act.1 痴漢事件 

Oscar



その日、聖殿の廊下で、俺は妙ちきりんな女とすれ違った。

「妙ちきりん」というのは、見た目が、という意味じゃない。その女、『田舎っぽい制服がださい』、という点を除いては、どちらかといえば容姿は可愛い方だった。
俺たち守護聖は、女王補佐官であるアンジェリーク=リモージュから、「新しい宇宙ができ、その宇宙を統べる新女王を選ぶべく、女王試験が行われる」ということを随分前から聞いていた。よって、この聖殿の廊下を物怖じもせずに田舎っぽい服装で大手を振って歩いている見かけない少女が、二人の候補のうちの一人であることは俺には即座に察しがついた。
女王候補はまだ俺たちに紹介されていなかった。廊下ですれ違いとは言えこれが初対面ということになる。俺は当然のようにいつものレディに対する礼儀を果たすことにした。

「初めまして、可愛いお嬢ちゃん。」
俺はすばやく相手の年齢や服装を観察して、普段よりややソフトで甘めな声を出した。初心な少女の中にはこれだけで顔から火を噴きそうなくらい真っ赤になるケースも少なくはない。
「あなたは・・・?」
ところがこの田舎娘はよほどそういうことに縁遠い生活をしてきたのだろうか、意味が良く分かっていないらしく、視線を上げるとひたっと俺の瞳を真っ向から見据えてきた。
きらきらした、とにかく大きな、印象的な目だった。

「・・・・いずれ離れられない運命になるかもしれない誰かさ。」
(警戒心の強いタイプの子猫ちゃんなのかもしれないな。)そう思って、俺は声の甘さのランクを更に一段引き上げた。
ついでにそっと肩に手をかけて、指先を少女の意外と形のいい顎にかけたその瞬間・・・・・


―――どすっ。


鈍い音とともに、腹部に衝撃が走り、俺は思わず腹部を押さえて前にのめった。
それは非力なため威力はなかったが、絵に描いたような見事な下段の「正拳突き」だった。

普段だったら絶対に避けられるスピードだったが、目の前のこの貧弱な体型の少女が、まさか正拳突きを入れてくるとはさすがのオレも予想だにしていなかった。
次の瞬間には少女は足を肩幅に開いて、大声で叫びだした。「誰か〜!誰か来て下さい〜!痴漢です!」
これまた見事な腹式呼吸だった。良く通る高い声は聖殿中に響き渡りそうな勢いだった。

「アンジェリーク!どうしたの!!」
ロングスカートの裾を両手でからげて、いの一番にかけつけたのは女王補佐官のアンジェリーク・リモージュ(まぎらわしいっ!!)だった。
「このひとっ!チカンです!」
女王候補のアンジェリークは、びしっと腕を伸ばして、俺の鼻先を指差すとそう言った。
「あら、違うわ、アンジェリーク、この人はねえ・・・」
「人の体に勝手に触って、チカンじゃなくてなんなんですかっ!」
「オスカー様〜。・・・・どこに触ったんですか?」リモージュまでヘンな勘違いをしたらしい、ちょっと眉を寄せて疑わしげな目で俺を見た。
「顎にちょっと触れただけだろう?大人同士じゃ挨拶みたいなもんだが、お子様には刺激が強すぎたみたいだな。」俺が言い訳がましく言うと
「肩にも触りましたっ!立派なチカン行為ですっ!」アンジェリークは更にわめきたてた。

リモージュはなんとかアンジェリークをなだめようと、「まあまあ・・・落ち着いて・・・」とかなんとか言いながら、アンジェリークを連れて出て行った。
俺はちょっとばかりプライドを傷つけられて憮然として佇んでいた。
まあ、相手が恋愛がどうこうという以前のお子様だから仕方がないといえば仕方がないが、それにしても恐ろしく手が早く、恥じらいのない女だった。普通正拳突きするか?腹式呼吸で叫ぶか?このシチュエーションで?
あれが女王候補なのか?どうなるんだ宇宙は??

やがて、憮然としている俺の前にリモージュが笑いをかみ殺しながら戻ってきた。
「もう、オスカー様が悪いんですよ。彼女達まだ本当だったら高校生なんですから、オスカー様みたいにしたら、びっくりしちゃうじゃないですか〜。」
「大人の女だったらいいのかな?」
俺が思わせぶりな口を利くと、リモージュは笑いながらさっと身を引いた。さすがにこちらはこちらで慣れている。
「あたしもアンジェリークに正拳突きでも習おうかしら?」そう言ってくすくすと笑ってみせる。
「止めとけ。ルヴァが泣くぞ。」
「もちろん、ルヴァ用じゃなくて、オスカー様用、ですよ。」アンジェリークは口元を抑えてまた可笑しそうにくすっと笑った。



それからしばらくは最低な日々が続いた。
例の「チカン&正拳突き」の1件は、あっという間に聖殿中に知れ渡ったらしく、同僚達が俺の顔を見るたびに妙に嬉しそうにするのには全くのところ辟易した。

もちろんリモージュがしゃべったわけではない。翌日、あの候補生のアンジェリークが聖殿の広間でリモージュを捕まえて再び大声で弾劾したのだ。
「あの赤毛の背の高い青いマントの剣をしょったチカンの人はどうして処分されないんですか?昨日、あの後も平気で廊下を歩いているところを見ました。あんな人野放しにしておいて危険じゃないんですか?」
詳細な人物描写に、集まった野次馬連中にはあっという間に誰のことかが分かったらしい。

「たしかにおめ―がエロフォルモンを垂れ流しながら歩くのは危険きわまりねーぜ」
「あなたもなかなか行いが改まりませんね・・・・私には考えられないことですが・・・・。」
「あはっはっははっ・・・。はひっ・・・ひっ・・ごっ、ごめーん。アンタの顔見るとおかしくってさ☆・・・・・」
「正拳突・・・・フッ」

・・・・・どいつもこいつも似たような反応だった。
俺はしばらく、なるべく表を出歩かないことにした。

まったく。アンジェリークめ、とんでもない女だ。
まだ試験開始前にも関わらず、なんとなくこの女王候補は俺にとって天敵となりそうな、そんな不穏な予感があった。



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