《星降るように愛してよ-2》
翌日、執務室を訊ねてきたアンジェリークは赤く泣きはらした目をしていました。
「あの、昨日は、すみませんでした。」
硬い表情でぺこりと頭を下げたアンジェリークにわたくしはゆっくりと笑い返しました。
「いいえ・・・・・・夕べはちゃんと眠れましたか?」
「・・・・・・・・・・・」
黙り込んでしまったその表情を見れば答えは明らかでした。
「そうですか・・・・・・では、こちらにどうぞ。」
わたくしは立ち上がると、先に立ってアンジェリークを日当たりのいいテラスの方に誘いました。
「ハープを弾いて差し上げましょう。・・・・・良く眠れますよ。」
「え・・・そ、そんな。眠るだなんて!・・・・私、寝ちゃったことなんか、・・・に、二、三回しか・・・・・。」
言った後で慌てて口元を押さえて赤くなっている可愛らしい仕草に、わたくしは思わず微笑みました。
「よろしいのですよ。・・・・良い音楽とは人の心を心地よくさせるものなのですから・・・・。眠ってしまうくらい寛いでいただけたなら、演奏しているわたくしも本望というものですよ。」
ところが・・・・・
眠るどころか、弾き始めてしばらくしたかと思うと、アンジェリークの両目からは大きな涙の粒が湧いてきました。
気づかない振りのしようもないくらい、大きな涙の粒がポツリポツリと膝の上に落ちて・・・・・
それが次第に小さな嗚咽に変わっていきました。
(―――何があったのか、わたくしに話してはいただけませんか・・・・・?)
何度もそう聞いてしまいそうになりました。
だって、こんなに悲しんでいるあなたをただ見ているだけなんて・・・そばにいるわたくしの方がどうにかなってしまいそうです。
あなたがなぜこんなに悲しんで泣き濡れているのか・・・その理由が知りたい。
理由が分かればわたくしにもどうにかしてあげられることがあるかも知れません。あなたの涙を止めるためなら、どんなことだってして差し上げたいのです。
でも・・・・・
その反面。わたくしには分かっていたのです。
言葉で簡単に慰めたり励ましたりできることなら、我慢強い彼女がこんな風になるわけがないのです。
今はただ、彼女を思い切り泣かせてあげるだけでいいのではないでしょうか?
今、理由を問い詰めるようなことをすると、何だか彼女が遠くに飛び去ってしまうような気がしました。
どこかで一人ぼっちで肩を震わせ泣いている彼女を想像すると、わたくしはまた耐え難い気持ちになってきました。
(わたくしではお役にたてませんか・・・・・?)
喉元まで出掛かった言葉を何度も胸の中に飲み込んで・・・・・
結局、わたくしはこの時も、ただあなたの傍らでひたすらハープを演奏し続けるだけで、あなたの涙をどうすることもできないまま夜が来てしまいました。

翌日も、その翌日も・・・・アンジェリークは夕方になると「ハープが聞きたい」と言って執務室を訪ねてくるようになりました。
そして決まって、曲が進むうちに彼女は泣き出してしまうのです。
楽しい曲を弾いても、悲しい曲を弾いても・・・・・いつまでも、いつまでも、止まらない涙でした。
そのうち彼女はポツリポツリと語りだしました。
「最初から、好きだったんです。試験が始まった頃からずっと・・・・・」
「そうだったんですか」
私は爪弾きながら静かに答えました。
「それで、ばかみたいに勘違いしてたんです。もしかしたら、あの人も私のことを・・・・・・・」
涙で言葉が続かないようでした。
「勇気を出して、好きだって言ったんです。そしたら・・・・・私のことはそんな対象としては見られない。とにかく女王試験を頑張って欲しいって・・・・・。」
私は我知らずうなずいていました。
「分かりますよ・・・・・愛した人に愛されないというのは悲しいことですよね。」
「え?」
驚いたようにアンジェリークが泣き濡れた顔を上げました。
「・・・・どうしました?」
「・・・・リュミエール様にもそんなことが、あったんですか?」
「おかしいですか?」
「いいえ・・・・そんな・・・・・。」
慌てて首を横に振った後で、アンジェリークは今度は真剣な表情になってわたくしの顔を見上げました。
「・・・・それで、リュミエール様は、どうやってあきらめられたんですか?」
「どうしてあきらめなきゃいけないんですか?」
わたくしはため息混じりに答えました。
「え?」
「思いを口にしないように努力することはできます。でも、思いを止めることは不可能でしょう?」
アンジェリークに答えるようでいて、それは本当はわたくし自身に言い聞かせる言葉でした。
忘れられるなら・・・あきらめられるなら、どんなにか楽でしょう。
でも、わたくしにはできません。
どんなに辛くても、どんなに報われなくても、あなたを思う気持ちを止めることなど、できはしないのです。
「そう・・・・ですよね?」アンジェリークは泣き濡れた瞳をあげて、つぶやくように言いました。「じゃあ、私・・・・あの方のこと、忘れなくてもいいんですね?」
「いいんですよ。・・・・それしかないんです。つらいことですけれどね・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・アンジェリーク?」
しばらく後、黙り込んでしまったアンジェリークの顔を覗き込んで・・・・・・
わたくしは、ふと、微笑みました。
長椅子の背にもたれたアンジェリークは、涙のあとを頬に残したまま
安心しきった表情で、静かな寝息をたてていました。
next?
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