《星降るように愛してよ-5》

パーティーはたいへんな盛会でした。
会場に一足踏み入れるなり、アンジェリークはマルセルとランディに両側から挟まれるようにして、フロアの真ん中へと連れ出されて行ってしまいました。その後も、彼女に話しかける人、ダンスを申し込む人がひっきりなしで・・・・何のことはない、わたくしの役目はエスコートどころか、会場への道案内で終ってしまったようでした。


人垣に取り巻かれたアンジェリークを、わたくしは少し離れたところから微笑んで見つめていました。
そう、これこそがまさに彼女の本質なのです。
彼女の温かい笑顔とひたむきな性格は、わずかな間にこんなにもわたくし達の心を引き付けてしまいました。建物の数が何だと言うのでしょう。人々を自然に周りに引き寄せるこの温かな空気―――これこそ、アンジェリークが真に女王にふさわしい資質を持っているという証ではないでしょうか?



「どうした。・・・ヒマそうだな。」
不意に呼びかけられて、わたくしは声のするほうに振り向きました。
「オスカー・・・・。あなたがこういった場に一人でいるとは、珍しいこともあったものですね。」
「皮肉はいいから少し付き合え・・・・お前に話がある。」
笑みを浮かべながらも、彼の表情が真剣で余裕のないものであるのは一瞬で見て取れました。
「ええ。・・・・・わたくしもあなたにお話したいことがあります。」
わたくしはゆっくりとうなずくと、既に歩き出している彼の後に続きました。


人気のない廊下の外れまで歩くと、オスカーはゆっくりとわたくしの方へと向き直りました。
「何のつもりだ・・・・」
「何のつもり、とおっしゃいますと?」
「・・・・・まさか本気で付き合ってるわけじゃないだろうな?」
誰のことを言っているのかは明白でした。わたくしは静かに言い返しました。
「あなたにお答えする筋合いはないように思えますが・・・・」
「ふざけるな!」
切り返すように低く叫んだ後、オスカーの唇はわずかに震えていました。
「分からないのか?冗談ごとじゃすまないんだぞ?・・・・・アンジェリークは・・・・・、彼女は・・・・」
オスカーはわたくしの顔に視線をひたと据えたまま、噛締めるように言葉を続けました。 「彼女はきっと、女王になる。」
わたくしはゆっくりと頷きました。「ええ・・・わたくしも、そう思います。」
「ならば、・・・なぜだ!」

「・・・・だから何だと言うんですか?」
わたくしはゆっくりと、炎を放つ彼のアイスブルーの瞳を見返しました。
「女王は人を愛することなどないと?愛してはいけないとおっしゃるのですか?あなたを忘れることが彼女にとって幸せだと、本気でそう思っているのですか?・・・わたくしにはそうは思えません。あなたは彼女を庇ったつもりで、本当は自分が逃げているだけではないのですか?」
「何だと・・・」
「アンジェリークは今もあなたを愛しています。あなたも彼女を愛している・・・・なら、これはもうあなただけの問題ではありません。二人の問題のはずでしょう?あなたが勝手に結論を出せることではないはずです。・・・・障害があるのなら、二人で乗り越えて御覧なさい。彼女を突き放すのではなくて、支えて、守ってあげてください。・・・・大丈夫です。アンジェリークは、あなたが見くびっているほど子供でも弱くもありませんよ。」

彼が動き出そうとしないのを見て、わたくしはわざと大げさに肩をすくめて見せました。
「仕方ありませんね。あなたにそのつもりがないのなら、わたくしが参ります・・・・。」
「待て・・・ 」

思ったとおり、オスカーはわたくしを呼び止めると、おもむろにフロアの方へと歩き出しました。

「お待ちなさい」今度はわたくしの方が彼を呼び止めました。
「今度彼女をひとりで泣かせたら・・・・・ただじゃおきませんから、覚悟なさい・・・・・・。」
「・・・・・お前に言われるまでもない」

振り向きもせず背中でそう言ったかと思うと、オスカーはフロアの方へと足早に立ち去ってゆきました。



彼が戻って行ったのを確認すると、わたくしもまたゆっくりと逆の方へ歩き出しました。
一度も立ち止まらずに、廊下を抜け、裏口をくぐり、車寄せにたどり着いて馬車に乗り込んだとたん、わたくしは完全に脱力していました。

「館へ・・・・戻ります。」
御者に声をかけると、馬車は静かに動き出しました。

別に・・・大丈夫です。後悔なんかしていません。
彼に声をかけられるまでもなく、自分でいつかこうするつもりだったのです。

だって、あんなに悲しげに涙にくれている彼女を、いつまでも見ていたかったのですか?
彼女が無理して笑っているのに気がつかなかったわけじゃないでしょう?
・・・・これで良かったのです。
彼もアンジェリークのことを心から愛しているのだということが分かりました。
何もかも、わたくしの望んでいた通りになったわけです。満足するべきでしょう?


「・・・・・偽善者。 」


自分でつぶやいた瞬間・・・・・・情けなく、涙がこぼれそうになりました
いえ・・・本当に溢れてきてしまいました・・・・・。

こんなところ誰にも見せられません。
私は馬車の座席で、両手に顔をうずめて正体もなく泣き出してしまいました。


心の中で、まぶしく輝いていた光がひとつ、消えてしまったようでした。
光が消えた後が、とても寒いのです。
体温を根こそぎ奪れそうなくらいに、体中が段々と冷たくなってゆくのです。
・・・・・もう彼女がこれまでのようにわたくしの執務室に来ることはないでしょう。
わたくしは、この淋しさに耐えてゆけるのでしょうか?ふたりに嫉妬しないと誓えるでしょうか・・・?

・・・・・アンジェリーク。
あなたもこんなに辛い思いに耐えていたのですね。
ならばやっぱりこれで良かったのです・・・・・・。
こんな風にあなたを泣かせるくらいなら、自分が泣いた方がどれだけましか知れません。
これだけは偽善じゃない。・・・・・嘘偽りのない、わたくしの本当の気持ちです。


「幸せに・・・・アンジェリーク・・・・。」


馬車の窓から、冴え冴えと輝く星空を見上げて
わたくしは愛しい人への別れの言葉を、口に出してそっとつぶやきました。





next?