<風のライオン5>-Vivian 基本的に研究院の仕事が免除されるわけじゃないから、プロジェクトの仕事は通常の業務時間が終わってから始まる。 毎日みんなにメールして、なるべく顔も合わせて、必要なものを予算内に収めるように手配して、テストの部屋を借りて、機材を準備して・・・・。 スケジュールは毎日のように変更された。その偽守護聖が仕掛けたトラップとやらが後から後から発見されるものだから、見つけた先から処理を片っ端からスケジュールの中に組み込んでいくんだけど・・・なんだかやってもやってもキリがないように思えた。 彼は・・・・ゼフェル様は、メールすると必ず返事をくれた。夜中でも明け方でも必ず30分以内には返事が来た。 困ったことがあって相談のメールをしたら、返事より先に本人が来たこともある。いきなり夜中に窓を叩かれた時には本当ビックリした。 ゼフェル様はすごく決断が早くって、やることにためらいが無かった。クセのあるメンバー達の言うことにいちいち真剣に耳を傾けていたし、いい意見はあっと言う間に採用された。 研究院とは全然違う・・・・・ものすごいスピード感だった。 同じ作業を並行してやってるはずの研究院のプロジェクトは、いつも私たちの実証実験に追いつけなかった。 追いつけるはずがない。ゼフェル様を見てるとそう思う。だって、こんなに一生懸命働いてる人、他に見たことないもの。こんなに必死に頑張ってる人、研究院ではひとりも見たことがない。 研究院の中には毎回私たちの修正プログラムが採用されることを快く思ってない人もいて、機材の手配とかで意地悪されることもあった。ゼフェル様に言えばきっと何とかしてくれると分かってたけど、私は黙って、できるだけ自分で何とかしようと努力した。ゼフェル様はいつ寝てるのか分からない。私はとりあえずまだ楽なほうなんだから・・・。 そう・・・自分でも分かるくらい、私は最近変わってきていた。 昔だったら何でも反対されるとすぐにあきらめてたのに、今じゃ話を聞いてもらえるまで自分からは絶対あきらめたりはしなかった。昔の引っ込み思案だった自分が嘘みたいに、ミーティングの度に私は自分の意見を言った。ここでは私がどんなに的外れなことを言っても誰も笑ったり馬鹿にしたりしない。ゼフェル様は全部ちゃんと聞いて、私が勘違いしているところがあったらきちんと分かるように説明してくれた。 ゼフェル様は本当に私の作ったスケジュール表を見ながら作業をすすめていた。私は自分が任された仕事が思っていたよりずっと重大だってことを身にしみて感じてた。 「ゼフェル様?起きてます?進捗表更新したヤツもって来ましたけど・・・・」 ドアをノックすると、中から「おぅ」とも「うぉ」ともつかないうめき声が聞こえた。 時刻は正午。また徹夜だったんだ。私はため息をついて、それから遠慮なく鍵のかかってないドアを開けた。 ゼフェル様の私邸は、メンバーは既にみんな顔パスになっている。 中でも私はほとんど毎日来てた。毎日打ち合わせないと追いつかないくらい変更があるし、それに・・・・・。 「ゆうべ晩御飯は食べたんですか?朝は?・・・・もしかして、これが食事ですか?」 床の上に転がってる宇宙食みたいなカロリー補給食品の箱をつまみ上げる。 「っせーな。何食おうが勝手だろーが・・・・。」 再び頭の上まで毛布を引っ張り上げたゼフェル様を横目で見ながら、私は思いっきりカーテンを開いて窓を開けた。 「げっ・・・何しやがんだ、こいつ!」 「お弁当作ってきました。早く起きて食べてください。2時から17段階の実証実験ですから。その前に打ち合わせも要るでしょう?始まったら長いんだから何かおなかに入れておかなきゃ駄目ですよ・・・・」 「うっせーな。俺が何でオメーにメシの心配までされなきゃなんねーんだよ?オメーの仕事はスケジュール管理だろが?俺のプライベートまでがちゃがちゃ言うんじゃねー!」 最初の頃はこの剣幕が怖かったんだけど、最近はもう平気だった。怒鳴られても裏側に優しさが透けて見えてる。全然怖くなんか、ない。 私はまだ起きようとしないゼフェル様に向き直ると、負けじとがなりたてた。 「スケジュール管理だから言ってるんです!あなたが病気で倒れたら誰がこのプロジェクトをやってくんですか?食事しないなんて無責任です!私の言うこと聞くって言ったでしょう?早く起きて、早く食べて、早く仕事終わらせて、今日こそ早く寝てください!」 「くっそー!」 ゼフェル様は思いっきり不機嫌そうな顔をしながらベッドの上に座りなおすと、そのまんま弁当箱に手を伸ばした。 「ったくよー。寝起きで食えっかよ・・・・・。」 ぶつぶつ文句を言いながら、いつも全部食べてくれる。 「んで、今日は?何が変更になった?誰かなんか見つけたか?」 「ロイがバクダンを一つ見つけました。・・・これはすぐに片付くから予定通りで大丈夫だって。後、ティトが一つ・・・・こっちは1週間くらいかかりそうだって言ってました。」 「1週間か・・・イタイな・・・」 「今週は他のみんなも手一杯だし・・・・」 「よし、じゃあそれは俺が助っ人に入る。実験までまだ時間あんだろ?とりあえず行って話し聞いてくるわ。」 からっぽになった弁当箱を放り出すと、ゼフェル様は勢い良く立ち上がった。 「でも、ゼフェル様の作業もあさってがデッドラインですよ?」 「大丈夫だ。そっちは明日には終っから・・・。」 いつもこの調子だった。・・・・平気そうに言うんだけど、また睡眠時間を削ってやるつもりなんだというのは分かりきってた。 「だけど・・・・・・うっ!なっ!何してんですかっ!ゼフェルさまっ!」 目の前でいきなり部屋着を脱ぎだしたゼフェル様に、私は腰を抜かしそうになりながら、慌てて両手で目を押さえた。 「何って・・・おめーが早く食って早く出かけろって言ったんだろーが・・・・・」 「だっ・・だからって・・・・女の子の前で・・・・」 「おい、悪りぃ。ティトに連絡しといてくれるか?今行くから、出かけずに家で待ってろって・・・・。」 慌てふためく私を無視してゼフェル様はさっさと部屋に作りつけた洗面台に向かっていった。 盛大なうがいの声をバックにティトに電話をかけ終わったところにゼフェル様が戻ってきた。 まだ少し寝グセの残ったままの頭で私を振り返ると、ゼフェル様は少し怒ったような表情でテーブルの上の弁当箱を指差した。 「おめー、こんなもん作ってるヒマあったら、おめーこそ良く寝とけ。おめーが倒れたらそれこそ困るんだよ。何も回んなくなるだろーが。」 そのまんまドアに向かいかけたかと思うと、ゼフェル様はもう一度私のほうを振り向いた。 「実験、おめーも来るんだろ?」 「はい、もちろん。」 「そっか・・・」 短く言うと、今度こそゼフェル様はすっ飛ぶような勢いで部屋を飛び出していった。 あっと言う間に窓の下からバイクの爆音が聞こえる。 空になった弁当箱を包みながら、ふっとため息がこぼれる。 時々忘れそうになる・・・・あの人が守護聖様だってことを・・・・。 だって、とてもそんな風には見えない。ゼフェル様はどこから見ても普通の人だった。 すごく頑張りやで、すごくぶっきらぼうで、すごく優しくて・・・・だけどやっぱり普通の人だった。 本当に、普通の人だったらよかったのにな・・・・。 心から、そう思った。 |