《星降るように愛してよ-3》

「あの・・・・ひとつ、うかがってもいいですか?」
いつものように執務室を訪れたアンジェリークにひとしきりハープを演奏して聞かせた後、わたくしはゆっくりと切り出しました。
「今日研究院で見てきました。エリューションの育成はこのところ停滞してるみたいですね。」
アンジェリークの笑顔が、一瞬で凍りついたのが分かりました。
「・・・・・・行ってないんですか?・・・彼のところ・・・・・・」

「・・・・・・・・・。」
アンジェリークは無言のまま、俯いてしまいました。その表情がすべてを語っていました。

「行こうと思ったんです。昨日も、今日も・・・・でも、行けなかったんです。」
「・・・・そうですか。」
わたくしはただ頷くしかありませんでした。


彼女を責めることはできません。
初めての恋に傷ついて、彼女の心はまだ血を流しているのです。誰かが触れるたびにその傷口は傷むはずです。
まだしばらくは、そっとしておいてあげるのが思いやりと言うものではないでしょうか?

・・・・しばらくは・・・・・

頭の中に、研究院で見た映像が蘇ってきました。
変化はごく僅かなものでした。気になって、ここ一週間研究院に通い詰めていたわたくしと、大陸を育てているアンジェリーク本人・・・・気がついているのは、まだわたくしたち二人だけかも知れません。
ただ、来週になればもっと多くの人が異変に気がつくでしょう。
そして「しばらく」すれば・・・・・。このままある時期が過ぎてしまえば・・・・。


「ここの一日が、外の世界の何日に相当するかは、ご存知ですよね?」
青ざめたアンジェリークの表情から視線を逸らしそうになる自分を叱り付け、わたくしは言葉を続けました。
「このまま育成が進むとどんなことが起こるか・・・・分かりますか?
若い大陸が成長する段階では彼のサクリアは欠かせません。この時期に彼のサクリア無しに他の力だけで育成を進めればどうなるか?・・・・・若くして老成した、無活力で怠惰な社会に成長してしまいます。災害や社会不安が起こるたびになすすべもなく逃げ惑い、リーダーシップをとる人間も現れずお互いに責任をなすりつけあう・・・・一度そんな社会が完成してしまったら、元に戻すには何世紀もの時間がかかります。・・・・・・アンジェリーク。試験とはいえ、あなたの一挙手一投足には大勢の人々の幸せがかかっているのです。あなたにもそれはお分かりのはず・・・・・」

「止めてください!!」
両手で耳を覆うようにして立ち上がったアンジェリークの肩は、小刻みに震えていました。

「意地悪です。リュミエール様・・・・・・・。
分かってます・・・・そんなこと・・・・・。分かってるけど・・・・・・・」
大きく見開かれた瞳から涙の粒がいくつも溢れ出して、床に零れ落ちました。
「・・・・でも行けないんです!!」

身を翻すと、アンジェリークは泣きながら執務室を飛び出して行ってしまいました。



馬鹿ですね・・・わたくしは・・・・・。

手にしたハープを台に下ろすと、わたくしはひとつ、長い長いため息をつきました。

わたくしは、彼女を信じられずに、余計なことをしてしまったのかも知れません。
もちろん、アンジェリークにはちゃんと分かっていたはずです。
何も言わなければ明日にでも、勇気を奮い起こして彼のところに行ったのかもしれません。



「アンジェリーク・・・・・」



雨のように、彼女の涙がわたくしの心の中に降り注いでいました。
あなたの悲しそうな顔が目の前にちらついて・・・・・・わたくしはその夜一晩中、眠ることができませんでした。





next?