップを動かしていたかと思うと、いきなりスイッチを切って立ち上がった。

つかつかと歩み寄ってきたかと思うと。

「・・・・・えっ?」
いきなりゼフェル様が私の手を掴んで薬指になにか捻じ込んだ。
「・・・今は時間がねーけど、全部終わったらちゃんとしたやつ作ってやる!」
ぶっきらぼうに言い捨てると、ゼフェル様はくるりと背を向けてドアノブに手をかけた。
「ゼフェル様?・・・どっ・・・どこへ?」

「ロイんとこ。・・・あいつきっとへこんでるに違いねーからな。ジュリアスのヤローにも話しとかなきゃなんねーしよ。・・・・ったく、へこんでる場合じゃねーんだよな・・・・。」

「あっ、ゼっ・・ゼフェルさま?」
言うだけ言うと、ゼフェルさまは逃げるように飛び出して行ってしまった。

窓の下でバイクの音が遠ざかっていった。
私は呆然として薬指にささった銀色のプルトップを眺めていた。



私は恐る恐るさっきゼフェル様が座っていた作業台に腰を下ろした。
精密彫刻の加工盤の下にプルタブのリングを押し込んで、レンズを覗き込む。倍率を拡大していくと、そこには右肩上がりの独特の字体で、何か文字が刻まれていた。



――― 「ダイスキダ」



「やだ・・・・もう・・・・」

加工台の上に水滴が滴り落ちた。
やっと止まったと思った涙が、また溢れ出してきた。


「何なのよ・・・これ・・・?」


たった5文字じゃ短すぎる。
これじゃ仲間だから「大好き」なのか、もっと他の意味なのか分からないじゃない・・・・。
分からなくて、私が拡大解釈しちゃったらどうするつもりなのよ・・・・?


どっちみち、もう止まらなかった。
私はあの人に何かしてあげたくてたまらない。
頭の中のど真ん中にあの人がいて、他の事なんかもう考えられない・・・・。


リングに彫られた文字をもっともっと眺めていたいのに、涙で目を開けてることすらできなくなってた。

椅子の背中にはまだあの人のぬくもりが残っていた。



-FIN-




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