<桜の樹下には鬼が棲む>




桜ノ樹ノ下デハ、本当ノコトガ言エルヨ・・・・
言エナカッタ気持チヲ、アナタニ言エルヨ・・・・






「オリヴィエ様、知ってます?桜の樹の下って、オニがいるんですって!」
「はぁ・・?オニぃ?」

たまに突拍子もないことを言い出すコだとは思ってたけど・・・突然そう言い出された時には、さすがの私も目がテンになりそうだった。
「オニってあの・・・ゴブリンみたいな角の生えたヤツのこと?」
「はいっ、そうです!」
金色の髪のアンジェリークは、何を思ってか両手の拳を握り締めて力いっぱいうなずいた。
「ルヴァ様に聞いたんです。昔からそういう言い伝えがあるんですって。」
「ふぅーん?桜にオニねぇ・・・どうも私にはピンと来ないけどねぇ・・・・。」
「でしょ?・・・だから、オリヴィエ様、確かめに行きましょう!」
「・・・は?」
「今夜、二人で!桜の樹の下に張り込むんです!」
「張り込むってアンタ・・・刑事ドラマじゃないんだからさ・・・」
「お弁当と水筒もビニールシートも持ってきますから!後、退屈したときのため にトランプとか花札とか・・・・」
「・・・・何か微妙に・・・・目的が違くない・・・・?」

何だかんだ言いながら、この子の勢いにはいつも勝てない自分がいた。
私は結局、その晩8時ぴったりに桜の樹の下でアンジェリークと待ち合わせする約束をさせられていた。



 



「オリヴィエ様〜!ここです!ここ!」
人気のない高台で、見失うわけもないのに、アンジェリークは私の姿を見かけると遠くから伸び上がって大きく手を振った。

その姿がどうにも可愛くて・・・・・笑顔になる自分を止められない。
お互いの立場はアタマでは分かってるつもりなんだけど・・・あんなことされると、つい、たまんない気持ちになってしまう。どうしてもっと普通の出会い方ができなかったんだろう・・・って、恨めしく思わずにいられなくなる・・・・・。


「ちょっとアンタ、何よこれ・・・・遊びに来たんじゃないんでしょ?」
ビニールシートの上に所狭しと並べ立てられたお弁当やらゲーム盤を指差して呆れた顔をして見せても、アンジェリークは全く意に介してない様子で
「だって・・・夜中まで出てこないかも知れませんよ?いろいろないと退屈しちゃうじゃないですか・・・」そんなことを言ってニコニコとバスケットを広げ始めている。


さらさらと風に花びらが散って、アンジェリークの金色の髪や華奢な肩に止まった。
桜の花びらの淡いピンクは本当にこの子に良く似合うと思う・・・・。
もし自分の思い通りにできるのだったら、私はアンタにこの桜色のドレスを作って着せてあげたい。
桜の花のヘア・ドレスに、チョーカー。花びらのようなドレス・・・・小さな足には桜をあしらった同色のパンプス。
きっと、振るいつきたくなるくらい、可愛いんだろうね。
みんながアンタのこと振り返るけど、だけど私はしっかりとアンタの肩を抱えて離さない・・・・。

ちょっとした・・・小さな夢。
アンタにも・・・誰にも話すことはないけどね・・・。


「なかなか出てきませんねぇ・・・・」
まだ来たばっかりだって言うのに、もう痺れを切らしたようにアンジェリークがつぶやいた。
「ねぇ、ルヴァの話は置いておいてさ、アンタはどうなの?・・・本当に何かいると思ってるの?」
私の言葉に、アンジェリークは『うーん』と頭を抱え込んだ。
「・・・・さぁ・・・・本当のところ、オニはいるかどうか分からないんですけど・・・・・。だけどちょっ と不思議な気がするんです。こんなに綺麗なのに、こんなにあっという間に散っちゃって・・・・なんだかもったいないと思いません?何か理由があると思いませんか?」
「理由・・・ねぇ。・・・それは『花のみぞ知る』だろうねぇ・・・・。」
「これもルヴァ様が言ってたんですけど、満開の桜の樹の下では本当のことが言えるんですって・・・・・。桜って、本当に大事なその一言を言うために、その一瞬のために咲いている花なんですって・・・・・。」
「・・・・・本当のこと?」


