《星降るように愛してよ-4》


翌日、アンジェリークは再び執務室を訪ねてきました。
もう来ないのではないかと内心恐れていたわたくしは、彼女の顔を見た瞬間涙が出そうなほど安堵していました。

「あの・・・リュミエール様・・・・・・」
「よいお天気ですね・・・・・・今日は、外に出てみませんか?」
二人きりになるのが何だか怖くて、わたくしは彼女を外に誘いました。

公園に来ると最初は黙りがちだった彼女もすこし元気を取り戻したように見えました。
やはりわたくしの言葉などより、明るい太陽や爽やかな風、可愛らしい小鳥のさえずり・・・そういったものの方が余程彼女の心を和ませる術を知っているようです。
木陰でひとしきりハープを演奏した後で、わたくしは彼女を公園の新しく出来たカフェに誘いました。

「わぁ・・すごい。イチゴショート、モンブラン、ショコラタルト・・・あんみつにパフェも!・・・うわぁ、全部おいしそう!」
メニューを何度もめくり返しながら嬉しそうな表情をする彼女は、本当に無邪気で可愛らしくて、見ているわたくしの方までつられて笑顔になってしまいそうでした。
「あ・・・おかしいですか?」
思わずクスリと笑ってしまったわたくしを見咎めたように、アンジェリークは心配そうな上目遣いになってわたくしを見上げました。
「あ・・いいえ、・・・・その・・・・あなたがとても素直で可愛らしいと思って・・・・・・すみません。笑ってしまって・・・・」
「・・・・私やっぱり子供っぽいですか?その・・・レンアイの対象にはならないですか?」
またしても不安そうな表情になるアンジェリークに私はゆっくりと微笑みかけました。
「あなたは時々わたくしたちがびっくりするほどしっかりして大人びているのに、こうしている時はとっても素直で可愛らしくて、・・・・・そこがあなたのいいところなのだと思いますよ。わたくしは、あなたが六十になっても七十になってもこういうところは今のままでいてくれると嬉しいと思いますよ・・・・・・。」
「ありがとうございます。じゃあ私、思いっきり食べちゃいますね。」
「ふふふ・・・・どうぞ。」


「あ・・・・」
大きなパフェに蕩けるような笑顔でスプーンを運んでいたアンジェリークが、ふと顔を上げました。
アンジェリークは急にスプーンを置くと、そのまま首を伸ばして向うの席を眺めているようです。
つられてわたくしも振り向くと、・・・・・・ちょうど反対側の少し離れた席に、彼が一人でいるのが見えました。

「・・・・・・リュミエール様、ちょっと待っていてくださいね。」
そう言って立ち上がったかと思うと、アンジェリークはテラスの席を縫ってまっすぐに彼の方へと歩いていきました。

アンジェリークが彼の前でお辞儀をして、二言三言話しかけ、彼がそれに微笑みながらうなずくのが見えました。
もう一度ぺこりとお辞儀をすると、アンジェリークはこちらに向かって小走りに戻って来ました。

「・・・・・・大丈夫ですか?」
「はい。ご挨拶してきたんです。明日、執務室に伺いますってお願いしてきました。」
心配そうに問いかけたわたくしに笑顔で答えた瞬間・・・・・言葉とは裏腹にアンジェリークの両目からは滝のように涙が溢れ出していました。

「ごめんなさい。リュミエール様。私、やっぱり・・・・」
「いいんですよ。もう出ましょうか?」

わたくしは今にも溢れ出しそうなアンジェリークの涙が誰の目にも触れないように、彼女を抱えるようにしてカフェテラスを後にしました。






「・・・・大丈夫ですか?」
手渡したハンカチを滴るほどに濡らした後で、アンジェリークはようやく泣き止みました。
「リュミエール様・・・・・昨日は意地悪なんて言っちゃってごめんなさい。・・・・あの・・・有難うございました。・・・・」
「・・・いいえ。わたくしは・・・・」
「大丈夫です。私、もう・・・・。明日はちゃんと育成のお願いをしてきます。」
「・・・・・アンジェリーク・・・・・・・。」


わたくしは何だか胸が苦しくなりそうでした。
(無理しなくていいのですよ・・・・・)
昨日あれだけ彼女を責めたくせに、今度はまったく逆のことを言い出しそうになって、わたくしは慌てて口をくぐみました。
女王候補とはいえ、まだ17歳の少女なのです。年若い彼女に、こんな重荷を負わせるのはあまりに過酷と言うものではないでしょうか?

(わたくしがあなたを、守って差し上げます・・・・・。)

思わず心に浮かんだ激しい言葉に、私自身驚いて、言葉を失ってしまいました。

わたくしが、あなたを・・・・?

ですが、よくよく考えてみれば、それは至極妥当な考えのように思えました。
何の不都合もありません。誰にも・・・あなた自身にすら気づかれないようにすればよいのです。
あなたが立ち向かってゆく運命が険しく厳しいものなのだとしたら、わたくしはそんなあなたをどこまでも支えてゆけばいい。
あなたの幸せのため、あなたを守るために・・・わたくしはわたくしにできる限りの力を注いでゆけばよいのです。

たとえ報われない想いであっても、あなたのために精一杯尽くすことで、この気持ちも少しは報われるような気がしました。


「リュミエール様・・・・・私、ひとつお願いがあるんです。」
ふいに声をかけられて、わたくしは物思いから現実へと引き戻されました。
「何ですか?アンジェリーク?」
「来週のパーティなんですけど・・・・あの・・・・・私、・・・・ご一緒させていただいちゃダメですか?
・・・・・ ロザリアと一緒に行こうと思ったんですけど、オリヴィエ様に誘われてるからって断られちゃって・・・・・」
女王候補達のために補佐官主催のパーティーが開かれることはわたくしも知らせを受けておりました。
「もちろん構いませんが・・・・わたくしでよろしいのですか?」
「いいんですか?・・・嬉しいです!有難うございます。」

まだ頬に涙の痕を残したままの笑顔でアンジェリークは答えました。

そう。・・・・この笑顔を守るために
わたくしは、わたくしに出来ることで、精一杯あなたを守ってゆけばいいのです。







next?