宇宙最強のマフラー (1)


はっきり言って女性は苦手です。
あまり積極的に関わりたいとは思いません。

そもそも、研究に当てるべき貴重な時間を無駄にしてしまうような、面倒なことが嫌いなのです。
研究のためであれば、もちろん話は別です。
仕事の場合はむしろ、面倒なことをきちんとやりとげた後にこそ達成感があるとも言えますから・・・。
ですが、どうでもいい生活や付き合いの面で、意味の無いことに手数や時間をかけるのは、どうにも納得がいかないのです。

女性と付き合ったことが全く無いというわけではありません。
昔、まだ学生だった頃、同じ研究室の女性に「付き合って欲しい」と言われ、良く分からないままに何度かデートみたいなことをしたことはありました。
結果は、すぐに相手の方から断わってきて、それきりでした。

つまりは価値観が共有できなかったようなのです。
彼女が話す会話の内容や、長時間の買い物、彼女が見たがるやたら作り物めいた映画、そういったもの一切に、私は全く興味がもてませんでした。
正直、この経験を通じて私は、「女性と付き合うのは一種の苦行のようなものだ」とさえ思うようになりました。

その後、王立研究院に入り聖地に配属された私は、騒がしい世間から隔絶された研究院の環境を本当にありがたく思い、正直ほっとしていました。

配属されて間もなく、私は重大な任務を拝命しました。
新たに生まれる宇宙を調査し、そのデータを分析、研究する。
こんな素晴らしい仕事を与えられる機会には、めったにめぐり合えるものではありません。 私は胸を高鳴らせて新しい任務につきました。

ところがこの任務にはとんでもないオプションがついていたのです。
「女王候補の二人からデートに誘われたら、極力断らないように・・・」
上司から言われた言葉に、私は愕然としました。
「はぁ・・・・あの・・・・・?」
「なんだね?」
「それは・・・その・・・仕事、なのでしょうか?」
「当然だ。遊びのわけがない」
「はぁ・・・・。」
その後上司は、女王候補とのコミュニケーションの必要性を私にとくとくと語り聞かせ、データ提供だけでなく、メンタル面でも彼女達の支えになることは私の業務範囲だと力説しました。

もう少し心理学を学んでおけばよかった・・・。
私はほんの少し後悔しました。今はとても他のことを学んでいる時間はありません。まさかカウンセラーをさせられるなどとは思ってもみなかった のです。

案の定、初手の段階から私はつまずきました。
アンジェリークはどうにも苦手でした。
もちろん嫌いなわけではありません。彼女はとてもいい人です。
ただ、彼女は土曜の視察以外の日もニコニコしながら研究院に私を訪ねてきて、私に好きな食べ物やら、休日の過ごし方やら、守護聖様達の印象やら、やたらいろいろなことを尋ねてくるのです。
質問は「どうしてそんなことが知りたいのだろう?」と不可解になるようなことばかりで、考えたこともないようなことを聞かれて言葉に詰まることもしばしばでした。


もう一人の候補レイチェルには、最初の内は少し「風変わりな少女だな」という印象を持ちました。

レイチェルは毎週土の曜日、決まった時間に現れて「おはよっ!」と短く挨拶すると、わき目も振らずにゲートをくぐっていきます。そうしてあまり時間をかけずに戻ってきたかと思うと、休憩所の端末をさっさと立ち上げて、その場でその週のレポートを小一時間程度で書き上げてしまうのです。

そのレポートを見て私は正直唸りました。
それはとても、16、7の少女が書いたとは思えない内容でした。
彼女はすべてのポイントを極めて客観的に数値化してレポートをまとめていました。しかもそのデータは正確無比でした。
アンジェリークのレポートがやや人文的なのとは好対照でした。


レイチェルと話してみたい、と思ったのはそんなことからでした。

ある日、レポートを提出してさっさと出て行こうとするレイチェルに、私は思い切って声をかけました。
「あの、レイチェル・・・」
「なんですかー?」
レイチェルは首をかしげて振り向きました。
「あの・・・あなたのレポートにはいつも感心させられます。このところ少し山林部の減り方が急速なのが気になる地域があるのですが、そのことでちょっとお話しませんか?」
「・・・いいヨ。」
うなずいて引き返してきたレイチェルを見て、私は少し驚きました。
レイチェルは私の方を見ながら、ニコニコと微笑んでいたのです。
何だか彼女の笑顔を見るのは初めてのような気がしました。
アンジェリークはしょっちゅう向こうから話し掛けてくるので、自然話をする機会が多かったのですが、レイチェルに関しては・・・・・私は正直言って、これまでレイチェルの顔をまともに正面から見たことすらなかったような気がしました。

これは職務を誠実に履行するという観点からすると、いささか怠慢だったようです。私は少々反省しました。

話をしてみると、レイチェルは予想以上に手ごたえのある話相手でした。どこでどうした勉強を積んできたのか、彼女ほどの知識と能力があれば研究院でも、即座に私と同等のポストが与えられてもおかしくはないでしょう。
しかしそれも当然といえば当然なのかもしれません。なにしろ彼女は主星では「天才少女」と呼ばれていたそうなのですから。

知識と理解の面では彼女に教えることはあまり無いように思われましたが、私は自分の経験上、必要ではないかと思われた措置をいくつか彼女に提案し、彼女はうなずきながら目を輝かせて聞いていました。

「では、次の土の曜日は、もう一度この地域のデータを重点的に見てきていただけますか?」
「うん。分かった!」
話が済むと、レイチェルはさっさと立ち上がりました。

そのまま出て行くのかと思ったら、レイチェルはドアのところでもう一度私の方に振り返り、ニコッと笑ってこう言ったのです。
「有難う。エルンスト。」
「・・あぁ、・・いえ・・・どういたしまして」
「また・・・・話に来てもいい?」
「ええ・・・もちろんです」

私がそう言うと、レイチェルはもう一度にっこりと微笑んで、そして軽やかな足取りで研究室を出てゆきました。

 

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