ザァーーーーッ・・・・と音を立てて、一陣の風が吹きすぎていった。
風に花びらが狂ったように乱れ散る。
アンジェの髪の毛が黄金の波のように揺れる。

妖しいほどに美しい花吹雪の中、誘われるように、ふとアンジェリークが立ち上がった。


『・・・・・・本当ノコトガ・・・・言エル・・・・・?』


「・・・・アンジェリーク?」
何だか様子がおかしい・・・私は慌てて立ち上がった。


『オリヴィエ様・・・・・本当ノコトヲ言ッテモイイデスカ?
私ノ本当ノ気持チ・・・・聞イテクレマスカ?』


アンジェリークは魅入られたようにしゃべりだした。
ただごとじゃない。
私は駆け寄るとアンジェリークの体を抱きかかえるようにして思い切り揺さぶった。

「アンジェリーク!しっかりおし!目を覚ますんだよ!」

アンジェリークはぽっかりと瞳を開くと、機械仕掛けの人形みたいな口調でしゃべりだした。

『オリヴィエ様・・・・大好キデス。
アナタガ大好キ・・・・。
イツモ、イツモ、ズット側ニイテホシイノ・・・・。

ダケド私ガ本当ノコトヲ言ッタラ、オリヴィエ様キット困リマスヨネ?
キット迷惑デ、重荷デスヨネ・・・・・。

ダカラ言エナクテイインデス。

大好キ・・・・大好キ・・・・。

本当ノ私ノ気持チ・・・・・。』





ザァーーーーー・・・・・・・。



再び背後で風の駆け抜ける音がした。

背後に気配を感じて、私はゆっくりと振り返った。



「あんた、・・・・何者? この子にいったい何をした?」


『桜ノ樹ノ下デハ本当ノ気持チガ言エル・・・言エル・・・』

風の音に紛れるように、微かな、歌うような声が聞こえた。

『本当ノ気持チガ、言エナカッタノ・・・・
アノ人ニ行カナイデッテ言エナカッタ。
アノ人ハ遠クヘ行ッテシマッタ。
二度ト会エナクナッテカラ、
アノ人ハ私ニ、コノ花ヲ届ケタ・・・・。

ダカラ

本当ノ気持チヲ言ワセテ上ゲル
アナタニハ、・・・・・コノ子ニハ・・・・』


腕の中で、アンジェリークはぐったりと脱力している。
唇の、桜の色・・・・・。
私は急速に、唐突な、抗いがたいくらい強烈な欲望を感じ始めていた。

何もかもがすぐ目の前にある・・・・・。
可愛いアンジェリーク。
何の障害もない。
この子はたった今、私が好きだって、あんなにはっきり言ったじゃないか・・・・。
私だってアンタのことが・・・・・・。


『桜ノ樹ノ下デハ本当ノ気持チガ言エル・・・言エル・・・』


誘うようなあの歌声が聞こえる、
頭が割れそうに痛い・・・・。


唇の桜色・・・・。
長い睫・・・・。
金色の・・・細い髪・・・・・。


『桜ノ樹ノ下デハ本当ノ気持チガ言エル・・・言エル・・・』


腕が肩を抱く、
指が顎を捉える、

止まらない、止まらない・・・・
だけど・・・・だけど・・・・・



「うるさいっ!黙れ!――――」



私は拳を握り締めて、桜の大樹に向かって怒鳴った。




歌声が・・・・パタリと止んだ。

「・・・・気持ちは・・・有りがたいんだけどね・・・・・。私もこの子も、言える時が来たらちゃんと自分で言うよ。・・・・時が来なくても、後悔なんかしやしないさ。」


桜の根方に、ぼうっと煙るように黒髪の少女の姿が浮かび上がった。

「この子もあなたも、同じ気持ちなのに・・・・?
愛し合っているのに、離れ離れになってもいいの・・・・?」

「抱き合って、キスをして・・・いつもいつも側にいて・・・・それだけが愛し方じゃないだろう?
私はこの子が大事だから・・・・だから何の束縛もなく、この子に自分の道を選んで欲しい。
今、自分のちっぽけな欲得で、この子を縛ることはできないんだよ。そんなの愛じゃない。・・・ただの欲だろう? 」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

黒髪の少女はゆっくりと顔を上げると、寂しげな笑顔になった。

「あなたはとても強い人ね
あなた達には私の力は必要ない・・・・・」

私もゆっくりと少女に向かって微笑み返した。

「あんたもね・・・・ もう、休んでもいいと思うよ
あえなくてもあんたの気持ちはちゃんと届いたんだろう?
だからこそ、そいつはこの花をあんたに贈って寄越したんだろう?」

「私の・・・気持ち・・・・? あの人に・・・届いた・・・?」

「そう。 だからこの花は、ここに咲いている・・・・ こんなに美しく・・・・違うかい?」

少女はじっと私の顔を見上げていたかと思うと・・・・ふいに、透き通るような笑顔を浮かべた。

「・・・・・・・有難う」

少女の影は地面に散った桜の花びらに溶け込むように、次第に薄くなっていった。
その影に向かって、私は小さくつぶやいた。

「お休み・・・いい夢を見るんだよ・・・・。」




桜の樹の下では本当のことが言える・・・・・
さっきあの少女にかけられた魔法はまだ切れていないみたいだった。
アンジェリークは腕の中でまだぐったりとしている。
その寝顔に向かって、私は聞こえないようにできるだけ小さな声でつぶやいた・・・・。

「私も・・・・大好きだよ、アンジェ・・・・」






「あれ・・・・・・、オリ・・・ヴィエ様・・・・?・・・きっ・・・きゃぁあああああ!わっ!わたしっ!寝ちゃってたんですかぁっ!!!!」
私にもたれかかってぐっすり熟睡していたアンジェは飛び起きるなり悲鳴のような声をあげた。
「 ・・・・みたいだね。」
「 ごっ、ごごごごご・・ごめんなさいっ!うわっ!わっ私、しかもこんな寄っかかって・・・わわわっ!重 くありませんでした?」
「別に・・・・重いってほどのこともなかったけど・・・・・。」
「うわっ!うわっ!しかもこれっ、オリヴィエ様の上着っ!オリヴィエ様・・・・ここここんな薄着で!風邪引いちゃいますよ〜!」
「いいから少し落ち着きなって・・・・・。」

なだめすかして水筒のお茶を飲ませると、アンジェリークは少し落ち着いて気を取り直したようだった。

「あれ・・・何だったんでしょうね・・・?」
「あれって何が?」
「眠っちゃう直前に何だか歌が聞こえたような気がしたんです。あれってもしかして・・オニ・・・・・って、 オリヴィエ様っ!何笑ってるんですかー!」
「あっは・・ははは・・・・ごっ、ごめん・・・・。だってさ、あんた私が着くなり爆睡してたんだよ。」
「ひどい!寝ぼけてたって言うんですか?」
「そうとしか思えないもん!」
「もういいです!信じてくれないんだから・・・・・・。」

ぷんとふくれっ面で立ち上がったアンジェは、桜の大木から雪のように降り注ぐ桜の花びらを見て今度はケロリと笑顔になった。

「 すごく綺麗ですね・・・・。 こんな綺麗な花の下だと、何だか素直な気持ちになりますよね。何だか胸の中に思ってることゼンブ、洗いざらい言っちゃいたくなりませんか?

・・・・・・ねぇ、オリヴィエ様・・・」

「ストップ!」

何かいいかけたアンジェリークの唇を私はすかさず人差し指で止めた。

「寮の門限まで後20分!おしゃべりしてる時間はないよ!走ればまだ間に合う!バスケット片付けて!シートたたんで! またジュリアスにお目玉食うつもり?」
「うわわわわっ!もうそんな時間ですかっ?」
「忘れ物ない?走るよ?」


「あ〜、オリヴィエ様!待って! あーんもうっ!ヒールでどうしてそんなに早く走れるんですかぁ?」





桜の樹の下では本当の気持ちが言える・・・・・。
だけど私はこの気持ち、もうしばらくしまっておくつもりだよ・・・・・。
いつか、その時が来るまで・・・・。
もし、来なくても・・・・・・後悔なんかしないから・・・・・。

アンタを好きになったこと、決して後悔なんかしないからね。



-Fin-



 
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■作者(ロンアル)より言い訳
盛夏さんにいただいたネタで書かせていただきました。桜伝説のオリリモです。
ネタは「桜にまつわる伝説と言うか言い伝えみたいな物は如何ですか? 真っ白なスノーホワイトの話で・・・・・」でした!うおおお、スノーホワイトが入ってない(汗)!許して、盛夏さん!しかもかなり変てこな話になってしまい・・・(激汗!) えーい、花見だ、無礼講だ!これも桜に免じてお許しあれ!